18話 「メイドとメイドと姫騎士」
ここで俺たちパーティーメンバーの紹介をしよう。まずは、クーデルカ。
「風魔法が得意です。索敵もお任せください」
風魔法使いの彼女は魔法攻撃、支援、近接攻撃とさまざまな役割をこなすオールラウンダー。中遠距離の攻撃もでき、吸血鬼の特性上、魔法使い特有の打たれ弱さもない。安定感抜群の後衛だ。戦闘以外でも索敵や進路の確保などをこなす頼りがいのある存在である。
次に、ベルタ。
「オークの相手は任せろ! ローパーでも可」
脳筋壁役前衛の彼女は、真っ先に敵の前に立ちふさがり、その攻撃からパーティーを守る前線の要だ。彼女の持つスキル【守護の盾】により強化された盾は、危なげなく魔物の猛攻を受け止める。種族がサキュバスである必要はあるのか。
最後に、俺。
「斬ります。とにかく斬ります」
見敵必殺。周囲の木々までまとめてなぎ倒す斬撃で、どんな魔物も出会い頭に殺します。
要するに、俺たちが戦闘で苦戦することはなかった。特にベルタは何の役にも立たなかった。むしろ俺の前に立たれたら邪魔なだけだ。
今のところ行軍は順調だった。ひとまずの目的地はこの森を北に抜けること。ここは人間の大国であるフェルムハン聖王国という場所に属しているらしい。そこを北上するとリグニッツ連邦という大国があり、そしてそこをさらに北へ行くと魔族の帝国ザリオトラスがある。
人間の勢力下において、吸血鬼の存在は認められていない。俺たちは人類の敵だ。ザリオトラス帝国に行かなければ基本的人権さえ認められないらしい。人間のおひざ元まで逃げて来るなんてヴァイデンはどんだけビビッてたんだ。まあ、あの姉上を見れば気持ちはわかるけど。
最終目的地は帝国に決まったが、その旅路は長い。潜伏しながら北上することになり、ただでさえ遠い距離を時間をかけて進んでいくことになるだろう。吸血鬼は食料や水などの物資を必要としないので補給はそれほど問題ではない。サキュバスのベルタは必要だけど、人間に比べればかなり低燃費だ。
問題は日光だ。一夜明けてこの世界で初めて太陽の光を拝んだが、苦虫をかみつぶしたように最低の気分だった。気温はそれほど高くないはずなのに、猛烈にだるい。夏バテ状態で何もしたくなくなる。木陰でぐでーっと寝ころんだまま過ごした。
ぐでっていたところ、うっかり直射日光に当たってしまうハプニングも起きた。ヴァイデンから消滅すると言われていたので結構ひやっとしたが、割と大丈夫だった。ちょっとチリッとするくらいで済んだ。
思いきって日光浴もしてみた。あっという間に、イカのように体色が黒く変化した。一瞬で日焼けしてしまった。目の機能も鈍り、眩しすぎて視界も悪くなる。気分の悪さはウナギ登りだ。髪の毛が抜け始めたところで慌てて木陰へ避難した。
軽い気持ちで行った実験だったが、思いのほか被害は深刻で、こんがりと焼けた小麦色の肌はその日の夜になっても治らなかった。まさかこのまま元に戻らないんじゃなかろうかと心配になる。まあ、別に健康的な日焼け肌になっただけなので戻らなくても変ではないが……
とにかく日光はヤバいということがわかった。これは俺のステータスによる反則的強引さで無理やりに弱点を抑え込んだ結果であって、普通の下級アンデッドはやはり耐えられないらしい。クーデルカは日中、亀のようにうずくまってローブをかぶり、日が沈むまで死んだように動かなかった。
また夜がくる。休息を終えた俺たちは、夜行性の魔物が徘徊する森を進んだ。
「……大型の魔物が接近してきます。回避するなら少し急がないとなりませんが……」
「めんどいからこのまま行こう」
なるべく魔物との戦闘は避けるようにしていた。最初は経験値稼ぎを狙って積極的に狩っていたが、すぐに無駄だと気づく。レベルは1も上がらなかった。レベルアップは自分よりも強者を倒すことでその力の一部を奪い取る作用だ。つまり、この周辺の魔物の強さでは経験値にもならないということである。
そこまでレベルアップにこだわる気はなかった。どうせ上昇したステータスのほとんどは魔剣による底上げだろう。多少のレベルが上がったところで大差はない。索敵で見つけた魔物は避けて進んだ。
しかし、どうしても運悪くぶつかってしまう魔物はたまにいる。クーデルカの索敵も完全ではない。あえて避けながら進むのは面倒くさいので、適当に斬り払っている。
「ブルオオオ!!」
現れたのは巨大イノシシだ。RPGで敵として登場するイノシシは、たいていザコと相場が決まっている。
しかし、油断してはいけない。ここはゲームではなく紛れもない現実。リアルイノシシの恐ろしさをなめてはいけない。奴らは畑を踏み荒らし、軽トラック相手に怯むことなく突進をしかけてくる凶暴生物だ。
駆除の方法としては主に狩猟免許を得て銃殺するか、罠に捕えるかの二つがある。檻に捕えた場合はその後、何らかの手段で殺す必要がある。これが大変なのだ。槍で急所を一突きにしなければ容易には死なない。慣れてない人がやると、暴れ狂うイノシシを何時間も突き回すはめになる。野生を生き抜く動物のパワーはすさまじい。
って、田舎のじいちゃんが言ってた。こういうどうでもいいことは思い出せるんだよな。
まして目の前に立ちはだかるイノシシは異世界原産の魔物である。軽トラックでは太刀打ちできないほどの巨躯を誇る。巨大イノシシは俺たちの姿を確認するや否や、ザッザッと前足で地面を蹴り上げ、一直線に突進してきた。
「ブルオオオオオォォ! オッ!?」
しかし、俺たちに接近する途中で突進を止めて急ブレーキ。立ち止まったイノシシはその場でオロオロし始める。そして、近くに転がっている木の枝を見つけ、急いでそれを口にくわえた。木の枝を、空を指すように高く掲げる。
「ブルオッ! ブルブル! ブルッフゥ! ブルオンブルオンぶれらばちょ!?」
「何言ってるか全然わからん」
挙動不審なイノシシを一刀両断した。ご自由に斬り捌いてくださいとでも言いたいのだろうか。隙だらけにもほどがある。真っ二つに割れたイノシシは血しぶきを上げながら左右に分かれて倒れる。
このイノシシの不審な行動は、今回に限った話ではなかった。今のところ、これまでに出遭った魔物の全てが同じ反応をしている。すなわち、攻撃を仕掛けてくるも、なぜかそれを中断して立ち止まり、木の棒やら石やらをくわえてうるさく鳴き声を上げ始めるのだ。
異世界の魔物特有の習性ではないことは確かだ。原因は魔剣にあると思われた。この行動はディートリヒと戦ったときに見たものと酷似している。
クーデルカたちに協力してもらって実験してみたところ、俺に敵意を持って攻撃を仕掛けようとしている者は、戦闘開始時に必ず『口上』を述べなければならないという制約が課せられているようなのだ。
自分の武器を見えるように掲げ(持っていない場合は準備しなければならない)、自分の名前と、戦いの意思を告げる。まるで決闘である。というか、決闘そのものなのだ。俺の戦闘中、第三者の介入は許されない。俺とクーデルカが戦っているときはベルタは手出しができない、というふうに色んな制約が発生し、そしてそれに魔法的拘束力が働いている。
つまり、俺が当事者となる戦闘は問答無用で『決闘化』され、相手はそれに従わなければならなくなる。そして、面白いのはその義務は相手にだけ課せられることだ。たとえ相手が口上の最中だろうが、俺は自由に攻撃できる。
この『決闘化』と『早討ち』のコンボが極悪すぎる。必ず先制攻撃で不可視の斬撃を叩きこめるのだ。笑いが止まらない。こんな剣を持っていればそりゃ傲慢にもなるだろう。
腰に下げた魔剣を撫でる。傷どころか汚れ一つついていない美しい剣だ。一回もまともに抜いていないのだから目ためは綺麗で当然だろう。ちょっとでも汚れたらすぐに掃除するので常にピカピカである。この柄頭の特大ダイヤモンドの握り心地が最高なのだ。ここにいつも手を置いている。しかし手あかがついたら嫌なので、こまめな掃除も欠かさない。
「お見事ですエン様! 素晴らしい剣技でございます!」
「よっ、大統領! 魔界一!」
クーデルカたちが俺をほめたたえる。最初はちょっと恥ずかしかったが、このあからさまなおべっかにも慣れてきた。今ではまんざらでもない……むふーっと得意げな息が漏れる。
……この心境の変化は、果たして俺が本来持つ自然な人間性によるものなのだろうか。それとも魔剣に心を狂わされているのだろうか。
別に、俺はこの魔剣に“使われて”しまってもいいと思っている。そのせいで人間性が大きく歪んだからと言って、この剣を手放すなんてありえない。出し渋るつもりもない。これがなければ俺はただの下級アンデッドでしかなくなるのだから……
しかし、俺には目下のところ気がかりなことがある。そのせいで、まだ傲慢になりきれていないとも言えた。
それは仲間だ。クーデルカとベルタ。この二人は心の底から信用するに足る者たちか、俺はまだ計りかねていた。
魔剣の能力考えるの難しいです。だいたいのコンセプトは決まってるんですけど、まだ詳細が決まってないものもあります。強すぎたら「もう全部これ一本でいいんじゃないかな」ってなるし、弱かったり代償が大きすぎたら使う機会ないし……