25話
「わかりませんか? 経験の違いです。私は風魔法の使い手。不可視の斬撃という特性を扱うことに慣れているのです」
まさか、そんな。
確かにクーデルカは風の魔法を使ってカマイタチのような攻撃ができる。しかし、その速度は『早討ち』と比べられるものではない。その技量がここで応用されるとは思わなかった。
「ちくしょうがああああ!!」
いくら吠えても現実は変わらない。俺の攻撃は届かず、彼女の攻撃だけが一方的にこちらを捉える。
「あははははは!! みじめですね! どうです、自分の魔剣に殺される気分は!」
「このクソメイド! ヴァイデンの性処理奴隷が! 俺に助けられた恩を忘れたのか! 俺がいなければお前はディートリヒに殺されていた!」
「恩だの情だの、そんな口先だけの関係に何の意味があると? あなただって私を疑っていたのでしょう? だから私を試すようなことをしたのですよね?」
「俺はお前を信じていた! でなければ、大事な魔剣を渡したりしない! お前は俺を裏切ったんだ!」
「信じてくれていたのですか? こんな私のことを……」
クーデルカは笑った。その笑みは、改心を表すものではない。心底、俺を馬鹿にするような嘲笑だった。
「滑稽ですね。かわいそうなくらい。私はあなたの存在がたまらなく不快でした。たかが上等な魔剣を持っただけの小汚いグールの分際で偉そうに……演技でもあなたの眷属を名乗ったことは耐えがたい屈辱です」
許さん。こいつだけは絶対に殺す。信じていた分だけ、感情が怒りに転化されていく。
「この魔剣があれば、全てが私の思いのまま。ああ、なんて素晴らしい力なんでしょう……! もう誰にもかしずかなくていい。私こそが最上の吸血鬼です!」
この思いあがった腐れメスブタに教えてやる。自分が誰に歯向かったのかということを。
「ああ、そうそう。先ほども言いましたが、私はあなたよりもこの魔剣の扱いに慣れています。そして今も“慣れつつあり”ます。私の攻撃の精密さ、この程度が上限だと思わないでくださいね?」
その言葉は嘘ではなかった。刻一刻と、クーデルカの斬撃は正確さを増していき、俺が身体に負う傷の数は増えていく。このままではジリ貧、いや何かの拍子に次の瞬間にはあっさり殺されていてもおかしくない。
このままでは勝てない。『傲慢剣パロマイティ』を使った勝負では、俺はクーデルカに勝てない。その認めざるを得ない事実に、はらわたが煮えくりかえる。
だが、勝たねばならない。そのためには条件を変える必要がある。別の魔剣を使うのだ。俺は昼間のうちに準備していた。もしものときに備えて、七つの魔剣全てを召喚し、その力を検証していた。
ただ、その検証も万全ではない。中には使い方のわからない魔剣もあった。使うだけで代償を負う危険なものもある。
七つの魔剣を一通り調べた上で改めてわかった。『傲慢剣パロマイティ』は強い。単純な戦闘において、これを正面から打ち破ることは至難である。
何よりも脅威なのはその速さとリーチだ。他の魔剣でこれに対抗しようにも、構えた瞬間には勝負がついてしまう。銃を持った相手に近接武器で殴りかかるようなものだ。これを上回る速度で攻撃できる手段は今のところ、ない。そしてその攻撃力は一刀必殺。それでいて特に代償もないのだから、とんでもない使いやすさだ。
これらの情報を加味した上で、あえて対抗できる魔剣を選ぶとすれば一本しか思い浮かばない。その剣は『憤怒剣アエシュマ』。
七本のうち、精神支配の影響力という点に限ればおそらく最も代償が重い剣である。詳しい能力はわからなかったが、持っただけでその危険性が理解できてしまった。多用すれば、持ち主さえ殺される。その代わり、得られる力は絶大だ。
迷っている暇はなかった。このままではいずれクーデルカに斬り殺される。覚悟を決める。
「……はああああああああ!!」
全身全霊を込めて『早討ち』の弾幕を張る。それと並行して、目の前に【受領箱】を出現させた。視界が一部遮られるが、もとより『早討ち』は狙いを定めて放つ技ではないので問題ない。
敵からの攻撃が熾烈さを増す。【受領箱】の発動を見て、こちらが何かしようとしているのを察したのだろう。バラけていた攻撃範囲が小さくなり、斬撃の密度が増す。
このままでは魔剣を取り出し、交換する猶予もない。そんな隙を見せれば即座になます斬りにされてしまう。だが、それでも俺の心に迷いは生じなかった。対策は講じてある。
俺の弱点は多々あるが、中でも特に問題なのが素のステータスの低さだ。魔剣を装備していなければ、ちょっと高レベルの吸血屍人でしかない。だから常時魔剣を装備しておく必要がでてくる。魔剣と別の魔剣を交換するときにできる隙、これはできるだけなくしたい課題だった。
魔剣は二本同時に装備できない。だから、交換する瞬間は素のステータスに戻ってしまう。そこで考えたのが、できる限り交換にかかるロスを減らすという当たり前と言えば当たり前の対策だった。
俺は右手で傲慢剣を掴んだまま、受領箱の中へと突っ込む。が、まだ収納しない。掴んだままだ。まだ『早討ち』を撃ち続けた状態を維持する。そまま左手を使ってリストを操作し、『憤怒剣アエシュマ』を呼び出した。そこで素早く左手を受領箱の中へ入れる。
転送された憤怒剣が出現すると同時に左手でそれを掴み取り、右手に握っていた傲慢剣を放して受領箱の中へと収納する。この間、一切手元を見ることはない。やっていることは単純だが、高速でロスなくこの動作をこなすとなると曲芸じみた器用さが必要になる。
だが、俺はこの技を習得した。昼間のうちに何度も練習しておいたのだ。魔剣の力で強化された俺のステータス『反応力』。その優れた身体感覚によって、短時間のうちにこの技をマスターしている。その名も――
「『魔剣交換』」
俺の左手が、新たな魔剣を掴み取った。




