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犠牲

 昨日、午後16時13分。


 帝都の各地で爆発が起きた。死傷者は3000人にも及ぶと推測されている。


 帝都の建物の多くが爆発によって瓦解し、都市機能に大きな傷を与えた。。


 奇跡的に生き延びた使用人の男によると、原因はその日、セント・ジョーンズ・ワート教会の神父らによって連れてこられた娘らだと判明した。


 名前は匿名とさせていただくが、これから語るのは協力してくれた使用人からの証言をまとめたものである。





 兵士たちに連れられてきた彼女を出迎えたのは午後15時。


 両親、つまりは使用人の雇用主の二人は娘を居間へと連れていき、暖炉の前に座らせる


 それから、使用人達は彼女の体に傷がついていないか目視で確認を行った。


 擦り傷と蚊に刺されたような傷があるだけで、表立った傷はない。一応医者を呼び寄せて検査させたりもしたが、そこにも異常はなかった。


 しかし女は終始うなだれたまま、医者はおろか父母の言葉にさえも反応していなかったという。


 その後、使用人らによって汚れを拭われ、服を着替えさせられる。この時時計は午後の15時40分を示していたという。


 この時、この使用人は彼女の口がボソボソと動いていたのを見たと言う。


 耳を彼女の口元に近づける。すると、彼女はたった一言。か細い声で


 『逃げて』


 そう言っていたそうだ。


 使用人は、彼女を居間に残し、夕食の支度に取り掛かった。この時時刻は16時5分ほどだったそうだ。


 男が薪木を取りに住居の裏手に言った時、家の中で騒ぎがあった。男は居間の見える窓から中を覗くと、居間で他の使用人達と娘の両親が彼女の背をさすりながら心配そうに声をかけている様子が見えた。


 何事かと男もそちらへ向かおうとした時、体を埋めていた女が急に体を仰け反らせ、天井に向けて大きく口を開いた。


 女の口から出てきたのは、ぬらぬらと滑りを帯びた赤い何か。それは植物のようでもあったし、臓器のようでもあった。


 その物体は上へ上へと登り、やがてそれを丸い球体を形成し始めたという。


 みるみると球体は大きくなり、球体はまるで心臓のように脈動をし始めた。そして、娘の体は球体が大きくなるに連れてやせ細り、干からびて行った。


 怖気とともに何か嫌な予感のようなもの男はその時感じた。


 事実、それは現実となって男の目の前に広がった。


 球体は成長を続け、部屋を埋めつくさんばかりに成長した後。風船が割れると同じく、盛大な破裂音とともに爆ぜた。


 轟音が住居を揺らし、容赦ない爆風と高熱が男の体を直撃する。


 男は背後に吹き飛ばされ、裏口を壊し住居の外へと飛ばされる。木板に頭を打ち付けて、気絶。治療所にて意識を回復した。




 この記事を書くにあたって原因となるものを見たという人物は、残念ながら彼の他には誰もいなかった。取材を申し込んで断られたのではなく、目撃者のほとんどは命を落としてしまったからだと推測する。


 帝都を襲ったこの事件は、何者かによる犯行の可能性が高いと帝国軍関係者は見ており、これから調査を進めて行くと語った。


 帝都の安寧と平和のために、一刻も早い犯人逮捕が望まれる。

 

 フィリップ・バーナード 編









 道端に落ちていた情報紙を拾い上げ、一面に描かれたその記事に目を走らせる。その日付は昨日だ。


 「…違ぇねえな」


 力なくそう呟くと、男は用済みとなった紙を宙に投げる。ひらひらと宙を舞い落ちる紙が雑踏の肩にあたり、払いのけられ、足蹴にされる。


 せわしなく行き交う人の群れ。肩や手には木材や道具を持っている。


 いつもならば路面車が往路を行き交っているが、今は材木と煉瓦を乗せた荷馬が行き交っている。


 木板を壁に打ち付ける者。新たな煉瓦を積んで壁を作っていく者。瓦礫となった住居の煉瓦や木材を運び出し、一箇所にまとめていく者。帝都に暮らす人々によって、復旧作業が行われている。




  

 

 復旧作業に追われる街中から場所を移し、人気のない裁判所の地下。そこにアーサーとエドワードがいた。


 天井は崩れ、上から降ってきた瓦礫が堆積している。


 広々とした空間といえば聞こえはいいが、ここは本来牢獄となっていて光など一つも届くことのない場所だ。


 だが、今となっては日当たりのいい場所になっている。


 牢屋に放り込まれていた受刑者並びに容疑者は全員死亡。


 一階で職務にあたっていた職員も崩壊と爆発に巻き込まれ4名か負傷。2名が死亡している。


 瓦礫の中を進み、二人は牢屋だった部屋の前で足を止める。


 「ここが、そうか」


 「ええ。ここで間違いはありません」


 二人が引き連れていた兵士がこう答える。彼はミノスを連れ歩いていた二人の兵士のうちの一人だ。


 「他の囚人は」


 「強盗、殺人で捕まっていた男と窃盗の罪で捕まっていた老爺です。男とミノスがもみ合いにあり、自分が仲裁に入りました」


 「もみ合い。喧嘩でもあったのか」


 「はい。ですが、喧嘩といってもミノスが一方的に殴られるだけだったようです」


 「男には怪我はなかったのか」


 「虫に噛まれたような傷が腕についているだけで、その他は特には。ミノスの方は状態から見て手当が必要だと思い、奴を一旦牢から出しました。勿論、もう一人牢の前に立たせて見張りをつけておりました」


 「規定どおりか。他に変わったことは」


 「ありません。しかし、同僚が妙なことを言っていました」


 「なんだ」


 「いつもよりも囚人が大人しかった、と。良いことじゃないかと言ってやったきり、気にしてはいなかったのですが…」


 「そして。爆発したと。それと関係があるかどうかは知れんが、間違いなくミノスが何かしでかしたのだろうな」


 アーサーは瓦礫になった牢の中を見る。


 見るも無残な姿だ。


 鉄柵は衝撃と熱で溶けて崩れ、破片がいたるとこに散らばっている。ここに限った話ではないが、かなりの威力を伴った爆発であったことに違いはない。


 この牢に入っていた二人の囚人は見る影もなく粉々に散らばった。


 わずかに残る壁面には、何とも知れないシミが付着している。それは果たして元からそこについていたものなのか、それとも、考えたくはないがそれはここにいた囚人どちらかの肉のかけらなのか。


 想像するだけで気分が萎えてくる。


 アーサーは首を傾け骨を鳴らすと、兵士に現場を任せて大穴に架けられた梯子を登り、外へ出る。


 エドワードも彼に続いて日の目をみる。


 「収穫はあまりないですね」


 「ハナから期待なんてしていないさ。全部が吹っ飛んだあそこで何か見つかったら、それこそ奇跡ってもんだ」


 「そうですが」


 「いちいち落ち込んでいても埒があかん。次だ、次」


 アーサーは裁判所の正面にまわり、中へ再び足を入れる。


 玄関前は比較的傷んでいる箇所は少ないものの、一筋のヒビが壁面を駆け抜けている。


 大事にはならないにしろ、綺麗に磨かれていた大理石の壁に傷物になってしまった。


 女神像は相変わらず事実から目をつぶり、彼女の信じる真実のみを追求している。

 

 彼女の横を通り、階段を登って二階の議場へと足を向ける。


 立て付けの悪くなった扉は、兵士たちによって取り除かれている。


 中は昨日の喧騒が嘘のように静まり返っている。備え付けられた座席の上には天井から降ってきた埃がつもり、うっすらと灰色に染まっている。


 床には破片や塵が散らばっているが、天井に溜まっていたそれが落ちてきただけのことで、部屋が崩れることはない。


 いらぬ心配を思考の外へと追い出して、アーサーは床に転がる肉塊の横に立つ。


 首と胴に別れたミノスの死体。その下には奴の体から流れ出た血が固まり変色して黒くなっている。まるで暗闇からミノスが浮かび上がってきたように見えなくもない。


 一応警戒として胴と頭を足で小突いてみる。昨日のように起き上がって暴れられでもしたら、たまったものではない。


 だが、頭は横にごろりと転がるだけで反応はないし、体の方も肉が転がっているだけだ。こわばっていた体をほぐし、息をつく。


 途端に、何を当たり前のことに安堵しているのかと自分に笑ってしまう。その姿を後ろからエドワードは見つめていたが、上司の手前何かをいうことは控えた。


 さて。と二人は死体を挟むように立ち、膝を折って屈む。 


 アーサーが手に取ったのは、ミノスが首に当てていた左腕。長いロングコートの襟をまくっていく。


 「エドワード。みてみろ」


 そう言って、アーサーはその腕を掲げる。


 「義手、ですか」


 「そのようだ」


 黒々としたその腕は、とても人間のものとは思えない色合いをしていた。何か作り物じみた光沢を放ち、表面には木目が走っている。


 「ということは、おそらく…」


 アーサーはひねり、曲げて、義手を弄っていく。すると、突出音とともに手のひらの真ん中に穴が空き、そこから血糊のついた短剣の刃が飛び出してきた。


 「当たりだ。にしても、仕掛けのある義手か。ずいぶん手間と金のかかるものを填めていること」


 「教会の金を使ってですかね」


 「いや、神からの思し召しかも知れんぞ」


 アーサーは皮肉っぽく薄ら笑いを浮かべる。そしてさらに義手を色々と弄っていく。


 「おっ?」


 親指の第二関節を折り曲げた時、人差し指の先端から小さな針が飛び出してきた。


 「針、ですか」


 「そのようだ。刺してみるか」


 「やめてくださいよ。毒でも塗ってあったらどうするんです」


 「冗談だよ。そんなビクビクするな。部下たちがなくぞ」


 「部下は関係ないしょう。それに冗談でも、そういうものは材料に使うべきではありません」


 「そんなに怒ってくれるな。上司のちょっとしたいたずらぐらい、許容できるようになれないでどうする」


 「なんで自分がたしなめられなくてはならんのですか」


 不服そうに顔をしかめるエドワードを無視して、アーサーは義手を外しにかかる。


 取り出したそれをエドワードに投げる。慌てながらも彼はそれを受け取った。


 頭に用はない。アーサーが気になったのは体の方、コートのポケットから靴の中まで。死体に残るわずかな情報を余さず拾って行く。


 「ん?」


 と、彼の手が死体の襟首に手をかけた時だった。


 指を引っ掛けて少しばかり持ち上げると、死体の首元に何かの刺青が掘られていることに気がついた。


 試しにナイフで死体の服を切り裂き、その全貌を見る。


 「おいおい。なんだ、こりゃ」


 ミノスの背中に描かれたものを見て、アーサーの口からそんな言葉が漏れる。


 背中に掘られた大きな円陣。その内側にはびっしりと文字が刻み込まれている。


 中心には獅子、三つの頭をもつ龍、そして太陽の紋様が三角形を描くように配置されている。


 それ以外にも、意味のわからない文字の羅列が背中をみっしりと覆っていた。


 共通しているのはそのどれもが鋭利な刃物を使って刻まれたということ。所々に血が滲み、肉が垣間見える。


 痛々しいそれらを見て不快感をあらわにする二人だが、胃の中身を戻すほど繊細な神経を持ってはいない。


 顔を一瞬しかめるだけで、すぐにその刻印たちを調べて行く。


 「何かの魔法陣でしょうかね」 


 「だろうな。まあ、詳しいことは魔術師連中に聞くしかないが。ちょっと手伝え」


 「はい」


 二人力を合わせて、ミノスの体を転がして仰向けにする。


 背中ほどではないにしろ、体の正面にも刺青が彫られている。だが、その大きな違いはその刺青が意味を持っていることだ。


 『ダルヴァザで待っている。親愛なる帝国の民へ』


 筆記体で書かれたそれは、これが見つかることが前提であり、大勢のうちの誰かに向けられていることは言うまでもない。


 そして、この筆者のいう帝国の民である二人は、互いに顔を見合わせる。


 「十中八九罠でしょう。これは」


 「八九どころじゃない。十中十罠だ。そうでなくても、手ぐすね引いて待ち構えているに違いない」


 「ダルヴァザとは、あの西にある崖のことでしょうか」


 「多分な。だが、妙だな。あそこは人の住めるような場所ではないんだが。物好きな奴なのか、はたまた何かの技術を用いてそこに潜んでいるのか」


 「どうします。先遣隊を向かわせますか」


 「そうだな。だが、まずはこいつを魔術師どもに見せてからだ。また起き上がるような仕掛けがあったらたまったものじゃない」


 「ですね」


 二人は立ち上がると、警備に当たっていた兵士にミノスの死体を保管所へ運んで置くように言伝る。


 その兵士は彼らに敬礼を送ると、すぐに裁判所の中へとかけて行く。


 その背中を見送ってから、二人はその場を後にして、通りを挟んだ向かい側の建物へと足を向ける。

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