10話
クーデルカが宙に魔法陣を描いた。またあの風の砲弾が来ると直感で悟る。
「ちょっとストップ! それはだめっ! やめっ!?」
かわそうとするが、何しろ見えない。感覚的には突風が吹いたとしか感じないのだ。とっさに体を丸めてガードする。
顔面を撃ち抜かれた。鼻がつぶれる。今度は脳震盪を起こして用意には起き上がれない。視界もぐらついて異常をきたしていた。おそらく片目がつぶされている。
死ぬ。次の一撃で殺される。クーデルカが陣を書き上げるまでにかかる時間は数秒もない。立ち上がれない俺を狙い違わず撃ち抜くことは容易だろう。戦闘開始から1分も経たずに決着。実力差を考えれば当然なのかもしれない。
「不公平!」
冗談ではない。二度目の人生なんだ。わけのわからない死に方をした一度目の人生。今ではろくに思い出せもしない前世の記憶。それでも俺は確かに生きていた。そして、今も生きている。アンデッドを生きていると言っていいのかわからないが、俺はここにいる。俺はまだ、ここにいたい。
「俺は生まれたばかりの『吸血屍人』だぞ! ゾンビに毛が生えた程度の下級アンデッドなんだぞ!? それをお前、魔法で滅多撃ちて……! あまりにも不公平! 騎士道精神に反する! ルール違反だ!」
とにかく俺は騒いだ。荒唐無稽なことを言っている自覚はある。殺し合いに騎士道もルール違反もクソもない。だが、あえて馬鹿げた主張を声高に繰り返す。
「クククク……騎士道精神だと? 面白いことを言う奴だ。では、どうすればこの戦いは公平になる? 何かハンデでもつけてみるか? 言ってみろ吸血屍人」
獲物が食いついたことに、俺は胸中で歓喜した。これを待っていた。
今の俺がどうあがいたところで、真っ当な方法でクーデルカに勝てるとは思えない。負傷して立ちあがれない状態ならなおさらだ。ならば勝機は勝負の外、戦うこと以外に求めるしかない。
この場で最も力を持った存在はディートリヒだ。これを動かす。彼は高みの見物を決め込んでいる。少なからず俺たちの殺し合いを見て楽しむ趣向があると思われた。効率だけを求めるならディートリヒが直接手を下した方が圧倒的に早く片付くのだから。
ならば、彼にとってワンサイドゲームは面白みにかけるはず。俺があっさり殺されてしまう結果より、多少は良い勝負展開になった方が盛り上がるというもの。あわよくばハンデを引き出せはしまいかと思ったが、予想以上にうまくことが運んだ。
「お待ちください! そのようなご無体な!」
「お前は黙っていろ。さあ、早く答えろ。何を望む?」
クーデルカが悲痛な声で訴えるが、ディートリヒは取り合わない。俺は戦わずしてクーデルカを追い込んだのだ。しかし、重要なのはここから。何をハンデとして要求するか、それに勝負の全てがかかっている。
気をつけるべきは、さじ加減だ。あまりにも大きなハンデを要求すれば却下される。それで興ざめでもされてハンデの話をなかったことにされては全てが水泡に帰す。かと言ってハンデを小さくし過ぎれば、勝負そのものが危うくなる。俺とクーデルカの戦力が均衡になる、いやわずかに俺に傾くようなハンデが絶好のラインだ。
難しい。いったいどうすれば理想のラインに近づけられる? 武器を要求する? いや、問題なのは魔法だ。遠距離からバカスカ一方的に撃たれるのが一番堪える。では、魔法禁止にするか? いや、ベッドの上で組み伏せられたときの感覚から察するに、筋力でもあちらが上だ。接近戦も分が悪いかもしれない。
「……」
まずい。思いつかない。答えを待つディートリヒの視線が鋭くなっていく。これ以上ないくらいに脳をフル回転させた。しかし、早く考えれば考えようとするほど、思考は迷宮の奥地へと紛れこんでいく。このまま沈黙してはいけない。それは最悪だ。何か言わなければ。
「じ、時間を、ください。考える時間を……」
言ってから盛大に後悔した。待たされるのが嫌だからディートリヒの機嫌が曇っているというのに、そこで余計な時間を取らせてくれと要求するのは悪手に過ぎる。それならいっそのこと、吹っ掛けた厚かましい要求をした方がまだ印象が良かったかもしれない。
豪気さも慎重さも見られない、ただ問題を先延ばしにするだけの回答。しくじった。冷や汗が首筋を流れ落ちていく。
「わかった。時間をやろう」
「本当ですか!?」
だが、意外なことに俺は見放されていなかった。それだけこの男は、俺が何を言い出すのか、そのアイデアに期待しているということだろう。首の皮一枚でつながった。
「考える時間をやる。それがハンデだ」
「……え? い、意味がよく……」
「俺はしばらくこの部屋を探る。その間に好きなだけ考えろ。その後、殺し合いを再開する。逃げようとすればその場で殺す」
「ま、待ってよ……そういう意味じゃないって! 時間っていうのはハンデを考える時間であって、時間そのものがほしいわけじゃ……」
「何を言う。戦いのさなかにおいて、一秒の猶予は万金に値する。それを大盤振る舞いでくれてやるのだ。十分なハンデだろう」
急転直下。俺は既に見放されていた。