再会
学校長の部屋を後にしたエドワードは、兵士を連れて廊下を進んでく。向かう先には仲間達を待たせている学校の中庭。そこへ向かう足取りは校長の部屋を赴く時と違って重い。
学園長との交渉は決裂。滞在できるのもおよそ三日。その間に次の拠点を見つけなければならなくなった。だが、そう簡単に思いつくものでもない。
やっとの思いでたどり着いてみれば、これだ。ここまで懸命についてきてくれた仲間や部下に、なんと説明すればいい。
残念だが、ここには短い間しか滞在できない。しかし他に思い当たるところがない。こんな説明をうければ、殴るどころの騒ぎではなくなる。エドワードの部下たちは問題ないかもしれないが、今の部隊には雇いの冒険者や狩人もいる。最悪、彼らの怒りによって、己の腹に剣が何本も突き立つことになる。
しかし、次の滞在先の検討がつかない今。そういう他に言葉がない。反感を買うことになろうと、こうなってしまっては仕方がない。腹をくくらなければ。
歩きながらも思考を巡らして次のアテを探す。しかし、どこもかしこも帝国の息のかかった場所ばかり、あのプレート一枚でいつでも移動できてしまう場所だらけだ。便利な手段であるはずのプレートでの移動が、ここにきてとてつもなく邪魔なものになった。
今日、ロイが大学へ出向いてきたことから考えると、他の砦や関所にもドミティウスの使いがむかっていることはまず間違いない。そこへのこのこと行ったとしても、捕縛されるか、最悪その場で処刑されるかだろう。
「…父さん」
親指の爪を噛みながら、思慮にふけっていると、目の前から少女の声が聞こえてきた。
エドワードがそちらを見ると、廊下の先からアリッサが歩いてくる。
「アリッサ…」
名前を呼んだにも関わらず、次にかける言葉がエドワードには見つからなかった。愛娘に会えた嬉しさ。無事だったという安堵。それらの感情があったとしても、言葉が出てこない。
呆然と自分の姿を見つめる父親に、アリッサはずんずんと近寄っていく。
手をきつく握り、視線を鋭くエドワードに合わせる。その表情は怒っているようでもあったし、涙を我慢しているようにも見える。
アリッサはエドワードの目の前にまでくると、何をいうこともなく、エドワードの胴にひしと抱きついた。
エドワードは自分の胸に頬をつけている娘を見て、嬉しさよりも、ひどく申し訳ない気持ちに苛まれた。帝国で起きた惨劇、それが校長の耳に入っているということは自ずと生徒の耳にも流れているはずだ。
一人大学に置き去りにされ、心細かったのだろう。きっとそれは、アリッサだけに言えることではない。ここの生徒達のほとんどが同じ心持ちでいたことだろう。そして、残酷な現実は彼らに希望はもたらさない。
「…アリッサ、話がある」
アリッサの髪を撫でながら、エドワードは口を開く。
アリッサはエドワードの胴に回した手に力をこめ、彼の体をきつく抱きしめる。
「…何」
「シャーリーの…、母さんの、ことだ」
逡巡はエドワードの言葉を途切れさせる。そして、アリッサはゆっくりと顔を上げる。
「母さんに、何か、あったの?」
アリッサはエドワードに問いかける。もしかしたらという不安と、そうであってほしくないという期待を込めて。
しかし、彼女の持っていた期待は、エドワードの沈黙によって砕かれる。
神妙な面持ちのまま、エドワードはただアリッサを見つめていた。彼の瞳は失意に潤み、今にも涙が一筋垂れてきそうだ。だが、娘の手前。奥歯を噛み締め、悲哀の感情を心の奥底へ押し込める。
「ねえ、父さん。嘘、よね。母さんが、そんな…」
「…すまないが、先に戻っていてくれ」
エドワードは、背後に控えていた兵士たちへ声をかける。兵士2人は互いに顔を見合わせると、エドワードに敬礼を送りその場を去っていった。
兵士たちが廊下を進んでいくと、後方から少女の泣き声が聞こえてきた。




