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侵入

 夕闇色に染まる空が、窓の外からわずかな明かりを室内に落としている。扉を抜けた先にあったのは、広々としたエマの部屋だ。ガラス板のはめ込まれたタンスや天蓋付きのベッド、その他丸机やちょっとした椅子など生活に必要な調度品が室内には置かれている。

 

 さすが貴族というべきか、それらの調度品には細部に至るまで花や茨の彫刻が表面に施されている。見栄えも兼ね備えている。屋敷に押し入ったとされる兵士たちはこれらの調度品には目もくれなかったらしい。


 物音を立てぬように、そっと扉を閉じる。足音を忍ばせながら部屋の入り口と思われる扉の前にまでくれば、外の様子を確かめるため扉に耳を当てる。


 耳の奥に響く、コウコウという空洞音の他に物音はしない。ジャックはゆっくりと扉を開ける。

 誰の姿もない廊下が左右に伸び、正面にある窓の外はもう夜のとばりをおろそうかという、黒く濁った空が館を見下ろしていた。

 顔だけを部屋から覗かせて人影がないことを確認すれば、一度扉を閉じて体をジャックの背後にいる面々に向ける。


「ここからは別れて行動する。お前たちは四人一組になれ。カーリアとユミルは私とともに来い。敵を見つけたら気づかれる前に殺せ。それか気絶させて行動を奪え」


 「ガブリエル公を見つけた場合は、どうしますか」


 エドワードの所から引っ張ってきた兵士が訪ねてくる。


 「ガブリエル公を見つけた場合はこの部屋にまで連れて来い。それが無理であれば、ガブリエル公の身を守りながらその場を保持しろ。それまではこの屋敷の敵を一掃していけ」


 「もし、応援が必要になった場合は……」


 「そん時は、俺たちが煙幕をたいて合図を送ってやるよ」


 兵士の脇から狩人が口を挟む。


 「応援が必要になるくらいだ。どうせ潜入はバレてる。ならいっそ目くらましついでに脅かして、それを合図にすりゃあいい」


 「そういう時こそ、派手にやれ。ってな」


 「違いねぇ」


 互いにせせら笑うように頬を歪める狩人たち。心配げな兵士とは対照的にこの状況すらも楽しんでいるように見えた。


 「判断はお前たちに任せる。……部屋を出た瞬間に散れ」


 ジャックはそれだけを言うと、扉を静かに開けて廊下へと進む。ジャックたちは右側に、狩人達と兵士は左へと別れすぐに消えて行く。


 「……大丈夫かしら」


 ユミルが心配そうに狩人と兵士が消えていった廊下の先を見つめている。


 「あいつらにかまける前に武器を構えていろ。いつどこから敵が出てくるかも分からんのだからな」 


 「……言われなくても分かっているわよ」


 ジャックの言葉に少しムカつきを覚えながら、背中に背負った弓を手に取る。いつでも一矢を打てるよう、矢筒から矢を取り出し弦に当てておくことを忘れない。


 今自分たちがいるところは屋敷の三階。窓の外から下を覗くと、2回の廊下に見回りと思われる人間が歩いているのが見えた。きちんと鎧を着込み、手にはランタンを持っている。そして行き違いにもう一人の兵士が歩いている。


 今は二人しか見えないが、二人しかいないということがあるわけがない。部屋の中にいるか、もしくは死角になっている足元を歩いているか。この階で体を休めていることだってありえる。


 体を低くしたまま、三人は暗闇に沈んだ廊下を進んで行く。なるべく足音を忍ばせて進んで行く。そして、部屋の扉を見つけるたびにわずかに扉を開けて中を覗き見る。


 しかし、ほとんどの部屋に動く人影はなく、闇としたいばかりが目についた。給仕服を着た女に燕尾服を着た男。いくつもの死体が部屋という部屋のそこかしこに倒れ、部屋にこもった血生臭さと腐臭が鼻をつく。とりわけ三人の中で鼻の利きがいいカーリアは嗚咽を漏らし、いち早く部屋を後にする。


 三階の中でひときわ大きな展示室も一応見ておくが、やはり人気はない。暗闇の中に浮かび上がる石膏像は美しさよりも不気味さを漂わせている。


 狩人たちが向かった方はどうかはわからないが、こちら側には誰もいない。確認を終えたジャック達はいよいよ人影のあった二階部分へと降りて行く。

 屋敷の階段は直角に曲がった傾斜の緩やかな階段で、螺旋を描いている。階段の中ほどは踊り場ほどの広さがある。壁際に小さな丸いすが置かれて降りその上には花瓶にさした一輪のバラがあった。しかし、暗がりの中で夜目を聞かせて見ると、色鮮やかな赤は黒の中に沈み、可憐さまで消えてしまった。


 しかし、バラになど現を抜かす時間はあまりにもない。それも、階下から物音が聞こえてくれば尚更だった。

 3階の廊下。手すりから階段下を見ると、巡回の時間だったのか兵士が一人三階へと登ってくるところだった。幸い兵士は一人であってこちらに気づいている様子はない。しかし、うかうかもしていられない。ぼうっとしていては、見つけてくれといっているようなものだ。


 三人は階段の降り口の壁と手すりの先の壁に別れて身をひそめる。そして、兵士が中段の踊り場からいよいよ3階へと来ようかという時、ジャックが壁を数度こづく。物音は兵士の足音ばかりが響く空間に、浸透していく。物音に引き寄せられるかのようにジャックの方、手摺側の廊下へとランタンを掲げながら兵士は進んでいく。


 「だ、誰……」


 それ以上の言葉を兵士はしゃべることはない。兵士の背後から二つの手が伸び、片方は兵士の口を、もう片方の手は兵士の喉に巻かれている。


 「おやすみ」


 そういうと同時にカーリアは兵士の首を一気に締め上げる。兵士の口を抑えていた手で鼻も抑え一瞬のうちに兵士の呼吸を奪う。兵士はもがこうと空いていた手でカーリアの腕を掴むが、それも功をなさず、膝からだらりと崩れ落ちていった。


 首を絞めながら、床にゆっくりと兵士を倒していくカーリア。そして兵士が落としたランタンの明かりを消して、兵士を部屋に隠すために引きずっていく。


 ジャックとユミルはカーリアが戻ってくるまでの間、階段へと目を向けて警戒しておく。若干の物音があったものの、ほかの兵士が3階へと登ってくる様子はない。


 「一応猿轡と手足は縛っておいた。万が一起きても騒ぐことはできないはず。家人の人には悪いけど衣服や下着を使わせてもらった」


 二人の元へと戻って来たカーリアが言う。ジャックはその言葉にこくりと頷き、二階へと階段を降りていった。

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