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【絶賛改稿中】戦死転生  作者: 小宮山 写勒
第一章 少女と兵士
8/122

1-8

 暗い、本当に暗くて何も見えない。見渡す限りの黒があたしを取り囲んでいる。

 

 その中にあたしは一人きりで、村の皆の姿はどこにもない。


 皆、どこにいるのだろう。もしかして、隠れているのだろうか。あたしを驚かそうとでもしているのだろうか。


 皆を探し出してやろうと、あたしは暗闇の中を手当たり次第探しまわった。だが、いくら歩き回っても誰も見つからず、家の影すら見えてこない。


 だんだん怖くなっていった。とにかく見知った何かを見つけなければと、歩く事をやめて駆け回った。


 それでも何も見当たらない。何も、見つからない。


 ……母さん、父さん。誰か返事をして。


 あたしの願いは闇の中へ消えていく。返事はない。帰ってくるのは反響するあたしの声だけ。


 風の音でさえ聞こえない。息が切れる。あたしは膝に手をついて息を整える。


 ……ねえ。誰かいないの。


 言葉が、また闇の中へ消えていく。


 誰でもいい。犬や猫でもいい。とにかくあたし以外の声を聞かせてほしかった。


「エリス。エリス、どこにいるの。早く帰ってらっしゃい」


 聞き覚えのある声だった。


 母さんの声だ。


 振り返ると、母さんは何事もなかったかのようにそこに立っていた。


 さっきまで何もなかったはずなのに、一体いつからそこにいたのだろう。


 気にはなっていたけれど、そんな些細なことなんてどうでもよかった。一目散に母さんのもとに駆け寄り抱きついた。


「どうしたの。何か怖い事でもあった?」


 母さんはあたしを抱きとめてくれて、頭をやさしくなでてくれる。それだけで、さっきまであたしの心に湧いていた恐怖は、どこかへ消えてしまった。


「もう、変な子ね。もうすぐ夕飯だから、家に帰りましょう。お父さんも待っているからね」


 母さんはあたしの手を握り、どこかへ歩いていく。だが、どこへ行くというのだろう。


 ここには闇しかないはずだ。あたしの家も、友達の家も、何もなかったはずだ


 けれど、母さんにつれられて向かった先には、ちゃんとあたしの家があったし、辺りを見れば友達の家も、村長さんの家もあった。


 気がつけばそこにはちゃんとあたしの暮らす村があった。


 何だ、ただの気のせいだったのか。私は安心して一人息をついた。


 それを見ていた母さんは首をかしげて、にこりと笑っていた。なんだか恥ずかしくなったあたしは、母さんを追い抜いて家の中へ先に入った。


「おかえり、エリス」


 椅子に腰掛けた父さんがあたしを迎えてくれる。


 ……ただいま、父さん。ごめんね、遅くなっちゃって。


「まったくだ。父さんはお腹が減って死にそうだったんだぞ」


 父さんの目の前に並ぶ料理の数々。どれもが(かぐわ)しい香りを漂わせていて、食欲をこれでもかと 掻き立ててくる。


 ……どうしたの、これ。今日って何かの記念日だっけ?


「いいえ。今日父さんが大きな獲物をしとめてきてね。折角だから贅沢に全部使って料理したの」


 ……え?村の皆には分けなかったの。


「いいんだよ。僕がこれを捕えたんだ。どうしようが僕の勝手さ」


 父さんは得意げにそう言って笑ってみせた。なんだかいつもの父さんじゃないみたいだ。


「さあ、ご飯にしましょう。エリスも座って」


 母さんはあたしの背中を押して、椅子に座るように促してくる。素直に従って、椅子に腰掛ける。


 そのお陰で目の前に広がる料理の数々がよく見えた。


 見えたお陰で、あたしは気づいてしまう。それが何で出来ていたのか。


 それは、あたしの父さんと母さんだった。


 父さんと母さんが丸焼きにされて、机の上に寝かせられていた。

  

 訳が分からなかった。そんなはずはない。父さんと母さんは今、目の前にいるのだから。


 目をこすってもう一度よく見る。でも、その肉の固まりは間違いなく父さんと母さんだった。


 さっきまで本物だと思っていた父さんと母さんは、肉になった父さんにナイフを突き立てて、丁寧に切り分けていく。


 ちょうどそれは父さんの腹の肉だった。皿の上で、一口で食べやすくなるように切り、何の迷いもなく口に運んでいく。


 父さんは長い間咀嚼して食べる癖がある。目の前に座る父さんも口の中で何度も噛み続け、ゆっくりの飲み込んでいく。


 母さんも同じように、父さんの肉を口の中へ運んでいく。


 おいしそうに肉を食べ続ける二人は、やがてナイフもフォークも使わずに、肉に食らいつくようになっていた。


 それは獣の食事を見ているようだった。父さんは父さんの肉にかぶりつき、母さんは母さんの肉にかぶりつく。


 頭がおかしくなりそうだった。


 「どぉじだの。なんでだべないの」


 母さんがあたしの方を向いた。でも、その顔は母さんではなかった。


 血によって赤く染まったその顔は、魔物の顔に変貌していた。


 ……いや。こないで


 あたしはさっと立ち上がって後ずさる。


 だけど、母さんの姿をした魔物はにたにたと笑みを浮かべながら、口には母さんの腕を咥えながら、ゆっくりと追いかけてくる。


 ……こないでよ。


「何を言っているの。折角私が作ったのよ。食べてくれないと、お母さん悲しいわ」


「そうだぞ。母さんが作ってくれた料理を、残してはかわいそうじゃないか」


 ……うるさい! お前達は父さんと母さんじゃない。


 目の前の二人の魔物はニタニタと笑いながら詰め寄ってくる。


 あたしはどうにか玄関の扉の前にたどり着いて、家を出ようと扉を押した。


 だけど、扉は開かなかった。


「あら、お出迎えをしてくれるの。優しいのね、エリスは」


 母さんだった魔物の言葉の後、扉は何事もなく開かれる。


 力任せに押していたあたしは、バランスを取る事が出来ず、そのまま前のめりに倒れてしまった。


 痛みをこらえながら前を見ると、いくつもの足が地面からのびていることに気がついた。


 しかし、その足は人の肌色をしていない。黒い足。影が人を真似たような黒い足がいくつものびていた。


 「いらっしゃい。ゆっくりしていって」


 怖い、出来る事なら見たくはない。けれど、あたしの思いとは裏腹に、目はゆっくりと上へ上へと視線を移していく。


 黒い足達の上にあったもの。そこには、後ろにいる魔物達と同じ顔がいくつも並んでいた。その口には何かを咥えている。


 それは、村人の顔だった。


 友達の顔。小さい子供の顔。老人の顔。


 いくつもの顔という顔が苦悶の表情を浮かべて、白く濁った目であたしを覗き込んでいた。

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