15話
「くそおおおおお! これは何なんだっ! 俺に何をしたっ!?」
何をしているのか聞きたいのはこっちの方なのだが、どうもディートリヒが一番困惑しているようだ。
確かにディートリヒはいくつか不審な行動をとっている。接近戦を仕掛けてきたのかと思いきや、いきなり自己紹介を始めたり、魔法攻撃を撃つのかと思いきや、発動直前でキャンセルしたり。そしてそれは彼にとっても望んで取った行動ではないらしい。
もしかしてこれも何らかの魔剣の作用なのだろうか。現状ではそれが一番納得のいく可能性ではある。『早討ち』の他にも特殊能力が備わっているのかもしれない。今のところそれが何なのかよくわからないが。
とにかく、敵に隙ができたことは確かだ。魔法攻撃が来ないのなら朗報だ。敵が動揺している隙に、一気に攻めるとするか。俺は剣を納刀した状態で柄に手を這わせ、一気に踏み込む。
「おっ……とお!」
一気に周囲の風景が流れる。思いのほか体が前に進んでいた。驚愕と焦りの表情を浮かべるディートリヒ。既に俺の射程範囲だ。剣撃を放つ。
魔剣を持ったときに身体能力も強化されたように感じたが、それはやはり錯覚ではなかったらしい。主観だが、ディートリヒと遜色ない速度で走ることができた。いや、明らかに上回っている。逃げようとする奴を猛追し、ぶつ切りにして動きを止めた。
「お前は……何なんだ……ッ!?」
「見ての通りの吸血屍人さ」
俺はディートリヒの胸部ブロックを掴み取る。
「確か、吸血鬼は心臓が弱点だったな?」
「まさか……!? やめろ、それだけは!」
もっといたぶってから殺してやりたかったが、早くしないとすぐに再生してしまう。絞める作業は、
「鮮度が命!」
ギュグチャッ!
俺の心臓マッサージ(直)が炸裂。片手の握力でミンチと化した。水風船が弾けるように血しぶきが飛び散り、生温かい汁が肌にかかった。不思議と嫌悪感はない。むしろ、心地よくさえあった。もう感覚そのものが吸血鬼に近づいているのかもしれない。もともと人間だった頃の記憶は曖昧なので、今さらな気もする。
「あ、ああ……あ……」
ディートリヒの目から光が消えていく。再生し始めていた肉塊は動きとめて沈黙した。ピクリとも動かなくなる。
「やったか……?」
なんかまだ怪しい。あのイカれた再生っぷりを見せつけられているだけに、やられ方があっさりしすぎているような気がしてならない。
「散々ゴミゴミ言ってた相手に負けちゃったねー! ねえ今どんな気持ちぃ? どんな気持ちぃ?」
「……」
「なーにが要諦眷属だよ。まあ、そもそも吸血鬼真祖とか大したことないってことじゃん? この調子じゃお前の主人の、何だっけ? イライラ様?もどうせしょうもないクソザコなんだろうなー! あーあ、ビビッて損したー! あんときブッ殺しときゃよかったわー!」
「……」
「ヴァイデンもただのロリコンだったし……あれ、もしかしてお前もロリコン? 要諦眷属だもんねー! じゃあ、ご褒美に顔面を踏みつけてやるよ。おらどうだ? 嬉しいだろ? ロリの素足だぞ? ツバも吐きかけてやるよ。プッ! ヴァイデンなら泣いて喜ぶなこりゃ」
「……」
これだけ煽っても反応はなかった。かなりプライドの高そうな上級吸血鬼を気取ってたし、さすがにこの仕打ちは耐えられないだろ。
「死んだか」
最後の確認のため、あえて隙を見せるように死体に背を向けた。うーん、と体の疲れをほぐすように伸びをしながら。
「シャアアア!!」
死体が動いた。飛びかかってくるディートリヒに、後ろ回し蹴りを叩きこむ。見よう見まねの素人キックだったが、かすっただけでディートリヒは盛大に吹っ飛んだ。
「生きてんじゃねーかヴォケが!」
ディートリヒの肉体は再生が追い付いていないのか、料理初心者が切ったキュウリの輪切りみたいにところどころつながった状態だった。蹴り飛ばされた彼は、パーツを撒き散らしながら洞窟の横の壁に叩きつけられる。
「輪切りじゃ不十分か。離乳食にしてやらないとな」
すぐさま接近した俺は、渾身の居合を放った。剣の柄を握る力を最大にする。斬撃の嵐は結界のように俺の周囲を切り刻み、土も岩も関係なくミキサーにかけていく。粉塵が舞い上がり、鼻がむずむずしてきたところで剣を止めた。
「やったか……?」
もはやディートリヒはネギトロ丼と化していた。もうさすがに死んだだろ。念のため、だめ押しの剣撃を放つ。
「さすがにやっただろ」
ミンチは土と撹拌されて原形すらなくなった。目の前にあるのはふっくらと耕された土のみだ。土に還してやったぞ(物理的に)。ディートリヒは肥料となって豊かな森の形成に貢献してくれることだろう。良かったな。もう出てくんな。
「た、倒したのですか、本家の要諦眷属を……!?」
さすがにちょっと疲れた俺が肩で息をしていると、クーデルカが近づいてきた。
「うん、たぶん……死んでるよねこれ」
「おそらく、そうだと思いますが……」
すっきりしない幕引きだ。せっかくの初戦闘、初勝利だというのに、なんかいまいち実感がわかない。ここは盛大にレベルアップのファンファーレでも鳴り響いてほしいところだ。
「あ、そうだレベル」
確か自分より強者を倒したとき、その力の一部を吸収してレベルが上がるのだとヴァイデンが言っていた。俺のレベルは1。ディートリヒほどの大ボスを倒したのなら大量レベルアップしてもおかしくないのでは。
「今、ステータスって確認できる?」
「あ、はい。できます」
クーデルカに俺のステータスを確認してもらった。おでこを指で触られる。ちょっとくすぐったい。魔法を使うときのように陣を描いているらしい。
……このまま攻撃魔法を頭に撃ち込まれたりしないよな? 彼女には前科があるだけに少し警戒してしまう。
「ひっ!? あの、こ、こちらの魔力を受け入れてもらわないと……」
いかん、殺気が漏れていたようだ。ステータス確認の魔法はこちらがリラックスして相手を受け入れた状態でないと発動しないらしい。簡単に他人のステータスは見れないということか。
「はい。確認できま……!? なにこれ!?」
クーデルカが仰天している。ヴァイデンのときのように俺に見える形で表示してほしい。とりあえず今は、確認したいことを先に聞こう。
「種族レベルはどうなってる?」
「え、あ、れ、レベルは……1ですね」
「まだ生きてんのかよディートリヒ!?」
クーデルカと話あった結果、やはり本当にディートリヒを殺したとすれば俺の種族レベルが1から上がっていないのは不自然という結論に至った。つまり、まだ死んでいない。ゴキブリを遥かに上回る上級吸血鬼の生命力。キモすぎる。いやこれはゴキブリというよりもプラナリアだな。
しかし、さすがにこの状態から即座に復活はできないのだろう。結構な隙を見せているが、いまだに肉体が再生する様子はない。あるいは、俺たちが諦めるのを待っているのか。
「どうしたもんか……」
「あの、これをどうぞ。まだ使えると思います」
クーデルカが小瓶を差し出してきた。これは確か、ヴァイデンが持っていた聖水だ。姉上が全部使ってしまったかと思っていたが、瓶の中にはごくわずかだが液体が残っている。
洞窟崩落のドタバタの中で、クーデルカはちゃっかり小瓶を回収していたようだ。抜け目ない娘っ! 俺は小瓶を受け取り、蓋を開ける。ツンとくる刺激臭に思わず鼻をつまんで顔を背けた。
そう言えば、プラナリアっていくら切断しても再生しまくって死なないけど、水質汚染とかの環境変化にはめっぽう弱いらしいよ? そんなことを考えながら、俺は瓶の中の液体を土の上に垂らした。
落下した聖水がじゅわっと煙を上げて土に吸い込まれていく。
『PUGYRURURURURAAAAAAAA!!!!』
どっから出しているのかと思う断末魔をあげてモゾモゾと土がうごめく。そして膨らむのに失敗したカルメ焼きのようにへたれて動かなくなった。
ところで、今まで全く気にしていなかったが、今の俺は全裸だ。全裸の幼女に粘り気たっぷりの聖水をぶっかけられて昇天させられる吸血鬼……うん、やっぱコイツはロリッターだな!
魔剣の名前にはモデルがあります。だいたいゾロアスター教に登場する悪魔の名前です。
傲慢剣はゾロアスター教の『尊大』を司る悪魔、パロマイティから。