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12話 「第一の魔剣パロマイティ」

 

 一言で表すなら、それは『宝剣』だった。

 

 刀身1メートル程度の西洋剣。俺が扱うには少し長すぎるが、重さの方は問題ない。筋力2の影響だろうか。何よりも目を引くのはその煌びやかさだ。柄から鞘からその隅々に渡って緻密な金の装飾が施され、色とりどりの宝石がこれでもかと散りばめられている。

 

 はっきり言って、美しいと感じるよりも悪趣味と思う気持ちが先行する。大金持ちが邸宅の壁に飾るために作った装飾剣と言った見た目だ。戦場には似つかわしくない美術品。権力を誇示するためだけに作られた富の象徴。

 

 特に柄頭に取り付けられたテニスボールサイズのダイヤモンドはあまりにも非現実的すぎて、逆にイミテーションにしか見えなかった。どう考えてもこれ邪魔だろ。実用性は一切考えられていない。

 

 しかし、手に持った瞬間に理解する。これは“魔剣”だ。剣に触った手から、すさまじい力が流れ込んでくる。まるで血管に大量の強心剤でもぶちこまれたかのように、何かが体内に侵入してきた。

 

 体が熱い。心臓の音が嫌に耳につく。知覚が驚くほど広がった感覚。まるで背後まで網羅しているかのような気分になる。体が軽い。さっきまで感じていた剣の重さは、もはや羽毛も同然と化していた。

 

 そして圧倒的な自信が心の奥底から湧き起こってきた。さっきまでウジウジと悩んでいた自分が不思議に思えるくらい前向きな気持ちだ。今なら何でもできそうな気がする。脳が全能感に満ちている。

 

 「ほう! なんだその魔剣は! ここにいても感じ取れるほどの素晴らしい魔力だ……これはイライザ様への良い手土産ができた。吸血屍人レッドグール、それをこちらに渡せ」

 

 夢の世界へと意識が飛びかけていた俺は、ディートリヒから投げかけられた言葉で現実に引き戻される。彼はもはやこの剣が自分の所有物であると言わんばかりの態度で引き渡すよう要求してきた。

 

 嫌だ。絶対に嫌だ。俺は無意識に剣を胸に抱え込む。それを見て、ディートリヒはわずかに眉をしかめた。

 

 「そうだな。ならばこうしよう。その剣を俺に渡せば、先ほどの勝負、お前の勝ちにしてやろう」

 

 「……え?」

 

 「お前たちの殺し合いの話だ。勝った方の命を助けると言っただろう。剣を渡せばお前を生かしてやる」

 

 「お、お待ちください! それでは約束と違います!」

 

 「違わぬ。その吸血屍人レッドグールは魔剣を献上することで、己の“財力”を示した。これも立派な力だ。ゆえに強者。何の問題がある?」

 

 魔剣を渡すことが決定事項であるかのように話が進んでいく。俺が助かるということは、クーデルカは殺されるということだ。それを黙って受け入れる彼女ではなかった。素早く魔法陣を書き上げる。

 

 まさか、今ここで俺を殺す気か!? 俺から魔剣を奪おうとしているに違いない。それをディートリヒに差し出して難を逃れようという魂胆か。

 

 「待て! まだ殺し合いは再開してないぞ! 俺は『勝負を中断して考える時間をハンデとしてもらった』! 『お前に俺を攻撃する権利はない』!」

 

 「う……!」

 

 ここで予想外にハンデが生きた。まだディートリヒは殺し合いの再開を告げてはいない。つまり“休憩時間”なのだ。理はこちらにある。クーデルカは泣きそうな顔で俺の方を見ていた。正直、彼女が知ったことかとルールを無視して襲いかかってくる可能性はあったが、どうにか手を止めることに成功する。

 

 しかし、なんだかさっきの自分の発言に違和感を覚えた。言葉の一部が、まるで自分の声ではないかのように感じたが……まあそれはいい。今は気にしている余裕はない。

 

 「はははは! なるほど、そうきたか。まさかこうなることを予想してあのハンデを提案していたのか? だとすれば、存外に切れ者だな。お前、名はあるのか?」

 

 「エン、です」

 

 「エン。お前のように頭の良い吸血屍人レッドグールは初めて見た。特別にお前を俺の部下にしてやろう。さあ、忠義の証としてその魔剣を献上するがいい」

 

 まるで望外の待遇、これ以上の幸運はあるまいと自賛するような言いぶりだった。信用できない。彼が後で手のひらを返さない保障なんてどこにもない。仮に本当に部下にしてもらえたところで、どんな扱いを受けるかわかったものではなかった。奴隷のように使い潰されて終わる未来は想像に難くない。

 

 俺の中で新たな選択肢が生まれようとしていた。すなわち、反逆。ディートリヒを倒すという決断だ。

 

 そんなにこの剣が欲しいのなら、別にさっさと俺を殺して奪えばいいはずだ。部下にしてやるなんて甘言を吐かなくてもよくないか。俺の強化された知覚は、ディートリヒのわずかな変化を捉えていた。さっきまではなかった気配。奴は警戒している。

 

 吸血屍人レッドグールである俺を、いや俺が持つこの魔剣を警戒し、慎重になった。それだけ圧倒的な魔力を奴は感じ取っているのだ。

 

 「……何をためらっている。まさかとは思うが、万に一つもありえないことだとは思うが……俺と戦おうなどとおこがましいことを考えているのではあるまいな? 俺はイライザ様に仕える要諦眷属リッター。お前のような有象無象の下級アンデッドが百万匹集まろうと敵いはしない。そのくらいの実力差はお前の矮小な脳みそでも理解できるだろう?」

 

 落ちつけ、冷静になれ。今の俺の精神は正常ではない。魔剣の影響で意識が高揚している。安易に戦うことを考えてはいけない。まだ、俺にはその理性が残っている。魔剣に邪気に飲まれてしまう前に、自分が狂いつつあることに気づいているうちによく考えろ。

 

 ディートリヒの脅しはハッタリではない。本当に強いはずだ。奴は未知の強力な魔剣を前にして、多少の損害は受けるにしても負けることはないと確信している。それだけ俺と奴との種族の差は隔絶しているのだろう。

 

 いかにこの魔剣が強力だとしても、その効果は俺にとっても未知数である。初めての実戦、何が起こるかわからない。相手は歴戦の戦士だ。クーデルカとの戦いなど何の参考にもならないほど恐ろしい相手に違いない。俺は本当に戦えるのか。勝機はあるのか。

 

 「少しばかり、甘やかしてしまったな。俺の部下にしてやるという、先ほどの言葉は、お前に不要な自尊心を与えてしまったのかもしれない。いいか? お前の価値は、今その魔剣を手に持っているというその一点に集約している。魔剣がなければただのゴミなんだ。俺は今すぐ、魔剣に“こびりついたゴミ”を掃除して回収することもできる。だが、慈悲深い俺はそんなゴミに対して最大限の譲歩をしてやった。ゴミを掃除する手間が省けるならそれに越したことはないからな。だから良く聞け。これが最後の忠告だ」

 

 ディートリヒの言葉に反抗する気はなかった。意外にも腹は立たなかった。その通りだと思った。実際、さっきまで自分自身そう思っていた。何も力を持たない底辺種族なんだ。次々と現れる上位者を前に、俺はただ奪われるだけの存在でしかない。

 

 もし、ここで魔剣を渡したとしてその後はどうなるのだろう。もしかしたら、生かして逃がしてくれるかもしれない。とても低い可能性だが、ありえないとは言い切れない。魔剣はまだ【受領箱】にたくさん入っている、一本くらい減ったっていいじゃないか。

 

 そんなふうに思えるか?

 

 「剣を渡せ、ゴミ」

 

 この剣を手にしたとき、俺の価値観は根底から覆った。自分が剣に乗っとられてしまったかのように、虜になった。そう、俺はこの魔剣の付属物だ。魔剣がメインで俺がサブ。はき違ってはいけない。この剣が、俺の持ち主だ。剣なくして俺はない。

 

 果たして俺は今、正気を保っていると言えるのだろうか。この妖刀魔剣に魂を魅了され、操られているだけなのかもしれない。しかし、それならそれでいい。ただのゴミとして殺されるか、あるいは惨めに生かされるくらいなら、俺は喜んで持ち主の思惑に応えよう。

 

 余計な感情を取り払う。剣がもたらす高揚感に身を任せた。意識がクリアになっていく。

 

 『傲慢剣パロマイティ』。その名が真実であるならば、俺に眼前の敵を打倒するための傲慢ゆうきをくれ。俺を特別な吸血屍人ゴミにしてみせろ……!

 

 「わかった、この剣をくれてやる」

 

 「……口のきき方に気をつけろと言いたいが、まあいい。早くよこせ」

 

 「ああ、たっぷり“食らわせてやる”よ」

 

 俺は魔剣を鞘から引き抜いた。

 


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