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いくつもの気配を感じ、辺りに目をやる。
そこでようやく、化け物どもの目が私を囲んでいたことに気がついた。
どうやらこれまでの戦闘の様子を、食事の肴にでもしながら観戦していたらしい。
手にはエルフの肉片を抱え持ち、時折口に運んでは、音を立てて味わっている。
しかし、それにも飽きたようだ。
闘争本能に火がついたのか、仲間の仇討ちでもと思っているのか。血に飢えた化け物は目をぎらつかせ、じりじりと輪を狭めて私に詰め寄ってくる。
数えられるだけで二十はいる。この数を相手にするのは少々骨が折れそうだが、やらなければ骨が折れるどころではなくなる。
幸いなことに武器はあった。獣の使っていた大剣だ。柄を握るとずしりと重みを感じる。だが、扱えない重さではない。
化け物の一匹が、辛抱たまらず飛びかかる。その鋭い牙をもってのどを食いちぎろうと言うのだろう。
下から上へすくい上げるように。私は大剣を振り抜く。
一瞬の手応え。異形の身体は大剣に吸い寄せられ、避けることも出来ずに左右に切りさかれる。
肉片と臓物。そして黒々とした血が私に降り掛かってくる。血なまぐさい匂いが鼻を突くが、構うことなく異形の群衆に立ち向かうべく、大剣を構え直す。
先ほどの一匹に続けと言わんばかりに、前後左右すべてから化け物が押し寄せてきた。
「かかれぇ!!」
それが化け物の発した言葉ではないことに、すぐに気づくことは出来なかった。
私も魔物も一瞬動きが止まる。そして、その直後。
「ギャヒッ!?」
何とも奇妙な声が聞こえてきた。それは化け物の発した悲鳴だった。
何事かと化け物どもは背後を振り返る(私の前方にいた奴らはそうしたのだが、私の背後にいた奴らはそのまま前を見ていたと思う)。
板金鎧に身を固めた男達がそこにはいた。馬上からボウガンを構え、魔物どもに狙いを定め、矢を射かけていく。
一匹、二匹、三匹。ボウガンの射線上に立つ魔物が次々に倒れていく。
味方か。それとも新たな敵か。どちらかは分からないが、非常に助かった。化け物たちが弓に戦々恐々としている間に、私も彼らを狩ることに専念した。
斬る。斬る。斬る。殺す。
首を刈り、腹を切り裂き、手足を薙ぐ。
剣の届く限り、私の身体が壊れてしまわない限り。休むことなく、止まることなく。大剣を振るい、群がる化け物どもを殺し続ける。
最初は抵抗を見せていた化け物たちだが、それも長くは持ちこたえることはなかった。
このままでは敵わないと見て、化け物たちは散り散りになって森の中へと逃げ去っていった。
男達の中から何人かがその後を追っていくが、それに追随しようとは思わない。その余裕がなかったのが、正直なところだった。
大剣を投げ捨てて、地面に腰を下ろす。疲労と痛み。安全だとわかった瞬間に、今まで感じなかったそれらが、どっと押し寄せてきた。
牙と爪。軽傷ではあったが、それでも痛みであることに変わりはない。手の届くところを、衣服の布を使って血を拭い、止血を施していく。
「おい、そこの人」
声のする方を見ると、一人の男がこちらに歩み寄ってきていた。
黒髪の坊主頭。他の男達と同様に鎧を身につけ、手には剣を握っている。
「無事か。どこか怪我はしていないか」
どうやら私の身を案じてくれているらしい。何でもない、そう言いかけたとき、男の胸に刻まれている紋章に目を奪われた。
己の尾を噛む大いなる蛇の環。その内側に上向き、下向きの三角が交わる紋章が刻まれている。永遠の繁栄と不朽の営みを表すその紋章は、帝国皇帝の紋章、つまりは帝国そのものを示す紋章だ。
「帝国の軍人か」
「ああ。俺はエドワード・ブラウン。あいつらは俺の部下達だ。一人一人自己紹介をさせたいところだが、それはまた後にしよう。……全員、手分けして生存者を探せ。魔物どもを追うのはそれからだ」
エドワードから飛ばされた指示によって、部下達はすぐに動いていく。
村の中には私のいた家を除けば四軒の家がある。だが、いずれも人気はまったくない。部下達はそれら一つ一つを回りながら声をかけていくが、結果は芳しくはなさそうだ。
エドワードのもとへ戻ってきた兵達の顔は曇り、皆一様に首を横に振る。
生存者なし。口では言わないが分かりきっていたことだ。ここにあるのは村人の死体と化け物の屍だけであると。
「団長、生存者がいました」
その言葉を吐いたのは、最後にエドワードのもとへ報告に来た兵だった。彼の腕の中には小さな少女が抱きかかえられていた。
私は少女に見覚えがあった。他でもない、昼間に私が助け、助けられたあの少女だ。
少女は兵士の胸の中で安らかに眠っている。顔や衣服にはホコリや汚れがついているようだったが、傷などは一見したところ見当たらない。
死地となったこの村に生き残った者がいる。それだけでもエドワードを始め兵達の表情が少し柔らかくなった。
だが、なぜこの少女は生き残ったのだろうか。あの化け物は子供だからといって容赦なんてしない。むしろ、嬉々としてその肉を食らうような奴らだった。それなのに、なぜ。
「地下室に隠れていました。どうやらこの子の親がそうさせたようです」
浮かんだ疑問に答えるように、兵士は言葉を続ける。
「それで、その子の親は」
エドワードの問いに、兵士は首を振る。
「……地下室へ通じる扉の上に二人のエルフが倒れていました。男と女です。おそらくその二人がこの子の両親かと」
「そうか。……この惨状の中で、生存者がいたことにまずは喜ぶべきか……この子を休ませてやれ。怪我をしているようなら手当もしてやってくれ」
「分かりました」
そう答えた兵士は少女を抱えたまま、エドワードのもとを離れていく。
「少し話したい事がある。ここではなんだ、あの家を借りよう」