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発明

 彼と彼女らがいたドームは大学の校舎とは別の場所にあると言うことは、歩いている最中にエマが教えてくれた。

 大学は帝都から離れた山の頂上にあるのに対して、このドームはその山の麓にある。

 

 大学よりも比較的帝都から来やすい立地にあるといっているが、それでも馬車で二日かかる距離だ。それよりかプレートや大学の管理する建物を通って移動した方が早い。


 3人が向かったのは、ジャックたちが来るときに通った扉だ。開くとそこには椅子に座った男が一人いた

 男は筆を走らせていた手を止めて、顔を3人に向ける。


 「ゴフさん。寮までお願い」


 「何です。もう終わったのですか」


 「いいえ。校長先生の話が長くて、抜け出して来ちゃいました」


 「いけませんよ。仮にも生徒会長なのですから、ちゃんと聞かなくては」


 「でも、毎年毎年同じ話を聞いても仕方ないと思ません?」


 「…レイモンド公ももう少し工夫なさった方がいいと言うのに。まあ、私がいくら言ったところで意味はないとは思うのですがね。…少々お待ちください」


 ゴフはテーブルに備え付けてある引き出しを開ける。そこには1から9までの数字が刻まれた装置が入っていた。

 彼はそれを取り出すと、おもむろの番号を打っていく。


 「どうぞ」


 彼はそういうと手を扉の方に差し出す。


 「ありがとうございます」


 エマはゴフに会釈をするのを横目に見て、サーシャが先頭を切って扉へと向かう。


 「ところで、そちらの方は」


 「私の護衛です。怪しい人ではありません」


 「…そうですか」


 ゴフはちらりとジャックの顔を見るが、言葉やそれ以上の行動を見せることはない。ただ、黙礼をするにとどめていた。


 「ほら、ぼうっと突っ立ってないで、さっさと行きましょうよ」


 サーシャが扉を開けて二人を急かす。苦笑を漏らしながらエマは彼女を追って扉をくぐる。

 しばらくゴフの顔を見つめていたジャックも、彼女たちを追って扉をくぐった。


 階段を登り、廊下を進む。彼らが歩いている場所は今朝ジャックたちが通ってきた建物ではない。

 白一色だった壁は格子柄があしらわれた群青色の壁に変わり、廊下の脇には花瓶の置かれた戸棚が置かれている。


 「こっちです」


 サーシャが慣れた足取りで向かったのは、一つの部屋の前。ノックもなしに扉を開けて中へ入っていく。それに続いてエマとジャックが部屋の中へと足を踏み入れる。


 そこは物置だった。いや、物置のようだ部屋だ。部屋の床中に散らばる紙。乱雑に積まれた箱。何に使うのかわからない器具が壁に立てかけられ、長いテーブルの上には羽ペンとインク、それになぜか金槌や釘、木材などが置かれている。


 ベッドの上は埃が被り、人の代わりに細長い金属の棒が寝かせられている。


 「ちょっと散らかってますけど、まあ、そんなに気にしないでください」


 サーシャは気にするそぶりも見せず、荷物の間を縫って椅子に腰掛ける。


 「少しは片付けることをしなさいよ」


 そう言いながら、エマも荷物の間を縫って部屋の奥にある窓の前に立つ。

 フック状の鍵を開けて、窓を押し開く。


 「片付けているわよ」


 「どこをよ」


 エマの問いにサーシャが指をさしたのは、彼女が座る椅子の前にある机だ。壁にぴったりとつけられたその上は、あたりの惨状とは違い、綺麗になっている。


 備え付けられた本棚には綺麗に本が並べられており、羽ペンもペンたての中に収まっている。

 指差すサーシャの顔は、どうだと言わんばかりだ。だが、エマは呆れて言葉の代わりにため息がこぼれる。


 「そういうことじゃないでしょ。部屋を片付けなきゃ」


 「分かった、分かった。ちゃんと後でやるわよ」


 「そう言っていつもやらないくせに」


 「うるさいわね。今はそんなことどうでもいいの。それよりもジャックさん。こっちに来て話しを聞かせてくださいよ」


 彼女はもう一つの椅子にジャックを呼ぶ。

 一旦はそこに座ろうと腰を下ろしかける。だが、彼の腰は途中で止まる。


 「あれは、何だ」


 体を起こしながら、ジャックの指が壁にかけられた器具を指す。なんとなく目に留まったのだが、これが異様に気になってしようがない。


 「ああ、あれですか。まだ試作途中なんですけど、見ます?」


 遠慮がちに言うものの、その目は嬉々として輝いている。よく気がついてくれた、そう言いたげに彼には見えた。

 彼女はそれを取ると、彼に手渡す。


 丸みを帯びた鉄板の中心に、拳大の石が一つ埋め込まれている。一見しただけではそれが何に使うものなのかは分からない。


 「なんだ、これは」

 

 「対魔法用の防壁です」

 

 「防壁?」


 「ええ。まあ、体験した方がわかりやすいでしょう。ちょっと、それを持って構えててくれますか」


 構えろと言われても、どう構えていいものか。試しに盾を持つように、肩を鉄板の裏に合わせて構えてみる。

 すると、サーシャは何を思ったのか。腰から杖を抜き取ると、呪文を詠唱し始める。


 何をしている。制止の声をかけようとするが、一足遅い。彼女の詠唱は完成し、杖の先端をジャックに向ける。

 光が杖の先に密集したかと思うと、赤い炎が彼めがけて放たれた。


 まさかの攻撃に、彼は思わず身を固くする。こんな鉄板一枚でどうにかなるものでもない気がするが、ないよりはましだと強く握りしめる。


 そして、衝撃が鉄板を通して彼の肩にあたった。彼は足で踏ん張り衝撃に耐える。

 だが、その衝撃とは裏腹に不思議なことに熱で肌が焼けることも、痛みを感じることもなかった。


 閉じていた目を開いて見て見るが、部屋中に散らかっていた紙が舞い上がっているだけで、やはり自分の体には傷はついていない。


 「大丈夫だったでしょう」


 少し得意げにサーシャが言った。


 「…何が起こった」


 「それ、表面を見てください」


 言われるがままにジャックは鉄板を裏返す。


 一瞬息を飲んだ。中心につけられた石がきらびやかに輝き、表面には幾筋もの線が浮かび上がり、無骨な鉄に幾何学模様を描いていた。何がどうしてこうなるのか。疑問が彼の頭の中に残る。


 「魔法をその石が吸収したんです」


 「何?」


 彼の反応は彼女の望んだものだったのだろう。彼の顔を見るサーシャの顔には、笑みが浮かぶ。


 「鉱石オリハルコンと言うのは、魔力を与えることでそれを吸収し、内部に蓄積する性質を持っています。で、ならば、魔力によって作られた魔法も吸収できるのではないか、と。仮説を私は立てたわけです。仮説を立てれば、あとは実験するのみ。その実験の結果が、それです」


 言葉を受けながら、彼の視線は再び鉄板の表面へと降ろされる。なおも光を放ってはいるが、幾筋の光はやがて中心の石へと収束されていく。そして石はより一層の光を蓄え、鉄板の上で光り輝く。


 「…すごいな」


 「ええ。すごいでしょう。私が作ったんですから、すごいに決まってますよ」


 そう言いながらサーシャは胸を張る。誰でも自信作を褒められれば悪い気はしない。


 「これを量産化しないのか。軍の連中なら喉から手が出るくらい欲しい代物ではないか」


 「残念ながら、まだその段階にはありません。さっきも言った通り、それはまだ試作段階なんです」


 「完成してはいないのか」


 「貴方の目は節穴ですか。それをどう見たら完成したと言えるんです」


 ため息とともに肩をすくめ、彼に対する呆れをこれでもかと見せつけてくる。そこに少しの苛立ちを覚えたジャックだったが、何をどう怒ればいいのか、瞬時には思いつかなかった。


 「今の時点で吸収できるのは、魔法一発分。しかも、その中でも魔力の消費が少ないものに限られます。まあ、今みたいに遊び半分で使うくらいなら問題ないですが、使うなら壊れないようにもう少し耐久性を上げて、かつ石《オリハルコン>自体の容量も増やさないと。それに、吸収量の増幅もそうですけど、石以外に当たった魔法を吸収するために、魔力を石に導く魔導線の配置も考えないといけない。あ、魔導線っていうのはその鉄の表面に刻んである線のことなんですけど…」

 

 顎に手を当てながら、サーシャは長々と作品についての考証を述べていく。語っているうちに己の世界へと足を半ば踏み入れていた彼女だったが、不意にジャックの存在を思い出し、顔を上げて声をかける。

 だが、彼は彼女の方に向きもせず、物珍しそうに石がはめ込まれた鉄板を見つめていた。


 「ちょっと、聞いているんですか」


 「いや、聞いていない」


 「聞いているんじゃないですか」


 せっかくの講釈を無視されたことに、半ば怒りをあらわにするサーシャ。深呼吸を何度かすると、ジャックからそれを取り上げた。

 

 「ともかく、貴方をここへ連れてきたのはこれを見せるためではないんです。私の作品を使う試験者の意見を聞きたくて連れてきたんですから」


 名残惜しそうに、サーシャに連れて行かれる試作品を見つめていたジャック。サーシャはそれを元の位置に戻すと、椅子に腰を掛け直し、彼も椅子に座るように促す。


 「さぁ、どうぞ座ってください。時間は、そんなにはありませんけど。使って見ての感想を聞かせてください。試験者の声は開発者にとっては、貴重ですから」






 しばらくの間、サーシャの部屋で3人は会話を享受していた。もっとも、言葉を口にするのはサーシャが主でジャックは彼女に返事を返すだけ。エマに至っては退屈そうに聞き役に徹するばかりだった。


 もうそろそろ部屋を出よう。エマがそう切り出したのは、ちょうどサーシャの口が言葉をなくした時だ。

 おもむろに椅子から立ち上がり部屋を出る。廊下を進み突き当たりの扉まで来る。


 扉の横には退屈そうに窓口のカウンターに肘をつく女がいる。彼女はエマたちを見るとやれやれと行った様子でダイヤルをいじり、扉に手を差し出す。


 「どうぞ」


 それだけを言って女はまた退屈そうに肘を立てる。視線の先にあるのは向かいにあるのは壁なのだが、そこには絵画の一つもない。


 何を見つめているのか、少々の興味をそそられたりはするが、それは彼に行動させるほどのものではなく。二人の後に続いて扉をくぐった。


 会場へと戻った時には、式典の締めくくられたところだった。

 観客たちは席を立って、会場外のフロアでゆったりとくつろいでいる。


 その中にユミルの姿を見つけると、ジャックはそちらに足を向ける。

 だが、一歩踏み出したところでその足が止まった。


 ユミルの向かいに立つ男。それはエルフであったが、その男がユミルと親しげに会話をしている。無論ジャックは見たことはないし、知りもしない男だ。


 彼女の知り合いなのだろうか。そんなことを思っていると男の目が彼の方へふと向けられる。

 それにつられて、それまで彼に背を向けていたユミルが、彼に顔を向ける。


 「遅かったわね」


 ユミルが憎たらしげにジャックに声をかける。


 「終わったのか」


 「ええ。ほとんどあの校長先生のありがたいお話だったけどね。全く」


 肩をほぐしながら、ユミルは行った。


 「そいつは?」


 「ああ、この人は…」


 彼女の言葉を手で制して、男はジャックの前に立つ。

 薄い金色の長い髪は肩にかかっている。メガネの奥にある緑色の双眸。立ち姿は落ち着き払っていて、知的な雰囲気を纏っている。


 「ロドリック・ガトガだ。ここで教鞭をとってる」


 よろしく。ロドリックと名乗った男は彼に手を差し出して来る。

 手と男の顔を交互に見ながら、ジャックはその手を取り握手を交わす。


 「こいつは、お前の知り合いか?」


 「ええ。と言っても、最後に会ってからもう何十年も経ってるけど」


 「私もこんなところで会うなどと思わなかったからな。一瞬疑ったさ」


 互いに顔を見つめあって、笑い合う二人。

 ジャックはそんな二人の間に立って様子を見ている。友人が自分の知らない友人を連れてきた時の困惑とでも言えばいいのか。


 もっとも、彼には友人などと言えるものはこれまでいなかったから、この妙な居心地の悪さをそう言っていいのかはわからない。


 「…何、ぼうっとして」


 そんな彼の様子を不思議がったのか、ユミルが声をかける。


 「いや、…私は邪魔か?」


 「急にどうしたのよ」


 そう言いながら、彼女はクスリと笑ってみせる。 

 単に会話の邪魔をしてしまったかと。彼なりに気をまわして見ただけなのだが、こうも笑われてしまうと、いい気はしなかった。


 「そんなに拗ねないでよ。私と彼はそんなんじゃないから」


 「そんなこと誰も聞いてはいない」


 ジャックの仏頂面がいつもに増してひどい。それを見てユミルはまた頬を緩ませる。


 「彼は君の夫なのか?」


 ロドリックが口を挟んだのはその時だ。

 そんなわけがない。それをジャックは言おうとしたが、どういうわけかユミルも同じタイミングで口を開いた。


 「そんなわけないじゃない」


 「だが、娘がいるんだろう?」


 「娘みたいな子供がいるって言ったのよ。実際にはあの子は私とは血が繋がっていないし、彼とも血縁関係はないわ。ねえ、ジャック」


 「…ああ」


 珍しく言葉に詰まったものの、ジャックはそのまま返事を返す。

 ロドリックはそれで一応納得はしたのか、それ以上踏み込まずに話題は切り替える。


 「何にせよ。おめでとう。同胞の入学者はここ数年で久しいことだ。我々エルフ族の技法を人間の元で学ぶのはおかしな話だが、まあ、それは棚の上にでもあげておこう。遺恨は進歩を遅らせるからな」


 そう言って彼の手がユミル、それにジャックの肩を叩く。


 「では、私はこれで。またいつか会えることを願うよ」


 ロドリックは二人の横を通り、出口の方へ向かっていく。


 「…何、嫉妬しちゃった?」

 

 その背中をジャックは追っていると、唐突にユミルが彼の話しかけてくる。それも、お門違いも甚だしい内容で。


 肘でジャックの脇を小突いて、ユミルがいう。


 「もういい」


 その態度に呆れと苛立ちがこみ上げて、ジャックは彼女を残して歩いて行ってしまう。


 「もう、拗ねないでよ」


 言葉では申し訳なさそうにしながらも、彼女の顔は至極楽しそうに笑っている。

 早足で歩いていくジャックを、ユミルは急いで追いかけて行った。

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