援助
大学に滞在できる期間は短く、その間に次の拠点と帝都奪還の手立てを考えなくてはならない。エドワードはその旨をジャックとユミル、それに他の隊員達に伝える。エドワードの隣には、目を泣きはらしたアリッサの姿があった。
アリッサがなぜ泣いているのか。そして、なぜエドワードが彼女の肩を抱いているのか。混乱の中、一人寂しく大学にいたからか。それとも、父の身を案じてのことだったのか。恐らくはそれも含んでいたのだろうが、大きくは母の死が原因であることは、ジャックやユミルも推測ができた。
シャーリーの死を伝え、悲しみがほほを伝う。我慢できるものではない。それが、突然の予期せぬことだったのならば、なおさらだ。
しかし、疲れた体を休めていたところにきた突然の報告は、隊員達の反感を買った。アリッサの姿を見て怒りの矛先をしまう者たちもいたが、それがすべてではない。特にエドワードと何ら関わりのない狩人や冒険者たちは、我慢がならなかったようだ。たとえ娘を隣にたたせていたとしても、容赦はしなかった。
なんのためにこんな山奥まできたのだ。
滞在できる話だったじゃないか。
もっともな意見が隊員達の口から飛び出す。それに対してエドワードは謝罪の言葉しかなかった。彼自身に罪がなくとも、彼の選択によって招かれたと言っても間違いではない。だからこそ、エドワードは謝罪の言葉を述べ続ける。
しかし、多くの隊員はエドワードの謝罪よりも、今後の方針を聞かせてほしいと思っていた。二、三日の停泊のあと、この大学を追い出されたあとの事。それを提示しなければ、いつまでも隊員たちの口からは非難が後を絶えず、エドワードの頭も上がらない。
苦言がいつかは罵声にかわり、容赦ない言葉の数々がエドワードに突き刺さる。アリッサはただ震えて、エドワードの体に抱きついている。これを見かねたのは、エドワードの部下たち。帝国軍の兵士たちだ。
そこまで言うことはないだろう。
団長だって、こうなることは予測できなかったんだ。
いいかげんにしろよ。
なんとか場をおさめようと、顔を真っ赤にしている狩人や冒険者たちに言葉をかける。しかし、それでも彼らの怒りは収まらない。そして、怒りは場をおさめようとする兵士たちにも伝播していく。次第に仲裁から攻撃に、そして、暴言へとかわっていく。こうなっては、止めることは難しい。はらわたに溜まっていた感情は、次々に口へと上り、怒りによって加速されては行きだされる。
エドワードが何と言っても聞いてはくれない。しかし、助け舟は、思いもしないところからやってきた。
「忙しいところ申し訳ないが、少しいいか?」
喧騒の中で、その声はかき消されることなく、彼らの耳に届いた。
隊員たちが視線を向ける先には、おずおずと手を上げているエルフの男、ロドリックだ。
「誰だ、あんた」
冒険者の男が、不躾がましくロドリックに尋ねる。
「ここの教員をしているロドリック・ガトガだ。先ほどから君たちの話を聞かせてもらっていた」
「大学の学者様が、いったい俺たちに何の用だ」
「君らに協力できないかと思ってな。君らの隊長さんと話がしたい」
「私が隊長だ」
隊員たちの間を抜けて、エドワードがロドリックの前に立つ。
軽い 握手の後。早速本題に入る。
「私たちに協力したいという話だったが、どういうことだ」
「別に大層なことじゃない。ただ、拠点がないのなら、うちの村に来たらどうだろうかと提案しようと思っただけだ」
「村?エルフの村か」
「そうだ。聞いたところ、ここに滞在できるのもあと三日ほどらしく、またそのあとの滞在場所も決まって居ないらしいじゃないか。さまよい歩くよりも一つの拠点で策を練った方が特だと思うが、どうだろう」
「それはありがたい話だが、なぜそんな提案をする。私と貴方は初対面だよな」
もっともな疑問をエドワードは口にする。
「そうだ。だが、親切というのは初対面であるか否かに関係しない」
「最もな意見だが、生憎今はあまりその言葉を信じられない。何か裏があるのではないかと勘ぐってしまう」
親切心でものを言うロドリック。その言葉を容易に受けることができないエドワード。このままでは二人の言葉は平行線をたどるだけ。先に進むことはできない。
「そう警戒しなくても大丈夫だ。ちょっとした自分の責任を返そうと思っただけだ」
「責任」
「そうだ。隊長殿に対してではないが」
「では、誰に」
エドワードの問いかけの後、ロドリックの指がゆっくりと上がり、彼方を指差す。
エドワードはロドリックの指に沿って視線を向けると、そこには壁に寄りかかったっジャックとユミルの姿があった。
「二人と知り合いなのか」
「彼らの娘さんつながりでな。二人の娘さんが拐われたのは我々大学教員の失態だ。失態を帳消しにすることはできないが、せめて役立つことをせねばならない。私の独断ではあるが、そうでもしなければ私の気がすまない」
ロドリックは指を下ろすと、エドワードに視線を合わせる。
「これが私の企んでいた裏の思惑だ。少しは納得していただけたかな」
エドワードはロドリックの言葉にすぐには答えを示さない。
エドワードは見定めるようにロドリックの視線を覗き見る。丸メガネの奥にひかる緑色の瞳は智恵を秘め、物腰はとても嘘偽りを宣うものには見えない。
詐欺師であるなら態度を隠すことなどお手の物であろうが、打つ手のない今は乗ってみるのも悪くはない。
「分かった。お言葉に甘えて、貴方の村に向かおう」
エドワードは判断を下す。その言葉を聞いて、ロドリックはホッとしたように頬を緩めた。
「だが、どうやって向かう。この近くに村があるわけではあるまい」
エドワードは疑問を口にしながら、それと同時にその質問は愚問だったことに気がついた。
なにせ、ロドリックの胸ポケットからは、見慣れたプレートが取り出されたのだから。
ロドリックは、エドワードに自室の場所を伝え、そこで待っているように言うと、ロドリックはジャックとユミルの方へ足を向ける。
「…その様子だと、エリス君は取り戻せなかったようだな」
ジャックの失われた腕を見ながら、ロドリックは言う。ジャックはロドリックの視線から腕を隠すように、肩をそらす。
「それで、なんでそんなに親切にしてくれるのよ」
間をとりなすように、ユミルが口を開く。
「私だってエリス君や君らの役に立ちたい。同胞が誘拐されたといのに、ただ黙っているだけではやるせないからな。ただ、それだけだ。別段、君らや彼ら帝国の兵士に恩を売って、どうこうしようなどと思っていない。そこは信じてくれ」
ユミル、そしてジャックの目を交互にみながら、ロドリックは語る。その言葉が嘘なのか、それとも真なのか。ただ目のうちをみただけでは分かりはしない。何かが起きた後でなければ、腹の内は分からないままだ。
しかし、現状あてもなくどこかをほっつき歩くよりも、行く当てのある進行のほうがずっとましだ。
「それで、エリス君の居所はもう分かっているのか」
「それが…」
「ああ。分かっている」
ユミルが答えに困っていると、彼女の代わりにジャックが口を開く。
「それは、いいことだな。どこだ」
「帝都だ。皇帝のそばにいる」
「…なるほど。そいつは厄介だな」
うんと唸りながら、ロドリックは腕を組み、考えを巡らせる。きな臭い戦場とは縁もゆかりもない大学の教員に何ができるのか。ジャックは、はなはだ疑問は尽きなかった。
「まあ、いいだろう。村に着いてからでも。熟考の時間は取れる」
顔を上げてジャックの顔を見るロドリック。
「でも、大丈夫なの。もし、あなたの村に魔物たちが押し寄せでもしたら」
ユミルが心配そうに聞く。
「心配しなくていい。安全は保障しよう。我らの村人は君らの思う以上に逞しい」
ロドリックの言葉には、自信が漲っていた。




