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誇示

 帝国の都。栄華を誇った帝都はわずか半日にして跡形もなく崩れ去ってしまった。住居が瓦礫とかし、帝都の民の血肉は、魔物達の餌となり、また享楽の道具となり、嬲られ、貪られた。


 最後まで抵抗を続けていた帝国軍の兵士達は、屍兵達の物量に押しつぶされ、ついには壊滅寸前にまで追い込まれた。残存する兵士は生存者とともに城の中へと逃げ延びるが、そこで待っていたのは、エルフの少女の皮を被った狂人だった。


 ドミティウスは生存者達に服従か死を選ぶように強いた。当然兵士達は抵抗をもくろんでいたが、何の技術も持たない市民達はすぐに彼の名の下に従うことを決めた。どちらにしようかと考えていた者たちは、抵抗をしようとしていた兵達が、ドミティウスの魔法によって焼かれて行く姿を見て、考えをすぐに改めることになった。


 玉座の背後には、殺された皇帝の体は磔にされ、趣味の悪い剥製になった。両腕を広げた姿勢で壁に掲げられた皇帝は、見方によれば教会にある聖人像にも見えるが、惨たらしさが目立ち、威厳も尊厳も、欠片残されていない。

 だが、ドミティウスに逆らえばどうなるか。それを知らしめるにはうってつけの象徴だった。

 そして、見せしめは皇帝だけではなく、象徴は謁見の間だけではなかった。


 

 三日をかけて先遣隊は、タルヴァザからの帰還を果たした。だが、彼らを待っていたのは歓迎ではなく、黒煙を上げる帝都の町並みと、門の前に釘うたれた死体達だった。


 男女問わず身ぐるみをはがされ、裸のまま顔面に太い釘がうたれて支えられている。時折風が吹くと死体はゆらゆらと左右に揺れ動く。

 烏についばまれ、肉がえぐれた腹からは細長い臓物が垂れ落ち、ぷらぷらと宙に踊っている。


 誰も彼もが知らぬ顔。しかし、そのうちの一人はきっと知っている。その一人を見つけた隊員たちの反応は様々だった。涙とともに絶叫を上げる者。ただ呆然と死体に目をやる者。殺してやる、殺してやるとまだ見ぬ敵への殺意に燃えるもの。目の前の死をなんとか受け入れ、すぐに死体への祈りを捧げるもの。


 この内の反応でエドワードが示したものは、呆然だった。


 「…シャーリー?」


 エドワードの視線は帝都の入り口である門の上へ注がれている。そこには帝国の紋章が刻まれているのだが、このときは女の死体によって隠されている。赤毛の髪が風に吹かれ、白い柔肌には血と汚れがついている。目をつむったままうなだれているその顔は、一瞬眠っているかのように見える。しかし、女の胸に突き刺さる剣が、わずかな希望を打ち砕く。


 「そんな、嘘だろ…。シャーリー…」


 うまく言葉が見つからない。エドワードは膝をついたまま力なくつぶやく。目の前の事実が夢だと願い、目を固く閉じて、再び目を開ける。しかし、女の死体は相変わらずそこにあった。


 「ああ、あああ!?」


 ありえないことと思えて仕方がなかったことが、どうしようもない現実となってエドワードの前に現れる。それを許容できるほどエドワードの心は強くない。

 例えいくつもの戦場を渡り歩いた歴戦の勇であっても、己の大切な何かを外敵によって奪われれば、容易く心は折れてしまう。


 現実をはねのけようと、エドワードはあらん限りに叫ぶ。喉から血が出ようとかまわない。信じがたい現実が目の前から消してしまえるのならば、そうであると信じてかれは叫び続けた。


 だが、彼も分かっていた。妻は殺され、惨たらしくさらされているのだと。我らに逆らえば皆こうなる。その意味を込めての見せしめとしてさらされているのだと。兵士としてのエドワードが頭の中でささやいている。


 先遣隊の嘆きの声が帝都の中に聞こえたのか、壁の上から魔物達が顔を出した。口には何かの肉片がぶら下がり、咀嚼しながら、先遣隊を見下している。

 そのときだ。一匹の魔物が肉を食みながら、おもむろに何かを先遣隊へ向けて放り投げた。空高く上がったそれは、しだいに高度を下げてエドワードの前に落下する。


 それは兵士の遺体だった。片腕と両足が食いちぎられ、顔の半分もまた食い破られている。

 下卑た笑い声が頭上からふってくる。エドワードがそちらに目をやると、魔物達が彼らを指差して笑っていた。その言葉とともに、豚の鳴き声のような声で何かをわめき散らしている。だが、残念なことにエドワード達は魔物の言葉が分からない。分からないが、それが馬鹿にするような言葉だということは、雰囲気でわかった。


 絶望に開かれた兵士の眼を、エドワードはそっと閉じさせる。まだ年若い兵士だったのだろう。残った部位にはしわは少なく、傷もない。


 「団長…」


 背後からエドワードの部下の声が聞こえてくる。背中越しにそちらを見ると、そこには戦意に満ちた立派な戦士達が顔をそろえていた。愛するもの、友人、子供。彼らにつながる人々の死は、兵士の心に傷を追わせるとともに、敵への怒りが力を与えてくれる。


 「いきましょう。団長。奴らを根絶やしにしてやりましょう」


 「そうだ。このままじゃ死んで行った奴らが報われない」


 「奴らに目にもの見せてやる」


 帝国軍。冒険者。狩人。装備も、所属も、種族も違う連中が、目の前のたった一つの敵に対して同じ意思の元に集っている。これまでの道のりの中で培われてきた絆が、今、愛する者の死によってさらに強固なものになった。


 「…駄目だ。一度撤退する」


 だが、エドワードが下したのは、彼らの意思に反するものだった。


 「腰抜けが。敵を目前にして逃げろってのか?!」


 「ああ。そうだ」


 エドワードに詰め寄り、一人の冒険者が眼光鋭く問いただす。その答えとしてエドワードはきっぱりと断言する。


 「状況を考えろ。敵は魔物で、その数は定かではない。あの様子だと未だに戦意は旺盛だろう。一方、こちらは負傷者を抱え、満足に戦える者は少ない。その状態で敵陣に突っ込んでみろ。瞬く間に奴らに食い殺されるぞ」


 「ふざけるな!こっちは娘を殺されたんだぞ!このまま黙って、奴らにケツ向けろって言うのか!?」


 「…私も、妻を失った。そこに掲げられている女性がそうだ」 


 エドワードの言葉に、冒険者は言葉を失った。


 「家族を、仲間を失ったのは私や君だけではない。ここに生き延びている全員がそうだ。私だって怒りに任せてここにいる糞共へ攻め入りたい。だが、負け戦で命を散らしてしまうことこそ、死んでいた彼ら、彼女らに面目が立たない。仇討ちというなの特攻よりも、万全の勝利を望むはずだ。だから、ここはどうか引いてほしい。それでも気に食わんというのであれば、私の体を差し出そう。君らの痛みは私の痛みだ。君ら気が少しでもはれるのであれば、はけ口として私を斬りつけてくれてかまわない。だから、ここはどうか下がってくれ。頼む」


 冒険者の肩に手を置き、エドワードは懇願する。エドワードの言葉は目の前にいる冒険者だけに向けられている訳ではない。一人の背後にいる多数の隊員達に向けられている。


 「今は奴らの気は俺たちよりも、死体の肉にありつくことが優先されている。引くなら今のうちしかない。俺のためなんぞ思わなくていい。来るべき時の為に、今は剣をしまってくれ」


 皆は歯を噛み締めながら、なんとか、彼の言葉を聞き入れてくれた。

 帝都を目の前にしながら、先遣隊は踵を返し帝都を離れる決断をした。その様子は魔物にとっての余興となった。先遣隊の後を、魔物の嘲笑が後を追う。


 来るときの為。エドワード自身がそう言ったのだが、彼もそれがいつになるのか明確に示すことは出来なかった。今のところは、ひとまずはあの場から皆を退ける為についた方便でしかない。これからどこへいけばいいのかも分かっていない。


 だが、必ず帝都へ帰還を果たす。そのときは、魔物の手から帝都を取り戻すときだ。エドワードの意思は固く、揺るがない覚悟だった。

 帝都から離れたところに来ると、後ろを振り返る。


 「…シャーリー。すまない」


 エドワードのつぶやきは、どこか湿った声色だった。

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