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屋敷2

 残された彼らはそれぞれに家の連中が戻ってくるのを待つ。コビンとカーリアは窓際から景色を眺め、ユミルはソファに腰をおろしている。


 ジャックは窓とは対面にある壁にもたれる。エドワードとアーサーは他四人とは少し離れた所で、何やら話し合っている。声を潜めて話しているため、ジャックのいる場所からでは内容を聞き取る事は出来ない。


 「皆様、お待たせいたしました」


 そこへコフィが扉を開けて入ってくる。両手にもったトレーには人数分のティーカップとティーポットが一つ。それと焼き菓子ののった皿が一つ。


 それらをテーブルの上に置き、ポットに入った紅茶をカップに注いでいく。湯気を纏った紅茶がカップの中で踊り、香りをほのかに立たせる。


 紅茶を入れ終わった所で一同はカップを一つ一つ手にとり、口に含む。そして、焼き菓子に舌鼓をうつ。


 紅茶も菓子もどれもいつも口にするものとは違うような気がする。それは、単に場所が場所なだけに雰囲気に酔わされているだけかもしれないが、どれも此れもが高級に見えてくる。


 けれど、腹に入れてしまえばどれも一緒。ジャックはいちいち気にする事もなく紅茶を平らげる。


 皆の腹の中にそれらが納まり、食後の何ともいえない、ゆったりとした時間を享受していると、扉が開く音が聞こえた。見ると、待ちに待った親娘二人が登場した。杖を着くガブリエルは片手に革袋を二つ持っている。


 「いや、待たせて済まなかった。ほれ、これが報酬だ」


 そう言って、ガブリエルから差し出される革袋をジャックは受け取る。袋を縛る紐をゆるめ、中を見る。それぞれの袋の中には金貨と銀貨がみっちりと詰め込まれていた。

 一瞬息を飲むジャックだが、すぐに紐で縛り直しユミルに手渡す。


 「確かに。では私たちはこれで」


 「何だ、もう行くのか」


 「娘を届け、報酬をもらった。これ以上ここに居座る理由はない」


 「お前一人では帰れないぞ」

 

 アーサーが言った。


 「何を馬鹿な事を言っている」


 「外を見てみろ」

 

 彼の言葉には取り合わず、アーサーは指で窓の外を指差す。


 首を傾げながらも、その言葉通りジャックは窓へと歩み寄る。そこから見えるのは深い青色をした空とそこを風に運ばれていく白い雲。それだけだ。他にはなにもない。

 

 おかしい事にはすぐに気がついた。上に空があるのは当然の事。では、下にあるこの青は何だ。そこにも白い雲が渡り、屋敷の下を通って鳥達が飛んでいく。


 「浮いているんだよ。この屋敷は。回りの地面と一緒に丸々な」


 あまりに突拍子のない言葉に、ジャックはアーサーの方を振り向く。


 「50年くらい前に、魔術師とドワーフの研究で魔力装置が開発された。魔造機とでも呼べば良いか。魔力を蓄積できる鉱石(オリハルコン)を核にして、魔術式を刻んだ機械に入れると、魔法が発動されるって仕組みだ。本来ならそこに感圧板をかませたり、時限式に組み替えたりして罠、防衛、攻撃の為に使う事を想定した武器なんだが、貴族様にかかれば、それも娯楽の一つに変わる」


 紅茶を飲み、下を滑らかにした所で話を続ける。


 「その機械のばかでかい奴を作らせて、自分の屋敷の下に埋め込んだ。すると、どうなったと思う」


 「……空に浮いた」


 「その通り。機械に刻まれたのは風魔法の術式。名前は知らないが、それほど大した魔力も使わずに行使できるやつらしい。だが、人間みたく加減をしない機械にかかれば、魔力が切れるまで全力で魔法を発動し続ける。そのおかげで、ここは空中の楽園になっているわけだ」


 「ああ、だから一人では帰れない、ってことか」


 ジャックの横へ来たユミルが、窓から下を覗きながら言った。


 「だが魔力が切れてしまえば魔法は消えて、ここは真っ逆さまに落ちてしまう。その為半年に一回魔術師がここへ来て、点検と魔力の供給をしてもらう必要があるのだがな」

 

 ソファに腰掛けながら、ガブリエルが言った。


 「でも、買物に行くとき不便じゃない。空に市場がある訳じゃないし、生活しにくいんじゃないの」


 「その為のこいつだ」


 アーサーは彼女に見えるように、少し大げさに自分の胸を叩く。服の内側には金色に輝くプレートがしまわれている。


 「貴族樣方にはこれと同じ奴が配られている。それぞれの家紋のついた、色の違う奴がな」


 「私はあまり使う用はないのだがな」


 焼き菓子に手を伸ばし、ガブリエルはそれをつまむ。


 「私が動かずとも、用がある者は自然と私の元へやってくる。銀行の従業員しかり、彼のような軍人しかり、帝国の議員しかりな。私よりここに仕えてくれている従者達や娘が使っている」


 一通りを話し終えると、モゴモゴと口を動かし、紅茶を含んで喉へ通す。


 「ローウェン君とユミル君には後で私の家を登録したプレートを用意させる。残り二つの枠は君たちの好きにしてくれて構わない。用意が出来次第、君らの元に届けよう」


 「その為には血を何滴かもらわなければならないが、それは戻ってからで構わないだろう」


 口に残った焼き菓子を放り込み、紅茶で腹の中に流し込む。そして、膝をパンと叩いて立ち上がる。


 「ごちそうさまでした。こんなに旨い紅茶と菓子を味わえて光栄です。それでは、また御用がございましたらお呼び立てください。私でも、エドワードにでも、そこにいるローウェン君やユミル君にでも構いませんので」


 「うむ。名残惜しいが致し方あるまい。ローウェン君、それにユミル君。次からはよろしく頼むよ」


 「ええ。勿論です。ご贔屓にお願いしますね」


 ガブリエルから差し出される手をユミルは手にとり、笑顔を浮かべながら握手をかわす。そして、その手はジャックへも向けられる。少しの間その骨張った手一瞥していたが、すぐに握手をかわす。


 「君らも今回はご苦労だったな」


 ガブリエルはジャック越しに彼の背後に居る二人の兵士に向けて話しかける。焼き菓子達に気を取られていた二人は急いで頬張り口の中に蓄える。


 それから立ち上がって敬礼を構える。しかしリスのようにふくれた頬のままでは格好がつかない。


 コビンは頬を紅潮させながら、カーリアは無表情のまま。頬を膨らませている。


 二人はなんとか腹に落とそうと咀嚼しているが、彼らの見た目も相まってかっこうよさよりも可愛らしさの方が目立ってしまう。


 「そう焦る事もない。ゆっくり食べなさい。君らには後ほどアーサーを通して報酬を払おう。直に渡してやりたい所だが、それが後々問題になっても面倒だからな。悪く思わないでくれ」


 その言葉に二人は頷く。そして咀嚼する。


 「それではな。またいつでも来ると良い。その時は大いに歓迎しよう」

 



 彼らに見送られながら部屋を後にするジャック達。見送りというつもりか、その後ろからコフィとエマが歩いてくる。特に会話という会話もなく、廊下を幾つか折れるとすぐに展示品の並ぶ部屋へと戻ってきた。


 部屋の奥の扉にアーサーはプレートを差し込む。


 「この度は本当にありがとうございました。このご恩は旦那様も含め、一生忘れはしません。資金にお困りの際にはなにとぞ我々にご相談ください。私どもの手はいつでも貴方様達に開かれております」


 扉が開かれると、コフィがそう言いながら深く頭を下げる。


 「……本当に、ありがとうございました」


 その後に続いてエマが感謝の言葉とともに頭を下げる。


 「今日はごゆっくりお休みください。またなにかありましたら、声をおかけください」


 アーサーはそう言うとさっさと扉の中へと入っていく。それに続きエドワード、コビン、カーリアが扉に入っていく。ユミルがそれに続き、ジャックは最後に扉の中へ足を踏み入れる。ふと背後を見ると二人は依然として頭を下げたまま立っていた。

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