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暗雲

 ギルドに並ぶ依頼は、爆発の影響からか軒並み復旧工事の依頼に入れ替わった。


 ある冒険者は剣の代わりに瓦礫と担架を持って、死体と建物の残骸を運び出す。

 またあるものはコテと粘土の入ったバケツを持ち、大工に混じってレンガを積んでいく。

 慣れない作業にあくせくしながらも、日が経つにつれて動きにも慣れ、作業は順調に進んでいく。


 普段ならやりもしない仕事だが、ほかの依頼に比べて報酬がいいこともあって、ほとんどの者は進んで仕事についている。生活がかかっている以上、たとえ本来の仕事でないにしろ、背に腹は変えられないのが正直なところだった。


 ジャックもまた鎧と剣を宿に置いて、瓦礫の撤去に勤しんでいる。手押し車も数が少ないため、一つ一つ、時にはロープでまとめて帝都の外へ運び出していく。

 いつもよりも身軽だとはいえ、体力的にもきつい仕事だ。往復するだけで多くの体力が削られる。

 

 ユミルは一人帝都の壁の外へと出向き、魔物を狩っている。工事の給料に比べれば低い収入だが、普段の収入に比べればさしたる差はない。


 もともと一人で冒険者をやっていただけあって、抵抗はなかった。だが、二人という環境に慣れてしまったためか、寂しさが尾を引いてつきまとってくる。


 それは仕事終わりの時、特に実感するようになった。そして宿に着くといつもより少し言葉の数が増えるのだ。


 疲れた体を引きずって、酒の酔い癒しを求めるジャック。その横でせわしなく口を動かすユミル。彼の耳が彼女の言葉を聞き流していると知っていても、彼女は彼の横顔に向けて言葉を投げ続ける。


 鬱陶しそうにはするがジャックははその場から離れたりはしなかった。


 何か大切なものがぽっかりと抜け落ちたような、虚脱感にも似た喪失を部屋に戻って感じたくはないのだ。これまで味わったことのないそれは何となく彼の脳の中に居座り続け、彼の眠りを妨げる。


 深酒はそれを紛らわすため。その肴に彼女の話に耳を傾けている。そうでもしないと、寂寥感が全身を蝕みそうだった。



 だいぶ酔いも周り、ユミルの手を借りながら自室へと転がり込む。

 冷えた床は火照った体にとっては心地の良いものだ。それは彼を眠りの淵へと誘うほどだったが、どうにか体を起こしてベッドに続くはしごに手をかける。


 彼の体重が乗ると、梯子が軋む。キィキィと部屋に響くその音は彼の足とともに上へと登っていく。

 体を横に傾け、勢いよくベッドに転がる。


 「ちゃんと毛布をかけて寝るんだよ」


 ユミルはそういうと扉を閉めようとする。


 「エリス…、部屋のあかりは消しておけよ」


 うわ言だろうか、それとも夢の中で彼女にあっているのだろうか。ジャックの口は姿のないエリスの名を呼んでいる。


 「あの子はいないわよ。もう…」


 苦笑を漏らしながら、どこか微笑ましそうに微笑みながら、ユミルは扉を閉めた。



 

 自分でも何故そんなことを口走ったのかはわからない。何故エリスの幻影を追い求めたのかも判然としない。その何とはいえぬ妙な心の隙間が彼の眠りを妨げていることに、当たり散らすことのできない苛立ちを募らせる。


 それが寂しいといったものであるとハタと気づいたのは、もう少し時間の経った夜のことだ。なるほどあのエルフの娘は私の心の一部になるほど、私の中に入り込んでいたのか。と、一人になってからはたとジャックは気づく。


 幾分感傷的になって、自分でも訳の分からぬ文言を生み出すのに思考を費やしている。苦笑を漏らしながら、毛布をかぶる。



 エリスが大学から消えたと聞かされたのは、一月ほど経った時だった。

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