発足
タルヴァザへ侵攻するために先遣隊を組むという話が流れたのは、エリスの誘拐から二日後のことだった。彼女の一件があり急遽決まった訳ではなく、帝都の復旧の目処があらかたたったためだ。
冒険者ギルド、狩人連合へも大々的に依頼が告知され、冒険者と狩人に参加を募った。報酬もよかったこともあったが、何より帝都へ攻撃をした連中に鬱憤が溜まっていたのだろう。それぞれの団体で50人ほどの応募に、100を超える冒険者と狩人が名乗りをあげた。
ジャックとユミルもまたこの依頼に参加していたのだが、報酬は二人の眼中にはない。二人が願うのはエリスを無事に救出すること。たったそれだけだ。それ以外の瑣末なものは、はなから考えていない。
大学で起きた事件を軍の人間であるエドワードが知らないわけがなかった。報告が上がってくるやいなや、ジャックとユミルの元にいち早く出向いた。ただ、その時は二人とすれ違いになり会うことはなかったが。
エリスの居場所をジャックから聞いた上で、本来ならば面接で選ばなければならないところを、二人を優先して隊に招いたのも彼だ。先遣隊の隊長を務める人間として、必要な人材であると判断した。それが兵士や他の冒険者や狩人たちへの理由だ。だが、それが建前であり、本来の理由は二人にエリスを探させる手助けになればと考えてのことだ。
エドワードの部下たちは、団長が密かに考えている理由に勘付く者もいたが、それを口に出すことはなかった。ジャックとユミルの双方を歓迎し、共に頑張ろうと一言添えるだけだった。
ギルドの冒険者、そして帝国軍の軍人。依頼を請け負った者たちを選りすぐり、総勢150名の先遣隊が出来上がった。隊を率いるのはエドワードとドレイク騎士団の副長だ。隊の移動手段は馬と馬車。帝国軍の兵士は馬に乗り、残りは馬車の荷台に乗って移動をする。
馬車の中は会話という会話はない。ただ車輪がガラガラと回る音だけが虚しく聞こえてくる。相手を知らないから言葉をかけようにもかけられない、というのはあるかもしれないが、少なくともジャックの乗る馬車はその理由には当てはまらない。何をかくそう、会話を消している原因はジャックの存在が大きかった。
どこを見つめるでもなく、視線をただ前に向け微動だにしない。あふれんばかりの殺気は、乗り合わせた冒険者と狩人を恐縮させ、口を開くことを阻害している。自然と彼の周囲は人が消え、取り残され、孤独が彼を取り込んでいく。
たった二人だけ。ユミルとエドワードだけはジャックの隣に来て、言葉をかけ続けた。たとえ、それが彼の耳から耳へ通り抜けていったとしても、馬を休めるために立ち止まっては、彼に言葉をかけ続ける。
最初に会った頃の彼によく似ている。エドワードは内心そんなことを思う。誰彼構わず殺してしまうような、誰も彼もが己の敵だと思っているような。殺戮という言葉しか頭にない人間。最近はいくらか人間らしい素ぶりや感情を見せるようになったが、今のジャックはその何もかもをそぎ落としてしまっている。
これまでにもそういう人間を見て来た。誰もが共通しているのは、おおよそろくな最後を迎えることはない、ということ。犬のように野垂れ死ぬか、権力者のいいように操られて、無様に死に晒すか。そのどちらかに限られる。
出来ることならば、彼にはそんな死に方をして欲しくはない。勝手な望みではあるが、エドワードは彼を気に入っているのだ。それは部下や兵士としてではなく、一人の友人としてだ。
彼に限った話ではない。ここにいる全員が生き残る保証はない。必ず犠牲はつきまとう。それでも、一人でも多く、帝都に帰還させる。それが彼に与えられた役目であり、その役目を果たすために、団長という肩書きを背負っている。
甘い考えだといつかアーサーに言われたこともあった。それでも、恥だと思ったことはない。純粋な理想は彼にとっては誇り以外の何ものでもない。
「どうしたんです。険しい顔をして。団長らしくもない」
馬を隣につけて、冗談めかしに副長が話しかけてくる。どうやら、ジャックの殺気にでも当てられていたらしい。
「…何でもない。先を急ぐぞ」
肩をすくめ、顔の筋肉を緩めてエドワードは言う。そして、馬の腹を叩いて先を進んでいった。




