11話
殺し合いは中断された。クーデルカは油断なく構えたまま俺を見据えている。ディートリヒは俺に考える時間をやると言ったが、それはクーデルカにも公平に同じ時間を与えることに等しい。ハンデになっていない。
しかし、それを言ったところで彼が聞き入れてくれるとは思えなかった。そもそも、もはや彼は俺に価値を見出していない。ハンデの話も、なくなろうが構わない余興でしかなかったのだ。今は部屋の中を物色することに関心が移っている様子だ。
パンッ!
俺は自分の頬を叩いて気合を入れ直した。過ぎたことを悔やんでも仕方がない。たらればの妄想に耽っている暇はないだろ。いや、前向きに考えればそれにも意味はあるか。もし俺が何も行動を起こしていなければ、今頃俺は死んでいた。俺はこの猶予を勝ち取ったのだ。後は最大限、このチャンスをものにすることだけを考えればいい。
まず、体の状態を確認する。傷はおおかた回復していた。腹の傷はふさがっている。内臓の中身はまだちょっと違和感が残るが、戦闘に支障はない。顔面の傷も回復し、視界も正常に戻っていた。
これはスキル【再生強化】の効果だろう。戦闘中に即座に回復、とはいかないが、普通の人間なら即死してもおかしくない重傷が数分で完全回復するのだから強力なスキルである。俺の数少ない強みと言える。もっとも、クーデルカも同じスキルを持っているかもしれないが……
とにかく俺は今一度、何をできるか見つめ直す必要があると感じた。自分にできることを正確に把握する。そこから始めよう。俺はヴァイデンに見せてもらった自分のステータスを脳裏に思い浮かべる。
――――
名前:エン
種族:吸血屍人(LV.1)
適性:受取人(LV.1)
生命力:6/6
魔力 :4/4
筋力 :2
精神力:2
反応力:1
スキル:【再生強化】【闇の者】【受領箱】
状態:隷属
――――
やはり注目すべきは【受領箱】だと思う。一番の不確定要素だ。戦闘に使えるスキルとは思えないが、それでも詳細を知りたい。スキルは数少ない手札である。生きるか死ぬかの瀬戸際でその少しの情報も無駄にしたくはない。
「えいっ!」
俺は【受領箱】を発動した。黒い箱が眼前に現れる。クーデルカが警戒をあらわにしたが、ただのアイテムボックスだと思ったのか、それ以上の反応は見せなかった。ディートリヒも、ちらりとこちらを一瞥しただけですぐに興味をなくしたようだ。
この中に物を入れようとしても『登録外アイテムは収納できません』と表示されて終わる。それは実証済みだ。では、どうすればアイテムを登録できるのか。考えてみる。
「………………俺は馬鹿か」
考えてすぐに何もかも否定したくなった。そもそも俺は何をやっているのか。今、この場で考えるべきことは他に山ほどあるんじゃないか。与えられた猶予は無限じゃない。いつディートリヒが探索を切り上げるかわからないのだ。アイテムの登録方法なんて今さらどうでもいいだろ。それがわかったところで何の役に立つんだよ。
前向きになったかと思えば後ろ向き。感情が二転三転している。まともな精神状態を保っていられる状況ではなかった。この場所は、やり直しのきかない世界だ。前世の俺がいた、選択を間違ってもどうにか生きていける世界ではない。死がすぐそこまで近づいてきている。俺は何かを考えているようで、何も考えていなかった。
何か行動を起こせば、何か考えを巡らせれば、打開策がひねり出せるのではないかと思った。そんなことはない。結局のところ、八方ふさがりなんだ。もしかしたら異世界転移チートがあるんじゃないかと、最後の希望にすがりたかったのかもしれない。
ヴァイデンは言っていた。『受取人』という適性は見たことがないと。自分だけがその一点において特別であるように感じたのだ。その適性によるスキルはきっと強いに違いない。種族も、力も、魔法も、何もかも劣り、何も持たない自分に唯一与えられた素晴らしいもの。それは願望であり、空虚で薄っぺらいただの夢。
「どうすりゃいい。ピンチなんだよ、なあ、主人公ならここらで一発、大逆転のチャンスがあっていいと思うんだ。教えてくれよ……俺のチート能力なんだろ……! そうだろ! くれよ! 俺に力をくれよ!」
「そんな都合のいいスキルはない」
ディートリヒがこちらを見ることもなく言い放つ。クーデルカは憐れみを含んだ視線を俺に向けていた。俺は頭に血が上り、八つ当たりするように受領箱を殴った。実体のない箱に拳をぶつけることはできず、腕がスルリと通り抜けるだけだ。
――――
登録アイテムリスト
・傲慢剣パロマイティ
・強欲剣アルバト
・嫉妬剣セファル
・憤怒剣アエシュマ
・色欲剣ヴェレノ
・暴食剣バンマリ
・怠惰剣ザウルヴァ
――――
「えッ!?」
突如として表示された大量のログ。目を疑った。登録アイテムリスト? どういうことだ。冷静になれ。俺は深呼吸する。
つまり、これは既に登録されたアイテムのリスト。これらのアイテムが受領箱の中に最初から入っているのではないか?
何としてでも取り出したい。夢幻だと思っていた希望が芽吹こうとしていた。使えないスキルだと思って悪かった。お前は最高の宝箱だ!
「えいっ! えいっ! 出ろっ! 出てこい!」
スキルを発動したときの感覚で念じながら声を発してみるが、反応はない。そう言えばさっきは叩いたらリストが表示されていた。もう一度箱を殴ってみる。これも反応なし。もうすぐ目の前に欲しい物が並んでいるというのに、手入れられないこのもどかしさ。自動販売機みたいにボタンを押したら商品が出てきたりしないだろうか。とりあえず、このリストの一番上にある『傲慢剣パロマイティ』という文字を指で押してみる。ピッ。
――――
転送中・・・
――――
反応あり。ログが流れた。思わず、膝を床についてガッツポーズ。しかし、『転送中』ということは、この箱の中にアイテムが入っているわけではないのか。どこからか送られてきているというわけか? それを“受領”していると。
喜んだはいいが、それからしばらくの間、ログに変化が見られない。いつまで時間がかかるのか。まるでネットからなかなかダウンロードできない大容量ファイルを待っているかのようにイライラする時間が続く。
期待と興奮と焦燥が入り混じり、居ても立ってもいられない。おしっこを我慢したときのようにその場をウロウロと歩き回る。頭を掻きむしり、うめき声をあげる。
「あ゛あ゛~!!」
クーデルカは頭が狂った人を見るような目をこちらに向けていた。だが、もうそんなことは気にならない。どうかこの猶予のうちに、殺し合いが始まる前に転送を終えてほしい。その一心で祈り続けた。そして希望はついに実を結ぶ。
――――
転送完了
――――
受領箱から一振りの剣が吐き出された。