21話 「第二の魔剣アルバト」
鏡の盾……ゲーム的には魔法攻撃を反射しそうなイメージがある。その表面の金属光沢からはあまり堅固な印象を受けない。職人の手で磨き上げられた輝きというより、工場で鏡面コーティングを施されたような無機質さがある。
手に持って、異質さに気づいた。鏡面が水面のように揺らぐのだ。水銀が張り付いているように感じる。液体が垂れたりこぼれたりすることはないが、流動的な動きを見せている。
「なんなんだこれ」
気になった俺は、銀の水面に手を触れた。触れてしまった。その瞬間、水銀が恐ろしい速度で指を這いあがり、腕ごと鏡の中へと引きずりこまれていく。
「ぢょま――!」
強化されたステータスなど関係ない。気づいたときには既に体ごと鏡の内部へ入っていた。鏡は別世界とつながる入り口、とは古くから言われるファンタジーの題材である。鏡の国のアリスなんか有名だろう。だが実際、中に入ってみるとそんなファンターやメルヘンの雰囲気ではなかった。
巨大な球状の空間を泳いでいる。天井の小さな丸窓から外の景色が見て取れた。外壁には枝分かれした無数の管が走り、銀色の液体が流れている。さながらここは眼球の中。全身にまとわりつくゼリー状の液体の中を必死にもがき、上にあがろうとするが少しも浮上する様子はなかった。
パニックになりそうな精神を何とか鎮める。焦ってもどうにもならないのなら、冷静に考えるしかない。この魔盾の能力は何だ。触れた物を取り込み、閉じ込める力なのか。持ち主にさえ例外なく牙をむく、無差別な能力だとでも言うのか。
――――
エン×1
――――
そのとき唐突に、頭の中に言葉が浮かんできた。明らかに俺の自然な思考の慮外にある異物。まるで直接脳内に情報を植え付けられたように、その言葉が存在を主張する。外部からの作用であることに間違いない。この魔盾の機能の一部ではないか。
肝心なのは、この情報が何を示すかということだ。「エン」というのは、俺の名前だろう。しかし、その後ろの「×1」とは? 俺が一人いるということか? わざわざそんなこと説明されるまでもない。
(っ!? 急に流れが……!)
あれこれ考えていると、その思考を邪魔するように水の流れが発生した。下から突き上げられるように、急激に浮上する。さっきはあれほどあがいても全く近づけなかった天窓へとあっさり到達する。そして鏡の外へと吐き出された。
「ぷはっ!」
ゴロゴロと地面を転がり、ほら穴の壁にぶつかって止まった。ぜえぜえと荒い息が漏れる。体は濡れていなかった。取り込まれる前と同じ状態であるように見える。
何がなんだかわからない。魔盾はさっきとかわらない状態で転がっていた。今度は鏡面に触らないように注意して装備し直した。なんとなく触りたくなかったが、持っていないとステータスが激減するので仕方ない。
ちゃんと取っ手をつかんでいれば取り込まれる心配はないようだ。いつまでもおっかなびっくりしているわけにもいかない。色々と検証してみることにした。
まず、取り込みについての実験。近くに落ちていた石を盾の上に落してみる。池に投げ込まれた石のようにポチャンと沈んでいった。そして、また脳内に謎の情報が流れ込んでくる。
――――
小石×1
――――
わかってるよ。いちいち言わなくていいよ。どうやら、盾の中に取り込んだ物を教えてくれる機能のようだ。
小石はその後すぐに強制排出された。何度か試した結果、中に入れた物は何であれ、5秒ほど経つと外に吐き出されることがわかった。
一時的に物を取り込んでおける能力、ということなのだろうか。まあ、強力ではある。たとえば実戦中、敵の剣をこの盾で受け止めたとすると、その剣を強引に奪い取ることができるのだ。5秒だけという時間制限はつくが、それだけあれば実戦において致命的な隙となる。武器どころか人間そのものだって取り込めるし。
しかし、それだと「○○×1」という表記の意味がわからない。名前の部分はまだ意味があるが、その個数をあえて書く理由は何なのか。試しに小石を連続で投入してみようとしたのだが、最初の一個以降は弾かれて中に入らなかった。一度に入れることができる物は一つまでのようだ。ますます「×1」なんて書く意味がない。
逆に考えよう。意味のないことをわざわざ表す必要はない。何かこれには意味があるはずだ。この数字を変化させる条件のようなものがあるのでは。
「えいっ! って、やったら増えたりしないかな」
――――
小石×2
――――
「FOOOO!」
ほんとに増えたぞ。すげえなヴァイデン式スキル発動法。その後、強制排出される際に盾の中から二つの小石が飛び出した。並べて比べてみると、瓜二つ。色から形から傷や欠け具合に至るまでそっくりだった。
取り込んだ物のコピーを作る能力なのか。だとすれば、その有用性は跳ね上がる。戦闘分野では傲慢剣に軍配があがるが、この強欲盾はそれとはまた違った価値を示すものだ。欲しい物をいくらでも増やせる能力。さすが傲慢剣と同格の魔剣だ。
この個数表示は、念じるだけで増えていく。一度に最大九個まで増やせた。まあ、何度でも繰り返し増やせるので無限増殖できることに変わりはない。しかし、減らすことはできない仕様のようだ。だから「×0」にはできなかった。0個で消滅、とかできたら面白かったのに。
「そう言えば……」
この魔盾があればどんな貴重なお宝も増やせてしまう。今、俺の持ち物で最も価値ある物、それは魔剣だ。この魔剣も、もしかして増やせないだろうか。
「まー、さすがにそれは無理か」
俺は受領箱を空中に出現させ、その下に魔盾をセット。傲慢剣を呼び出して魔盾の上に落下させてみる。
ポチャン
――――
傲慢剣パロマイティ×1
――――
「入ったよ……」
増えろと念じてみる。
――――
傲慢剣パロマイティ×2
――――
「増えたよ……」
そして、強制排出。二つの絢爛豪華な魔剣が、工場のベルトコンベアの上を流れてくる量産品のように姿を現した。
さすがにこれはない。こんなに簡単に伝説級の魔剣が量産できるとか、これがゲームならバランス崩壊もいいところだ。もしやと思い、二つの剣を使い比べてみた。
やはりコピーされた魔剣は所詮コピー品、その力は本物と比べて劣って…………ない!? どっちもスパスパ斬れるぞ!? どういうことだこれは! どっちが本物でどっちがコピーかわかりゃしねえ!
「おっまえwwwwwwwばかすwwwwwwwwwwww」
貴重な魔剣が増やし放題。国家規模で量産して兵器化したら大変なことになるぞ。傲慢剣を装備した兵士たちが戦場で肉ミンチ祭りを繰り広げる光景を想像する。一家に一本、傲慢剣。お子様の防犯グッズに傲慢剣。そんな時代が来るかもしれない。
来てたまるか。冷静に考えたら、魔剣は複数同時に装備できないので何本あっても一緒である。スペアとして保存しておく以上の意味はない。むしろ、俺以外の誰かの手に渡る可能性が増えるんだからバカスカ量産してしまったら逆に危険だ。
とりあえず、コピーした傲慢剣は装備しておく。一本は【受領箱】に収納できたが、もう一本はできなかった。これが唯一わかるオリジナルとコピーの違いだろうか。勢いのままに「傲慢剣パロマイティ×9」とかしなくて本当によかった。二本になったこの状態でさえちょっと持て余しているというのに、九本とか持ち運べなくなるところだった。
何でもかんでも増やせてしまうというのも厄介なものだ。そこでふと気づく。この盾が最初に取り込んだモノ、そしてそこで見た表記。
『エン×1』
「まさか、いや……え、可能、なのか……?」
盾の形をしていますが、強欲剣アルバトは「剣」です。盾に見えるのは「鞘」としての姿です。
名前の由来は、カバラにおける文字の転置法テムラの代表的な単語「Albath」から。




