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発見

 帝都の象徴とも言える城の地下には、魔術師たちの研究施設が存在する。1000人を超える魔術師たちを抱え、魔術兵器の開発から薬品の合成、新たま魔術の開発などの部門ごとにそれらの研究者たちが振り分けられている。


 彼らの仕事の全ては帝国の繁栄のためであり、それ以外の理由はこの場所から排除される。逆を言えば、繁栄の糧となるものであればどんな研究であろうと帝国から惜しみない金と時間が与えられる。


 その研究施設の一室。そこにアーサーと白衣を着た男がいる。

 数多の薬品が並ぶ戸棚。手術台。その横にはスカルペルや剪刀(せんとう)などの器具の乗ったトレーがキャスターのついた台の上に置いてある。


 部屋に明かりをもたらすのは、天井から下がってる魔力光だ。白く光る球体が、さながらシャンデリアのように天井から彼らを照らしている。


 「博士、どうだ」


 アーサーが口を開く。

 博士と呼ばれた男は、手術台の前に立って、そこに横たわる死体に目を凝らしている。  

 

 「ミノス、と言ったかな。この男は」


 ずれたメガネを指で押し戻しながら、博士はアーサーに問いかける。


 「ああ。そうだ」


 「ふむ。私見ではあるが、きっとこれは死霊術の一種だな」


 「…何だって?」


 「死霊術。大昔に廃れた業だよ。死体に魔力を送り込んで不死の兵隊を作り出す。だが、当時の研究者たちはそれを実行するのは不可能だと判断して、計画は破綻した。…こちらに来たまえ」


 ミノスの背中に目を凝らしながら、博士はアーサーを手で招く。

 入り口近くに立っていた彼は、それに従って博士の隣に立つ。


 「ここを見てみろ」


 博士が指をさしたのはミノスの背中に刻まれた円陣の内側。三つの生き物のところだ。


 「三頭の鷲、獅子、黒の太陽。これらの刻印にはそれぞれ意味がある」


 「黒の太陽?普通の太陽じゃないのか」


 「剣しか握ったことのないお前さんでは、分からんだろうよ」


 博士は皮肉っぽく笑ってみせると、アーサーに文句を言わせる前に言葉を紡いでいく。


 「三頭の鷲は不死、獅子は力、太陽は復活をそれぞれに表している。これを刻まれた人間が死んで、初めて術が発動する。ただ、おかしな点がいくつかある」


 「何だ」


 「さっきも言ったが、こいつを発動するためには刻まれた者が一度死ななくちゃならない。死霊術はもともと死んでいる者にかける業だ。生者にわざわざ刻む必要なんてない。適当に墓を掘り返して、肉のついている死体に刻めばいい。それに、この太陽は本来必要の無い紋様だ。私の知る限り、ここには三日月の紋様が描かれるのだが…」


 そういうと、博士はまた腕を組んで考え始める。


 「…面白い。久々に燃えてきたな」


 「燃えるのは勝手だが、その前にこっちに報告してもらいたいね。で、こいつはもう起き上がったりしないのか」


 「その心配はない。こいつは一回限りのものだし、それに、たとえ起き上がったとしても、こいつには何もできんよ」


 「それはどうだかな」


 肩をすくめながら、アーサーは言った。


 「それで、もう一つの方は」


 「それは、こっちだ」


 手術台を離れ、博士はすぐ後ろにある扉から部屋を出る。

 隣の部屋には机が一つ。それに背の高い本棚が置いてある。中に収まっているのは標本や解剖図などの本ばかり、アーサーには用のない書物だ。

 それよりも、彼の目を引いたのは、机の上に転がっているもの。ミノスの義手だ。


 「こいつに仕組まれていたのは。新種のむしだ」


 義手に手に取り、上下に揺さぶって玩びながら博士が言う。


 「蟲?」


 「そう。蟲と呼称はしているが、そこらの蟲とはわけが違う」


 義手の親指を折り曲げ、博士は義手の人差し指から針を出す。


 「魔造蟲、今はそう仮称して呼んでいる。この針にはよく見ればわかるんだが、ここにもエルフ語で魔法文字が書かれている。こいつは全く新しい分野の魔術だ。いや、研究しがいがある」


 「それはいいから。早く話を続けてくれ」


 「ああ、そうだったな。こいつは生物の体内に入り込むと魔造蟲たちが血管を登り、脳を侵食する。脳を食い尽くし、栄養を蓄えた後は、宿主の思考を支配して動かす」


 「タチの悪い寄生虫だな」


 「そうだな。だがもっとタチが悪いのは、こいつらが死んだ時だ」


 薄ら笑いを浮かべながら、博士は言葉を続ける。


 「こいつが死んだ時。タネを産み落とす」


 「種?卵ではなくて」


 「そう。種だ。こいつがまた良くできていてな。脳の中でタネを産み付ける。タネは時間を経て発芽する。それは喉を通って口へといたり、そこから伸びて外気に触れる。すると、どうだ。異常な速度で成長を続け、膨張をする。そして…」


 「爆発する」


 「…その通り。なかなか面白い仕掛けじゃないか」


 言葉を遮られたことで博士の顔が一瞬曇るものの、機嫌を直し話を続ける。


 「だが、こいつの仕掛けはそれだけじゃない」


 博士はそう言うと義手を持ち上げ腕部の側面を力強く押し込む。すると、腕の腹が飽き、中には青く光る水晶が収まっていた。


 「魔鉱石か」


 「さすが大佐というだけはある。これで針に魔力を供給していたわけだ。なかなか考え抜かれている。これ一つあれば、強力な兵器となる。針で手当たり次第にタネを仕込めば、多くの被害を与えることができるのだからな」


 喉を鳴らして、博士は笑いを漏らしている。


 「笑い事ではないんだぞ」


 それを見てアーサーが苦言を呈する。だが、博士からは反省の言葉はなく、むしろ何故そんなことを言われなければならないのか。不思議でしょうがないと言いたいようだった。


 「進歩には犠牲がつきものだ。新たな技を取り入れるためには、それ相応の代償が必要となる。それは自然問わず生物界において当然の摂理だろう。確かに帝都の民の命が散ったことには胸が痛いが、それと引き換えに、我らはこの未知の技術を得ることができたのだ。悲しみよりも、喜んでしかるべきではないか」


 当然のことだと言わんばかりに、つらつらと己の思考をアーサーへと伝える。

 それを受けてたとえ彼の眉間に深いシワがよったとしても、博士という男の考えは覆ることはない。


 それを分かっていて、アーサーは返答の言葉を生み出すことなく、博士の部屋を後にする。


 「後で報告書にまとめて、君のところまで送ろう。帝国の新たな武器となる技術だ。きっと皇帝陛下も喜んでくださることだろうよ」


 彼の背中に博士の言葉がかかる。だが、彼は立ち止まることなく、扉を閉めた。

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