17話 「メイド服ちゃれんじ」
TSを意識した描写が入ります。ご注意ください。
ちょっとツッコミどころもあったが、ともかくその数値は俺のステータスと比べるべくもなかった。クーデルカは、これでも人間が相手なら一般的な戦士が束になって襲いかかって来ようと問題なく殺せるだけの力があると言う。ベルタでさえ村一つくらいなら壊滅させられるそうだ。
なんか俺とのステータスの開きがありすぎて具体的にどれくらい強いのかわからない……とりあえず自分がとんでもない化物になったことはわかった。魔剣を装備している限り、そうそうやられることはないだろう。
あと気になったのはスキルが増えていることと、状態が隷属になったままのところだ。
スキルの方は魔剣の影響だろう。たぶん、一つは『早討ち』ができるようになったことを指していると思われる。あと一つはわからん。スキルの詳細を確認するにはそれ専用のスキルを使わないといけないらしい。
そして状態:隷属について。ヴァイデンが死んだのにまだ異常が解けていない。クーデルカいわく、最初から眷属として生み出されたアンデッドは魂に隷属状態が刻みつけられるので、主人が死んでもこの状態が治ることはないらしい。
ただ、命令を出す主人がいないので、実質的には隷属状態から解放されているに等しい。つまり、もう気にする必要はない表示のようだ。ほっとする。
この隷属契約は魂に刻まれているがゆえに消去はもちろん上書きもできない。だから、他の高位魔族が今の俺を眷属にしようとしても無理なのだ。要するに、眷属化無効のステータスを得たに等しい。まあ、眷属化なんて高度で特殊なスキルをかけられる機会なんてそうそうないみたいだが……
さて、ひとまず自分の力の確認はできた。生き残ることに必死になっていた状態から余裕が生まれれば、当然人間らしい欲もわいてくるというものだ。チート能力も無事に発動できたことだし、これからどうするかを考える。
「僭越ながら申し上げます。まずは早々にこの場から離れた方が良いかと思います」
クーデルカがそんな提案をしてきた。確かにヴァイデンの拠点は崩れてもう使い物にならないし、いつまでもここに留まっている理由はない。体力的にはともなく精神的に疲れたし、今日はここで休んで明日になったらここを出発しようと思っていた。
だが、それでは遅いという。俺はディートリヒを殺した。彼は姉上の眷属であり、いつまでも主人のもとに帰らないとなれば、姉上も黙っていない。何か問題が発生したと見て戻ってくる可能性がある。
そうなったとしても負ける気はしないが、楽に勝てるかと言われるとそれも難しい気がした。ディートリヒでさえ風呂場のカビじみたしつこい生命力を持っていたのだ。最終的にとどめを刺せたのは聖水のおかげである。真祖の生命力はそれ以上かもしれないのだ。さすがにあんな化物の相手をもう一度したいとは思わない。
それに俺たちが行動を起こすなら昼間ではなく夜にすべきだと言われた。吸血鬼に直射日光は厳禁。そう言えば、当たったら消滅するという話だった。今の俺のステータスでも強行はできないのだろうか。
いまだ疑問は尽きないが、それは旅路で追々明らかにしていくこととしよう。
* * *
さて、出発することは決まったがその前に準備しておきたいこともある。ひとまず、埋もれてしまったヴァイデンの隠れ家から物資を発掘してみた。
と言っても、ろくなものは見つからない。金になりそうな貴金属類が数点掘り起こされたのが関の山だ。しかし、運よく潰されなかったクローゼットの発掘に成功し、衣服だけは確保することができた。今の俺は全裸なので助かる。
実際に服を手渡される直前までそう思っていた。だが、その服を見て思う。これはない。メイド服だった。いや、MEIDO服だ。クーデルカが着ているものと同じデザインである。まさかこれを自分で着るときがくるとは思っていなかった。
ある意味、これを着るのは全裸より恥ずかしいのではないか。むしろこれからも全裸でいんじゃないか。そんな思いが頭をよぎる。異世界に生を受けてからというもの、ぶっちぎりの命の危険にさらされ続けていた影響ですっかり忘れていたが、俺は女になっている。まじめな話、これだけでも十分驚愕の事実である。
自分の体を改めて観察してみる。肌がぷにっぷにだ。この柔らかさは男とは根本的に違うものだとわかった。筋肉と脂肪の比重とか、そういうことではないのだ。
何にしろ、二次性徴を迎えたばかりと言った体形で、特に自分の体に欲情するようなことはない。胸もほぼ平らだ。絶壁とまでは言わないが、言うなればそう……野球のマウンド……
吸血鬼としての特徴か、犬歯が異様に尖っていた。手で触ってすぐにわかるくらい鋭い。あと肌の色が病的なほど白い気がする。そのほかの見た目については普通の人間と大差ないように思う。普通に人ごみの中を歩いても気づかれないのではないか。
要するに、吸血鬼とはいえ見た目はどこに出しても恥ずかしくない女の子になってしまったわけだ。そんな俺が全裸で森の中を徘徊する。冷静に考えてアウトだと気づいた。いや、冷静に考えるまでもないだろ。どこの未開の先住民族だ。
そんな裸族の俺は渡されたメイド服一式の前に正座していた。魔剣を脇に携え、もののふのごとき心境で正座(全裸)。女子の服を着るという前代未聞の事態を前にどうしていいかわからなくなった末の行動だった。
「よろしければ着替えのお手伝いをいたしましょうか?」
「いや、じ、自分でできるから……」
クーデルカの申し出を断る。手伝ってもらうとかそれはそれで恥ずかしい。だいたい服を着るだけなんだからここまで緊張することはないんだ。女の子の服だって人間が着ることを前提に作ってある以上、男物と構造的に乖離しているわけではあるまい。着てしまえば服は服である。
ディートリヒの顔面を踏みつけてツバまで吐きかけるという高度なプレイまでこなしたのだ。今さら女子の服を着るくらいのことで……何をしているんだ俺は……
気を取り直して、まずは下着からつけよう。やはり男も女も大事なところを真っ先に隠すべきだ。目の前に並べられたパーツの中から三角形の布を探し出して手に取る。しかし、三角形と思われたその布はハラリと二枚に分裂し、砂時計のような二つの三角形の集合体となる。
「なにこれ、ヒモ? 両サイドをヒモで結んで留めるやつなの?」
しかもライトグリーンと白の縞模様だった。ヴァイデンの異常なこだわりを感じる。履く方の身にもなれ、クソが。
膝立ちになり、股の間にヒモパンを通した後、腰の高さに引き上げ、ヒモを結び……無理だ。こんなんどうやって履けと。一応、何とか結ぶことには成功したが、左右のバランスがありえない崩れてすぐにずり落ちる。俺はヒモパンを剥ぎ取って地面に叩きつけた。
「もうノーパンでいい」
「エン様……!」
そうだ。スカートがあるんだからめくれなければどうということはない。たとえ敵が現れようと俺の戦闘スタイルは激しい運動など必要としない。必然的にチラッとあれが見えてしまう機会などないのだ。完璧だ。
寄るなクーデルカ、今宵の傲慢剣は血に飢えている……!
次に目にとまったのはブラジャー。しかし、その形状はどうつければいいのかわからないというよりも、つける必要はあるのかと問いたくなるものだった。AAカップブラ。はい、いらない。手でサッと横にのける。
その次に手に取ったのは、黒い靴下だった。かなり長い。ニーソックスというやつか。靴下は脚を保護するという意味でも実用的だ。これだけ長さがあれば露出も減る。パンツもブラもつけなかったのだから靴下くらいは……という謎の罪悪感もあって、履いてみることにする。
地面に座り込み、伸縮性のある靴下の履き口をつま先にかぶせる。お尻に当たる砂利の感覚が、痛くはないけど少し不快だ。
あれ、ちょっと……この姿勢はまずいかもしれない。体勢的に自然と脚が開いてしまう。戦闘中はこの程度の動き、何も気にならなかったのに、なんで今になって羞恥心が出てくるのか。なんとなく視線が泳ぎ、無防備にさらされた下腹部に目が行く。その場所は絨毯、いやカーペットすら敷かれていないピカピカのフローリングだった。
「いいからもうさっさと履こう!」
邪念を振り払って、一気にニーソックスを引き上げる。もう片方の脚も同様に。なんかこれ思ったより締めつけがすごい。特にふとももの辺りとか、ぴちっとフィットしてきてちょっとこそばゆい。
はっ!? 今の俺の状態は、裸+ニーソ。裸より変態っぽい気がする。はやく他にも服を着ないと。あ、せっかく履いた靴下が汚れるのは嫌だ。まずは靴を履こう。綺麗に磨かれた黒のローファーを履く。サイズがぴったりなことに多少の戦慄を抱く。
裸+ニーソ+ローファー。なぜかさらに変態度が増した気がする! メイド服から先に着ないのが全ての問題だ。着るのが難しそうだからと言って先送りにすべきではなかった。四苦八苦しながら何とかメイド服に袖を通した。
それにしてもこのメイド服、エプロンドレスと呼んでいいのだろうか。素人にはゴスロリと区別がつかない。黒を基調としたフリルたっぷりのドレス。こういうのはふわふわした着心地なのかと勝手なイメージを持っていたが、意外とタイトだった。特に腰回りがきっちり締まってくる。その上からこれまた装飾過多なリボンやらフリルやらが付いた白いエプロンを着ているためぼかされているが、割と体のラインがわかりやすい格好である。
さらにこれがスカート部分になると貞淑さなどかなぐり捨てたミニ仕様。かがんで地面に落ちた物を拾おうとすればパンモロは必至。スカートの中に薄いレース生地のスカートを重ね着して、ふわっと膨らむようなボリュームがもたせてあるため、余計に中が見えやすい。まさに下品さこそ最高の褒め言葉と言わんばかりのフレンチスタイルであった。
一言で表せばコスプレメイド服。間違ってもローティーンの少女に着せていいものではない。マジでヴァイデンは殺されても仕方のない奴だと思った。そしてそれを着せられる俺の心境は、もはや死んでいた。
開き直ろう。ゲームで女主人公を操作している感覚になればいいんだ。俺はネカマとかしたことはなかったが、男か女か操作キャラの性別が選べるゲームでは女キャラを使うことが多かった。今の俺はこの体が自分のものであるという自覚がまだ薄い。まさに憑依している状態と言っていい。女主人公をゲームの中で着飾らせるような感覚とでも思えばいいのだ。そうでもしなければ俺の精神が持たない。
「エン様、お召し物を整えさせていただきますね」
「あ、え、いや」
待機していたクーデルカが近づいてきて俺の服装の乱れを正し始めた。自分ではちゃんと着たつもりだったが、いろいろなっていなかったらしい。結び忘れていたリボンを綺麗に結び直されたり、カフスを留められたり細かいチェックが入る。別につける気はなかったホワイトブリムまで装備させられてしまう。
そこまでしてくれなくても良かったのだが、断るタイミングを逃してしまった。クーデルカが襟元を整えようと首に手を回してくる。距離の近さを感じて後ずさりたくなった。
どうしてもクーデルカとの初見の出来事を思い出してしまう。ヴァイデンに命令されていたとはいえ、俺と彼女はその……そういうことをやろうとしてしまったわけで。いくら相手が幼い少女だとはいえ、変な意識が起きてしまう。
自分の幼児体型にはさして興奮もしなかったが、他人の少女に対してはまた別の感性が働くのか、動揺を隠せない。落ちつけ、相手はロリだぞ。ヴァイデンと同じレベルに堕ちたいのか。いや、でも吸血鬼だから老化しないし、もしかして見た目は幼いけど年齢は俺よりかなり上とか。ファンタジーなら齢数百歳のロリババアが出てきてもおかしくない。だったら合法だ。いや、合法とかそういう問題じゃない! 俺は何を考えているんだあああ!
「はいっ、もういいです! ありがとうございました!」
これ以上おかしな感情が表れないうちにクーデルカから離れた。身を引いて丁寧なお辞儀をする彼女の口元は心なしか「くすっ」と笑っているような気がしないでもない。ぐぬぬ……ステータスでは俺が勝っていても、彼女が強敵であることに変わりはないようだ。一つ咳払いして話題を変える。
「これで準備は整ったな。じゃあ出発するぞ!」
と、その前に、最後の仕事をしていくことにする。俺は崩落した洞窟のそばに石碑を立てた。まあ石碑と言っても傲慢剣で適当に切りだした岩に「う゛ぁいでんのはか」と文字を刻んだだけのやっつけ仕事だが。
あいつの死を悼む気持ちは1ミリも持ち合わせていないが、恨んでもいない。彼が眷属を作らなければ俺はここにいなかったかもしれないと思うと、むしろ感謝する気持ちもある。3分で作った墓だが、幼女たちに見送られてあいつも草葉の蔭で喜んでいることだろう。
そう言えば、ヴァイデン以外にもこの場所には多くの亡骸が眠っている。ディートリヒに殺されたヴァイデンの眷属たちだ。面識はなかったが、その死を残念に思う気持ちはあった。少なくともヴァイデンよりは生き残ってほしかったと思った。そのあたり、吸血鬼になっても普通の人間と変わらない感性は残っているようだ。彼女たちの冥福も祈っておく。
「あ、流れ星……」
夜空に一条の流れ星が走る。そのバックに、にこやかな表情を見せるヴァイデンの面影が浮かんだ気がした。
ヴァイデンよ、安らかに眠れ。ディートリヒと共に。