義手
サーシャの部屋を出たあと、ユミルは廊下の壁に背中をもたれジャックが出てくるのを待っていた。
エリスが体を乗っ取られたという話は、昨日の夜に突然聞かされた。ユミルがどういうことだと聞いても、ジャックは分からないの一点張りで、一方的にユミルが気絶している間に何があったかを伝えただけだった。
それに加えてエドワードに伝えぬようにと告げ口もされた。なぜかと聞けば、知る必要はない、ときた。
ジャックは何を考えているか分からない男ということは、ユミルも重々わかっている。
だが、今回のジャックは本当に何を考えているのかが全く分からない。
「…話してくれたっていいじゃない」
長い付き合いだというのに、なぜこんなに避けられなければならないのだ。
ユミルは腕を組みながら、手をさらに握りしめる。
悔しさよりも、ジャックに対する怒りがユミルに力をあたえている。
知らない仲ではないし、エリスを心配しているのはジャックだけではない。なぜ教えないのだろうか。苛立ちと疑問がぐるぐるとユミルの頭の中に浮かんでは消えていく。
ここは思い切って聞いてみるのがいいだろうか。そんなことを思いながら数分間その場に立ち尽くしていると、少女の部屋の扉が開いていく。
ユミルがそちらに目を向けると、部屋の中からジャックが出てきた。
「ではな。よろしく頼む」
「明後日までには仕上げておきますよ」
扉の把手を掴んだまま、サーシャがいう。そしてちらりとユミルの方を見た。何かいうかとユミルは視線を合わせてはみるが、何も言わないまま、サーシャは扉を閉めた。
「行くぞ」
ジャックはユミルの顔を見るなり、そう言葉をかけて廊下を進んで行く。
「待ってよ」
だが、ユミルがジャックの手を掴んだことでジャックの足が止まる。
「何だ」
面倒臭そうに、ジャックはユミルに向き直る。
「何だ、じゃないでしょ。何を話していたのよ」
「お前には関係のないことだ」
「関係ないって何よ。隠し事でもあるの」
「そんなものではない。ただ、お前に言う必要はないから、言わないだけだ」
「それを隠しごとって言うのよ」
キッと視線を強めて、ユミルはジャックを見る。
ジャックはため息を一つつくと、口を開く。
「腕だ」
「腕?」
「そう。腕だ。奴に義手を一つ作ってもらうように頼んだだけだ。お前が騒ぎ立てることじゃない。…分かったら、いい加減離せ」
ジャックはユミルの手を振り払うと、再び前を向いて歩き始める。
「…本当に、それだけなの?」
ユミルはジャックの後ろをついて行きながら、なおも食い下がる。
「それだけだ。いい加減しつこいぞ」
「そう…」
次の言葉を見出せず、ユミルは押し黙ってしまう。
詫びたほうがいいだろうか。けれど、どこか腑に落ちない。義手を頼むだけなら、何も自分を部屋の外で待たせていなくたっていいじゃないか。
消化しきれないわだかまりが、ユミルの頭の中に蓄積されて行く。
しかし、ジャックはそんなことは知ったことではない。
ジャックは、それきりユミルの方へ振り返ることなく、廊下を進んでいった。
部屋に引きこもったサーシャは、早速ジャックに頼まれた義手の制作に取り掛かる。
邪魔な部品や器材を全て机の上から払い落とし、大きな白い紙をそこに広げる。
まずは義手の図面だ。先ほどジャックの片腕のサイズを計測しており、それを元にもう一本のサイズを黒いチョークで紙の端に書きなぐっていく。
腕の胴回り、手首、肩口の接続面への対応。また関節の場所ならびに可動域。それを書き起こしながら、徐々に形にして行く。
部屋にない材料があれば、調達先に検討をつけて、メモ紙に書き記していく。
今回作る義手はちょっとした仕掛けをしなければならない。ジャックの注文では飛び出す感じのものに。
飛び出させるものはすでにこの場にある。あとは、それを繋げるかだ。
顎に手を当て、もう片方の手でポケットに入れてあった魔石をとる。
それは、ジャックに渡したはずの魔石だ。なぜ、サーシャの手元にあるかというと、他ならぬジャックが返してきたからだ。
「…さて、どうするかな」
顎に当てていた手を頭に持って行き、ぽりぽりと髪を掻く。
考えることも重要だが、いっそ行動に移したほうがうまく行くこともある。
彼女にしてみれば、気乗りしないが半分、結果を知りたいが半分。面倒くささと好奇心がせめぎ合い、作業している合間に好奇心がまさってくる。
研究に犠牲は必要だが、今回は犠牲に見合う結果があることを願うばかりだ。
「まあ、やってみますか」
魔石をポケットの中に入れ、サーシャは再び図面の制作に乗り出した。




