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5-1

 その日、教会の神父とシスターたちが、帰還を果たした。


 彼らを待っていたのは、門の前に並び立った帝国軍の兵士達。


 手厚い出迎えに目を白黒させるのは、彼らの先頭に立っているミノスだ。


 何かあったのか、ミノスは訪ねる。だが、彼の問いに答えが返ってくることはなく、ただ一言。

 

 「ミノス神父、貴君を逮捕する」


 その言葉だけだった。


 何故だ。どうして神父様が捕まらなくてはならない。信仰への弾圧だ。


 様々な言葉が兵士たちに飛び、熱を帯びていく。言葉だけであったものが、次第に体での訴えに変わり兵士の胸ぐらを掴み、ガタガタと揺らす。


 それを他の兵士がそれを抑え、鎮圧していく。


 そんな教徒たちをよそにミノスだけが、何故か得心したように頷き、兵士に向けて笑みをこぼしていた。


 「理由は、分かっているな」


 彼が示した態度に確信を持った兵士は、語気を強めながら、ミノスに言葉を投げる。


 「ええ。ですが、ここで言う訳にもいきません。証言するにふさわしい場所で、お話いたしましょう。…おっと、その前に彼女達を家に連れていってください」


 そう言うとミノスは体を横にずらし、自分の後方へ手を掲げる。


 そこには6人の神父達が列をなして立っている。


 ミノスの合図で彼らが横へ捌けると、そこには汚らしいボロをまとった数人の女たちが、顔をうつむかせて立っていた。


 「誘拐されていた、帝都の女達です」


 「何?」


 耳を疑った。兵士は改めてそこに立つ女達を見つめる。


 数えて見ると、その数12人。


 薄汚れた色とりどりの長い髪がゆらゆらと揺れるその姿は、幽鬼の行進でもみているようだ。


 不安と不気味さが安堵を退けて、兵士の心からふつふつと湧き出て来る。


 仲間にミノスを連れて行くように指示を出し、彼は女達に歩み寄る。


 肩を掴んで揺すってみるが、反応はない。顔も上がることがなく、言葉をつむごこともしない。


 石畳を見下ろしたままだ。仕方ないと彼はしゃがみこみ、女の顔を見上げる。


 思わず息を飲んだ。


 生気のない青白い顔。焦点の合わない目。


 唯一女が生きていることを証明しているのは、ガタガタと音を鳴らしている口とはだけだ。


 まるで死人でもみているような怖気が彼の背筋を駆け抜ける。


 「助け出した時には、彼女達はそうなっていました。恐らく、彼女達を拐った連中に何らかの術をかけられたのでしょう。全く、可哀想に」


 どの口でモノを言うのか。兵士はキッとミノスの顔を睨みつけるが、彼は平然と腕を組んで祈りを捧げていた。


 「この屑を連れて行け。後のことはお偉いさん方に任せろ」


 兵士の仲間3人がミノスを取り囲み、彼を連行して行く。


 ミノスとの別れを惜しむ教会の神父達は皆の周りに集まり、言葉をかけている。


 罪人かもしれない男に対して、それは異様な光景だった。石を投げられ、虐げられるべき悪漢をそこにいる人々は崇め、称賛の念を向けている。


 盲目的にミノスを信奉する彼らには、自分たちの言葉など戯言でしかないのだろう。いや、そもそも耳に入っていないのだ。


 彼らの耳に入るのは彼らの信じる神の言葉。ミノスの言葉だけ。


 それ以外の言葉は彼らにとっては聞くに値しない雑音でしかない。そうでないのなら、あんな風に彼にすがりつくように付きまとうものか。


 護送用の馬車にミノスと兵士3人が乗り込み、それを確かめた御者が馬に鞭を打つ。


 カラカラと回転する馬車の車輪が、馬の蹄の音と混ざり合って、大通りを進んで行った。




 大通りを真っ直ぐ進むと見えてくるのは帝国の象徴である山のようにそびえ立つ城。10もある尖塔が周りにそびえ、それを繋ぐように石壁が城の周囲を囲っている。


 それを横目に捉えながら、傍にそれると灰色の石材で作られた裁判所が見えてくる。


 巨木のような幾本もの太い石柱が重厚な屋根を支えている。


 軒下には裁きを司る女神像が天秤と剣を持ち、その目は公平を保つという意味を込めて、潰されている。


 壁面には陪審員と裁判長、そして証言台に立つ被告人を表した壁画が彫られている。


 裁判所の正面につけられた馬車から、兵士に連れられたミノスが姿を表す。


 「歩け」


 兵士に背中を押され、つんのめりながらミノスは裁判所へと向かう。


 入り口から入ると、正面の左右に二階へと続く階段があり、赤い絨毯が二階から階段を伝って正面に伸びている。


 だが、そちらには登らない。


 兵士たちとミノスが用のあるのは、一階の廊下を進んだ場所だ。


 正面から真っ直ぐに伸びる廊下を進み、下り階段を降りて行く。


 石を削って作られた階段は、入り口正面にあるものと比べてかなり荒い作りになっている。


 そこを降りきると幾つもの牢屋が彼らを待ち受けている。


 裁判所の地下に作られた、拘置所。


 一つ六畳ほどの牢屋の中に3人の罪人が押し込められ、己の判決が下るまでここでの生活を強いられる。


 兵士は一つの牢の前に立ち止まり、錠の鍵を開けて扉を開く。 


 「入れ」


 もう一人の兵士がミノスを背中を押し、中へ入らせる。


 むき出しの石畳と石壁に囲まれた狭い室内には、薄汚いトイレとカビの生えたベッドがあるだけで、それ以外のものは一切ない。


 先客は痩せこけた老人と厳つい図体をした男。


 男の太い腕には全裸の女とその体に絡みつく蛇の刺青が刻まれている。


 「今日の午後3時にお前の裁判が開かれる。それまでここでおとなしくしていろ」


 兵の一人がそう言い残すと、牢の鍵を閉めて、階段を登って行った。


 遠ざかって行く靴音を耳にしながら、気配が消えたことを確認すると、囚人の男が立ち上がり、ミノスの元へと歩み寄ってくる。


 「豚箱へようこそ、神父様」


 意地汚い笑みを浮かべながら、その男は彼に話しかける。


 「神様に見放されでもしたのか」


 「いいえ。神は私を見放したりしません」


 「ほう。こんな場所に送られてもか」


 「ええ。私と神はともにあるのです」


 「面白いことを言うじゃねぇか。じゃあ、その神様はどこにいるって言うんだ」


 「…ここです」


 そう言うとミノスは自分頭を指でこずく。


 「ここに神はいらっしゃるのです」


 「くだらねえ」


 男はミノスの言葉を一蹴する。


 これといった宗教にも入っているわけでも、どこかの神を信奉していると言うわけでもない。


 男にとって宗教をのたまう団体は、綺麗事を並べ立てて人々から金をせびるだけの乞食であり、彼らの信仰する神は役立たずの偶像以外のないものでもない。


 好きかと聞かれれば、そいつの顔に唾を吐きかけるぐらいには、嫌いであった。


 それでも、人並みに宗教に入っている連中の格好ぐらいは頭の片隅に記憶している。だから、ミノスの格好と首からかけるメダルをみて予測を立て、どこかの神父であろうと踏んだのだ。


 「人の天上におられると言うことは、つまりはここの中に神の坐臥があると言うこと。雲の上よりも、幾分身近なところにおられるのですよ」


 ミノスはいつも教徒たちにしているように、男に向けて語りかける。


 「うるせえ」


 だが彼の心には信仰心というものはなく、そんな人間にいくら説教を解こうとミノスの言葉は届くことはない。


 男はミノスの胸倉を掴み、ドスを利かせた声色で言葉を突きつける。


 挨拶がわりにこの神様の従僕を脅かしてやろうと思ってのことだったが、彼の顔は恐怖でこわばりはしない。依然として薄笑いを浮かべたままだ。


 それは男の望む反応ではなかった。


 ミノスを掴んだまま、男は腕に力を込めて石壁に叩きつける。


 したたかに背中を打ち付けたことで、一瞬彼の顔が苦渋に歪むが、それでもすぐに笑顔が張り付いていく。


 「貴方もすぐに理解できる。そう、すぐに」


 うっすらと浮かべていた笑みに次第に声が漏れ出し、高らかな嘲笑へと変わる。 


 苛立ちから、男はミノスの顔を殴りつける。


 けれど、笑い声は鳴り止まない。


 さらに殴る。


 けれど止まらない。


 何度も、何度も。満身の力を込めてミノスの顔面に拳を振り下ろす。


 彼の声が途絶えるまで、彼の声が聞こえなくなるまで何度も繰り返す。


 けれど鳴り止まない。収まらない。むしろ、次第に大きくなっていく。


 鼻を折ろうと、頬骨を砕こうと、いくつものあざを作ろうと。


 狂った猿の玩具のように、彼の笑い声は牢に響き渡り、こだまする。


 男の腕はミノスの血で真っ赤に染まって行く。


 だが、それでも、男の手は止まらない。もはやそこにミノスに対する苛立ちはなく、ただ得体の知れぬ何かに対する恐怖のみが、彼に拳を振り下ろさせている。


 薄気味悪い笑みを浮かべたままのその男に、彼はひどくおびえていた。本来ならば、拳を振り下ろし続ける彼こそが強者であり、ミノスこそは虐げられる者、弱者であるはずなのに。


 あまりにも異様な光景。異質な状況。それをそばで見守っていた老人は、膝を抱えて震えている。


 早くこの悪夢が終わることを願って。信じてもいない神様に老人は祈りを捧げる。


 その願いを神が聞き届けたかは知らないが、牢屋の中に響き続けていた音が、一瞬止まった。

 しかし、殴打する音が途絶えただけで、ミノスは未だに笑い続けていた。


 どれだけ殴りつけても鳴り止まぬ笑い声。いつしか男は殴ることも忘れて、その声を自らの中に入れぬように耳を塞いでいる。


 「…では、せっかくですから貴方に神を見せて上げましょう」


 ミノスはよろよろと立ち上がると、おぼつかない足取りで枝垂れかかるように男に近寄っていく。


 「く、くるな」

 

 ミノスが一歩近寄るごとに、男の足が一歩、退いていく。


 先ほどまでの威勢は一体どこへ言ったのか。まるで悪魔に怯える子供のようだ。目を潤ませて、手のひらを前に突き出して、ミノスを制止しようとする。


 だが、狭い室内では逃げ場などすぐになくなってしまう。


 男の背中に硬いものがぶつかる。顔だけを向けると、そこには見慣れた石壁があった。


 「捕まえた」


 しなだれ掛かるミノスが、彼の耳元にそう囁く。


 「怖がらなくていい。時期に何もかもが、どうでもよくなる」


 その言葉が聞こえたかと思うと、男の視界が黒に染まった。

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