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休日1

 翌日。仕事開けという事もあって、今日から数日の間は仕事を休み、疲れを癒す事に費やす。といってもベッドの上で過ごす訳ではない。この期間の合間に消耗品を買い足し、武器の整備などに充てる。


 いつもよりも遅い時間にベッドから起きたジャックは、重い身体を引きずりながら、いつもの如く装備を身につけて下へと降りる。


 仕事がないと分かっていても、もはや習慣となった行動は防ぎようがない。それに付けていないと身体がムズかゆくて落ち着かない。


 時刻はもうすぐ昼と行った頃。階下のフロアにはちらほらと客の姿がある。客の元へ料理を運ぶディグが、ジャックの前を通っていく。


 いつもの事だ。だが、いつもなら居るはずのエリスの姿が見えない。料理を運ぶために厨房にでも入っているのかと思ったが、いくら待てども出てくる気配はない。


 「エリスはどうした」


 料理を運び終えたディグに声を掛ける。


 「ユミルと一緒に出かけた。お前が寝ている間にな」


 「仕事は良いのか」


 「あいつが来る前は俺一人で回していた。今日一日暇を与えても何の支障もない。それに、あいつはここの所働き詰めだった。たまの休みくらい与えてやってもいいだろう」


 それだけを言うと、邪魔だとばかりジャックを押しのけて、ディグは厨房へと引っ込んでいく。 


 ユミルとエリスが一緒に出かけるとは、珍しい事もあるものだ。意外な組み合わせに少し驚くジャックだったが、一先ずはそれを頭の片隅に置きさって、自分の用を済ませる為、宿を後にした。






 少し時間をさかのぼり、場所を宿から一件の店の中へと移す。その店が扱うのは衣服。それも女性用のドレスや外套、下着などの品を揃えている。女性物の衣服が数多く並び、店内には庶民の女性達を中心に数人の客の姿があった。その中にユミルとエリスがいた。


 「ねえ。この服はどうかしら」


 そういうユミルの手には一着のドレスがある。肩から胸元にかけて大胆に開けられている真っ赤な代物。ユミルはそれをエリスの身体に合わせ、目分量に採寸をしてみる。


 「ちょっと派手すぎじゃない」


 「そうかしら。私的には似合うと思うんだけど……」


 「派手すぎるって。私には似合わないよ」


 ああでもないこうでもないと二人は言葉をかわす。そもそも二人がここに訪れたのは、エリスの服があまりにも少なすぎるということが原因だった。

 エリスの持っている服と言えば、村からずっと着続ける服と村から持ってきた数枚の着替え。ディグの店で支給された給仕服二着。たったそれだけだ。一般的に見れば少ない方なのだが、本人は服は着れれば何でも良かったのでそこまで気にした事はなかった。


 だが、ユミルはそれを大げさに捉え、それでは駄目だとおせっかいを利かせて服屋へと連れ出したのだった。

 次々にドレスを手に取ってはエリスに宛てがっていくユミル。最初はありがたさ8割面倒臭さ2割だったエリスの内心も、今ではありがたさ3割の面倒臭さ7割になっている。


 ユミルの善意はありがたかったが、エリスは心の中では辟易していた。

 もう何着かも忘れたくらいの着せ替え人形のごとくドレスを体につけられたとき、ふと戸棚にかかった一着のドレスにエリス目がいった。

 肩口と袖が別れ、肩が露出した形のドレス。色は胴の生地が白くスカートが赤茶色をしている。


 「……あれがいいの」


 ユミルが言う。どうやらエリスの視線に気がついたらしい。エリスがユミルを見ると彼女の指があのドレスを指している。


 「えっ。えっと。うん」


 少し返答に困るエリスだが、自分でも驚くぐらいに素直に頷いてしまう。もっとも、一目見て気に入ったことに間違いはなかった。


 ユミルはエリスの反応を見てにこりと笑うと、それを手に取り店主の元へと持っていく。会計なら自分が払うと言いかけるが、エリスの一の句が出る前にユミルがさっさと金を払って支払いを済ませてしまう。


 店主はそれを綺麗に折り畳んだ後、サービスだと付けてくれた木櫛と一緒に紙袋の中に入れてユミルに渡す。受け取ったそれをユミルはエリスに渡す。


 中身を改めると確かにあの服が入っている。自分が買った訳ではないのに、自分の物に成ったというだけで少しだけエリス心が弾んだ。


 ありがとう。エリスはユミルにそう伝えると何でもない事だと手を振りながら、ユミルはエリスの手を引いて店を後にする。またどうぞ。店主が二人の背中に呼びかけた。


 その後他の服屋を回りながら幾つか服を購入しながら日用品と雑貨、さらに矢、薬などを買っていく。

 昼時になるとあたりの店から芳しい香りが漂ってくる。あちこちを歩き回ったお陰ですっかりお腹が減ってしまった。


 適当な店を探して食事をとろうと思うのだが、エリスは生憎帝都にある店にはとんと疎い。

 普段はディグの店で働き、たまの外出もエドワードの家と宿と市場を行き来するだけで、きちんとした飲食店にはいったことはない。屋台で食事を済ませてしまっても良かったのだが、折角だからとユミルが通っていた店へと向かう事となった。


 大通りをそれて脇に伸びる通りを進む。昼時とあってあちこちの店には人がごった返している。中には路上にまで人が列をなしている店もあった。目移りしながらも逸れないようにユミルの後を追いかける。


 ユミルは雑踏がある通りをさらにそれて小道に入る。そこは建物と建物との間にある細い小道だ。人通りはなく、鼠が一匹路地を横切るだけ。ユミルは迷う事なく進み続け、エリスもその後を追っていく。


 少し歩くと、突然路地に看板が現れた。建物の上部の壁面から突き出た鉄棒に垂れ下がる看板。そこに描かれているのは二つのワイングラスが打ち合っている絵だ。看板の横にはテント屋根とその下には扉がある。ユミルは扉の前に立ち、把手を握って押し開いていく。


 カランカランと扉に着いたベルが彼女達の入店を内部に伝える。


 壁に掛けられたランプの暖色に包まれた落ち着いた雰囲気に包まれている店内。その広さはお世辞にも広いとは言えない狭さだった。


 入って右手には壁に接するように置かれたテーブルとそれを挟むように置いてある座席が四つは二組ずつ奥と手前に並んでいる。左手にはカウンターがあり、背丈の高い椅子が5つ並んでいる。


 「いらっしゃい」


 カウンターから顔を覗かせるのは、若い男だ。金髪を後頭部でまとめている。

 ユミルは入り口に近いテーブル席に向かい、席に座る。エリスはその対面に座る。


 「注文がお決まりになりましたらお呼び下さい」


 メニューを持って現れた男は、テーブルにそれを乗せるとカウンターの奥へと戻っていく。

 そのメニューを開いてみて、驚いた。メニューに書かれている文字は人間の言語だったが、その言葉が意味する物は昔母が作ってくれた料理の名前だった。


 帝都でも珍しいエルフの郷土料理を扱った店なのだと、ユミルが言った。昔食べた料理を思い出して無性に食べたくなる時には、よくここに着て店主の料理に舌鼓をうつらしい。


 思えばエリスも3年前に母の料理を食べたきりで、村の料理にはとんとご無沙汰だった。

 ユミルの顔がはっとする。その意味はエリスにも分かった。もしかして3年前を思い出して傷ついてしまったのではないだろうか。そんな心配を彼女はしているのだ。その証拠にユミルはエリスの顔を申し訳なさそうに覗いてくる。


 大丈夫。微笑みながら彼女はユミルに言う。確かに今思い出しても辛い事に違いないが、それでも泣いたり喚いたりする事はない。時間が経ったお陰でいくらか真正面に向き合う事が出来る。

 

 エリスの反応に安堵のため息を零すユミル。そして、気を取り直してメニューに目を落とす。エリスも料理の文字に目を走らせる。


 数分ほどメニューとにらめっこをした後、店主を呼び寄せる。


 ユミルは山菜とキノコのパスタ。エリスはエッグケーキと麦パン。そして食後にリンゴケーキを二人とも頼む。

 店主はメモ帳にペンで走り書くと、ぺこりと一礼し、すぐに店の奥に戻っていった。

 一旦は落ち着いたと事で店内に目を移す。木目の走った木板の壁が四方を囲み、そこに何枚かの絵が飾られている。


 そのどれも風景画で森や川、連なる山々などの絵画たちが、額縁に入って飾られている。

 どこかの有名な画家が書いたのだろうか。ただ、教えてもらった所で芸術に疎いエリスにとっては、ただ感嘆のため息を零す事しか出来ない。


 彼女達二人以外に、カウンターに男性客一人と女性客が二人いる。

 だが、二組ともエルフではない。片方は人間。もう片方は猫族だ。

 エリス達が入店した時には彼、彼女らは一瞥するなり目を見開いていた。エルフがエルフ料理を食べに来る事の何がおかしいのか分からないが、この場にはエルフが場違いなようだ。


 食事が来るまでには少し時間がある。その間にユミルとの会話に花を咲かせる。

 仕事は順調か。悩みはないか。など当たり障りのない話題から始まり、二転三転と会話が進んでいくと、いつしか色恋の話へと移っていた。


 実際、エリスはその手の話には縁がなかった。彼女の知り合いと言えば皆年上ばかりで、唯一同年代の友人であるアリッサは同性だ。


 同年代の異性は彼女の近くには一人もいない。けれど、そう言う話が嫌いかどうかと言われれば、興味がない訳ではなかった。


 「ユミルさんには、そう言う人はいないの」


 自分の事は棚にあげて、ユミルに問いかける。


 「昔は、居たかな」


 「へえ。どんな人」


 少し前のめりになってエリスはユミルの話に耳を傾ける。


 「エルフの男の人。その人に出会ったのは、丁度エリスちゃんと同じ歳の頃だったかしら。背が高くてかっこいい人でね。アタシや友達とよく遊んでくれたの。その頃のアタシは恋だのなんだのっていう気持ちがよく分からなくてね。ただ遊んでくれる兄貴みたいに思ってた。後になってあの人の事好きだったんだって気づいたんだけど、その時にはその人は村を出てどこかへ行ってしまってたんだけどね」


 「それが初恋だったの」


 「そうね。私の記憶が確かだったら、それが最初の恋だったかしらねえ」


 頬杖を着きながら、遠い記憶を思い出してユミルは頬を緩ませる。


 「何か楽しい事でもあったんですか」


 いつの間にかテーブルの横に立っていた店主が、料理を手にエリスとユミルを見下ろしていた。


 「何でもないわ。気にしないで」


 にやけていた顔を慌てて整えると、何事もなかったかのように取り繕う。


 「そうですか」

 

 店主は彼女の様子に微笑んだだけで、それ以上とやかく聞くことはしなかった。

 お料理、失礼します。そう断ってから、両手に持った皿を二人の前に並べる。皿の上には二人の注文した料理がのせられている。


 ユミルの前に置かれたのは彼女の注文したパスタだ。三つ葉や楤の芽、ワラビなどの色鮮やかな緑と薄くスライスされたヤマドリタケがパスタと絡み合っている。


 エリスの目の前には彼女の頼んだエッグケーキ。ケーキとは名ばかりで、楕円形に膨らんでいるそれはオムレツと言っていい見た目をしている。


 ナイフで切ってみると、中からトマト、ピーマン、ニシンといった一口大に切られた食材達が芳しい香りとともに顔を出した。


 切り分けたオムレツを食べやすいよう、一口大に切っていく。

 それを終えたものをフォークで刺し口へ運ぶ。硬く焼き上げられた卵焼きに塩漬けされたニシンの塩気とトマトの甘さ、ピーマンの苦みが絡み合い、舌を楽しませてくれる。


 店主が後から持ってきてくれる麦パンを口の中に放り込みながら、エッグケーキも食べていく。母さんの味には似ていなかった。だけど、久しぶりに食べる郷土の味は、やはりおいしかった。


 今度は、ジャックさんも一緒に連れてこよう。その決意を頭の片隅に置いておき、ゆっくりと味を噛み締めながら、目の前の料理を食べ進める。

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