御開
兵たちの間を通り、ジャックは一人階段を登る。
部屋に着くと、ベッドへと直行する。とはいかずに、窓際の箪笥に腰掛ける。
疲れてもいないが、どうしてか座った拍子に口からため息がこぼれる。
ふと窓の外を見る。
真っ暗闇の中にポツリポツリと続いている街灯。
その下をふらついた足取りで歩く酔っ払い。先ほど下で飲んでいた兵士だ。
街灯に手をかけて何をするかと思えば、口から濁った虹を道端めがけて吐き出し始めた。
聞こえるはずのない効果音が、兵士の挙動とともにジャックの耳に伝わってくる。
少しの心配と多くの不快感を味わって、ジャックは窓から目をきる。
すると、扉を開けて誰かが入ってくる。
エリスだった。
「下にいなくていいのか」
「うん。大丈夫。みんな酔っ払ってて気づいていないと思うから」
「そうか」
「ねえ。私が学校に行くこと、本当はどう思ってるの」
エリスが彼に歩み寄り、目の前に立つ。
「どうって。喜ばしいんじゃないか。お前の念願が叶ったのだから」
「本当に、喜んでくれてるの?」
「ああ」
「…じゃあ。証明して」
「どう証明しろというのだ」
「態度で」
ジャックは面倒臭そうに頭を掻き、一つ息を漏らす。
そして、おもむろに手をエリスの頭へと持って行く。ワシャワシャと髪を撫でる。
「…これでいいか」
「足りない」
目を細めて気持ちよさそうにそれを受け入れていたエリスだが、口から出たのはさらなる要求だった。
今日はいつになくしつこい。
心中でそう思いながら、ジャックはエリスの頭に置いていた手を彼女の肩におろし、そのまま体を自分の方へと引き寄せる。
「…今日はよくやった。心配はしていたが、お前ならやり切れると信じていた」
もっともらしい言葉を並べ、彼はエリスを胸の内に抱き寄せる。髪を撫で、彼の持ち得る優しさという感情を向けていく。
「なんか、言い方が冷たい」
「元からだ。気にするな」
「…まあ、及第点だけど、今日はこの辺で許してあげます」
そういうと彼女はジャックの胸に顔を埋め、彼の体に手を回す。ギュウッと抱きつくと、満足そうに笑顔を浮かべた。
「…ヒック」
おまけにしゃっくりまで聞こえてきた。
旨いものをたらふく食ったのだろうと彼は思ったのだが、どうもそうではないらしいと気づいたのは、彼女の顔をのぞいた時だった。
不自然に赤みがかった顔。
トロンとした目つき。
その顔は酔っ払いのそれによく似ていた。
「酒を飲まされたのか」
「飲まされたというかぁ。ちょっと飲んでみただけだよ」
呂律もだんだんと怪しくなって来た。
ジャックひとまずエリスを自分の胸元から引き剥がそうと、彼女の体を押しのける。
「いやぁ!もう、ちょっとぉ」
酒が入って彼女のわがままに拍車がかかる。
エリスは彼の首に自らの腕を回し、抱きついてくる。
埒があかないと、ジャックは無理やりエリスを自分の体からはなし、手を彼女のふくらはぎと肩甲骨のあたりに回して持ち上げる。
「うわっ!?」
エリスは突然のことに驚いているようだったが、ジャックはそんなことは気にせずに、彼女をベッドへと運び横たえる。
「今日はもう寝ろ」
「もうちょっと、お願い」
なおも抱きつこうとしてくる彼女の手を払いのける。
そして、彼は利き手を彼女の額に持っていき、人差し指を親指で折り曲げて力を溜め、放つ。
「んぐ!?」
ペチンといい音を立てて当たる、いい気分で酔いに浸っていた所への強烈な痛み。
エリスは思わず額に手を当てて、体をうずくまらせる。
「いい加減にしろ」
ジャックはそれだけを言うと、かがめていた腰を元に戻し、部屋を出ようと扉を開ける。
「どこにいくの」
「水でも取ってくる。少し酔いを覚ましたほうがいい」
そう言って、ジャックは扉を閉め階下へと降りていく。
一人部屋に残されたエリスは、額に手を当てながら、ぼうっと上にあるベッドの底を眺めていた。
けれど、酔いが心地にいい眠気を引き連れて、彼女の意識を混濁させる。
うつらうつらと瞼を瞬かせたのち、彼女は静かに寝息を立て始めた。




