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【絶賛改稿中】戦死転生  作者: 小宮山 写勒
第一章 少女と兵士
5/122

1-5

 男の怒号、女の悲鳴、母を呼ぶ子供の叫び。

 夢にしては生々しいその音色たちは、まどろんでいた私の意識を覚醒へと導いてくれる。

 徐々に五感が冴え渡っていく。

 鼻を突く血の匂いと、どう猛な何かの気配。

 私は寝床から飛び起き、窓辺に近寄り外を見た。


 血によって黒く染まった地面とそこに横たわるいくつものエルフたち。

 何が起きたのかはわからない。

 だが、エルフたちが何者かに虐殺されたのは、一目でわかった。


 腹を裂かれたもの。

 首を切られたもの。

 顔が陥没し原型をとどめていないもの。

 死が村を覆い、異様な空気が村に漂っている。


 目の端に動く影を捉える。

 頭を引っ込めて一度隠れた後、もう一度窓の外を見た。

 そこにいたのは、化け物というべき生き物だった。


「何だ、あれは」


 体色は緑色。

 禿げ上がった頭。

 長い耳。

 汚らしいボロ布を身につけている。

 額からは小さなツノが一つ二つと生え、カエルのような黄色い瞳を闇に光っていた。


 異形は私のことなど気にも留めず、抱えもったエルフの子供を貪っていた。

 はらわたを食い破り、中に含まれていた内臓を音を立てて噛みしめている。

 恍惚とした表情を浮かべ、口の周りについた血も入念に舐めとっていた。


 もう一度その甘美に浸ろうと、異形の顔が再び子供の腹に顔を埋める。

 その拍子に、子供の首がこちらを向いた。

 もの言わぬ、生気を失った濁った緑色の瞳。

 生きていたならその瞳は爛々と輝いていただろうが、今は見る影もなかった。


「お逃げ、ください」


 クルセルだ。

 衣服は血に染まり、腕や足、首、肌が露出している所には多くの傷がついている。

 どこかにぶつけただとか、不注意によってできたものではない。

 何者かの意図によってつけられた傷だ。


 息も絶え絶え、やっとの思いでここへとたどり着いたのだろう。

 クルセルは家へ入ると膝から崩れるように倒れこむ。


「何があった」


「どこからか、魔物共が押し寄せてきたのです。あまり時間がありません。とにかくここから一刻も早く、逃げ、て……」


 その言葉を最後にクルセルの目は濁る。

 手に乗った背中が一段と重くなった。

 クルセルの口に手をのばしてみるが、血にまみれた喉から、暖かな息は感じられなかった。


 未だ私の手の中に彼のぬくもりが残っている。

 しかし、その温もりも時の経過とともに薄れ、次第には私の手には肉の重い感触だけが残った。


 私はクルセルを横たえ、見開かれた両の目をまぶたを下げて閉じさせる。

 それだけのことだが、村人が異形によって食われていく様を、死してなお見続ける必要はなくなった。


 ふいに気配を感じ、扉の先に目をやる。

 暗闇を背に何かの影がこちらをじっと見つめていた。

 それは人ではなかった。


 黒い体毛。

 赤々と光る双眸。

 鋭い牙は血に染まっている。

 何より目を引いたのが、額の両脇からのびるまるで牡羊のような二つの角だ。


 この村を襲う魔物と呼ばれる獣。

 それがあの緑色の異形で、目の前にいる黒い獣のことを指していることは何となく分かった。

 そして、ここから逃げるためにはあの魔物をどうにかしなくてはならないことも。


 私は暖炉のそばにある火かき棒を手に魔物へと駆け迫る。そ

 れを待っていたかのように、黒い獣は口角をつり上げ、雄叫びを上げた。


「オォォゥァァアアアアア!!」


 狼とも獅子とも、人間の絶叫とも違うその叫びは、空気を振るわせ無遠慮に私の鼓膜を揺さぶる。


 獣の得物は大剣だ。

 ノコギリの様に剣の背と腹が波打っている。

 切り裂くというよりも、肉に刃を突き立て抉り斬ることに特化している。


 獣はそれをただまっすぐに振り下ろしてくる。

 私は横に飛び退いて攻撃をやり過ごす。

 土煙が舞い、先ほどまで私がいた場所には獣の剣が突き立った。


 剣の刀身は地中に埋まり、地面には大きな傷が刻まれる。

 さすが化け物。

 人間の膂力をはるかに超えている。

 あの一撃をもってすれば、こんな鉄棒など私もろとも叩き切ることなど雑作もないことだろう。


 獣は剣を悠然と引き抜き、私に向き構える。

 攻撃は苛烈を極めた。


 私のすぐ近くを、轟音のような風切り音と共に獣の剣が走る。

 右へ、左へ、跳んで、しゃがんで、転がって。

 己の命を守るために動き続ける。

 獣の一挙手一投足を眺めながら、その一方的な攻撃手段をじっくりと観察する。


 獣の装備は見たところ大剣一振りのみで、鎧一つ身につけていない。

 隙さえ生まれれば、一撃を加えることは可能だろう。

 もっとも、その肉体が鎧のように堅牢であれば、その一撃の後儚く散ることになるだろうが。


 攻撃を避けしのいでいるうちに、次第に獣の表情が変わっていくのが見てとれた。

 凶悪な笑みを浮かべていた顔は渋面に代わり、眉間にしわが寄る。

 硬く噛み締める口からは、ぎりぎりと歯ぎしりが聞こえてきそうだ。


 本能と感情に正直な獣は、怒りを押さえることの出来ないまま。

 鋭さを持っていた太刀筋が鈍くなり、だんだんと大振りになっていく。


 いよいよ苛立が頂点に達したのだろう。

 その雄叫びの後に慢心の力を込めて大剣を私の胴めがけて振り抜いてきた。

 私が地面に張り付くぎりぎりまでしゃがむことでそれをかわし、獣の懐へ入り込む。


 ひねられた上半身は、力任せに振り回したことで無防備になる。

 体勢を整える隙など与えない。

 手に握る火かき棒に力を込め、下から突き上げる。

 狙うのは体毛の薄くなっている獣の脇。

 皮膚から浮き出る肋骨と肋骨の間を狙いすます。


 刺す。

 獣の悲鳴が私の鼓膜を揺らす。

 獣の肉壁を貫き、さらに奥へ、奥へと突き入れる。

 火かき棒が心の臓腑にたどり着いた。


 鼓動が、生暖かい血液とともに私の手に伝わってくる。

 鼓動はだんだんと小さくなっていく。

 それと同時に私へと振り下ろされる獣の拳も、勢いを失っていった。


 鼓動が止まり、振り上げた拳が落ちる。

 棒を引き抜き、数歩後ろへ下がる。

 獣の身体に穿たれた小さな穴から止めどなく血が流れていく。


 獣の身体は一瞬揺れたかと思うと、仰向けに倒れ、起き上がることはなかった。 

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