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救出

 女を部屋に戻した後、コビンとカーリアは後から来た二人と合流する。それから更に階段を昇り、上を目指す。二階は一階よりも部屋の数は少ない。


 廊下の左右に二部屋ずつ、計四部屋の扉が並び、突き当たりに大きな扉が構えている。

 四人は足音を立てないようにそれぞれの部屋に近づき、中を覗く。だが、どの部屋も人の影はない。たった一部屋を除けば。


 カーリアは慎重に扉を開ける。だが、彼女の思いとは裏腹に立て付けの悪い扉はきしみ、耳障りな音を立てる。今更出直す訳にも行かない。そのまま扉を押し、中に入る。


 そこには真っ赤なドレスに身を包んだ一人の女がいた。背中まで伸びた綺麗な金色の髪。その下から見える白い肌。こちらに背を向けている為にその素顔は分からないが、雰囲気は上品さをにじませている。先ほどの女と比べるべくもない。


 カーリアは刀の柄に手を添えながら、その女性に近寄っていく。


 「……ミス・ヴィリアーズ?」


 カーリアの声に女性はびくりと身体をはねながらゆっくりと振り返る。


 「貴女は、誰?」


 「帝国軍、兵士。カーリア・ヴェルグ。貴女を助けに来た」


 柄から手を離し、一応の礼儀として敬礼を送る。どうやらこの女が件のお嬢様で間違いなさそうだ。


 「少し待っていて。仲間を呼んでくる」


 カーリアは一旦部屋を出て、三人を呼び寄せる。

 恐らくその部屋は指揮官が滞在していた部屋なのだろう。調度品はどれも意匠が施され、ベッドも古めかしい物ではなく、真新しいシーツがかかっている。


 百年も使われていないという話だが、この部屋だけが今も人に使われているかのように、手入れが施されていた。

 エマが座っていた椅子の前には砦に似つかわしくない化粧台が置いてあり、綺麗に磨かれた鏡が彼女と彼らの姿を映し出している。


 「お怪我はありませんか」


 コビンが彼女の元に歩み寄り、片膝を着く。


 「ええ、大丈夫よ。心配してくれてありがとう」


 エマはにこやかに笑いながらそう答える。自分の置かれている状況においてもその笑みからは貴族の気品がにじみ出ている。しかし、彼女の手の甲には切り傷がその気品に汚点を一つ付けていた。


 かさぶたとなっていてそこから血が出ているという訳ではない。けれど、彼女はあまりその傷を見られたくはないのか、上から手をかぶせて彼らの目から隠してしまう。 


 「失礼します」


 コビンは彼女の手をそっとどけ古傷となっている傷に指を当てる。そして、小さく呪文を呟いたままその傷に合わせて指でなぞっていく。


 光を纏った彼の指が通った後には痛々しい傷の跡は消え、元通りの綺麗な白い肌をした手が現れた。

 自分の手を見る彼女の目は見開かれ、さすったり何度も凝視したりと傷の跡を探している。

 

 「これで大丈夫です。さ、一刻も早くここを出ましょう。こちらへ」

 

 エマの手を引き、コビンは先頭をきって部屋を出る。その後に続いてユミル、カーリア、ジャックの順に部屋を後にする。


 これで一先ずの目的は達成できた。後はここを出てこのお嬢様を父親の元へ送り届けるだけだ。だが、難なく終わる仕事などない。ジャックが出た後、それに合わせるように奥の大扉が開かれる。


 そこから現れたのは二人の男。互いの顔を見ながら談笑をしている。ある程度離れているが、その声は彼らのいる場所でも聞こえる。


 げらげらと笑いあう男達だが、その視線がふいに彼らに注がれる。


 「ユミル」


 その声を合図にユミルはすぐさま二つの矢を弓につがえ、男達めがけて放つ。矢は男達の喉と頭に刺さり、見事に絶命させる。だが、異変に気がついた悪党の仲間達が扉の奥からぞろぞろと3人の方へ駆け寄ってきた。


 「ユミル、コビンと女を連れて先にいけ」


 「わかった」


 ユミルはコビンのケツをたたき、階段を下っていく。残されたジャックとカーリアは互いの獲物を抜いて、構える。


 「しっかり働け」


 ジャックはカーリアの頭を軽く小突く。


 「言われなくても分かってるわよ」


 ジャックを一睨みしながら、彼よりも早く悪党の群れへと駆ける。

 すると明らかに小馬鹿にした笑い声が男達の中から聞こえてくる。


 おい、女がこっちに来るぞ。

 犬っころ風情が。人間様に楯突くとはいい度胸だ。


 おおよそ彼らの考えている事はそんなだろうとジャックは思う。しかし、その思考は自分よりも弱い獲物ばかりを狩り続けた故に持ってしまう驕りだ。


 自分は強い、誰にも負ける事はない。あるはずがない。そんなあるはずもない全能感とまやかしの強者の余裕はいらぬ妄想を彼らにもたらす。


 男達は集団でかかる事なくまずは一人が突出してカーリアに襲いかかる。その攻撃も避けられるという事を想定していない、大振りで上段から振り下ろされる。


 カーリアは男の攻撃を半身で避けながら、身体をひねり逆手に持った鞘で男の下あごをうつ。ジャックから見れば単に小突いたようにしかみえない。


 だが、その威力は小ではなく大。男は頭とともに横へと吹っ飛び、壁を崩しながら部屋の中へと叩き込まれた。


 「ほぅ……」


 ジャックの口から思わず感嘆の息がこぼれる。それはカーリアの実力に対してのものであり、そして彼女の戦い方と武器に対してでもある。


 片手には刀、もう片方には鞘を握っている。ただ武器をしまうだけの入れ物を歴とした武器として使った、彼がこれまでに見た事のない戦い方だ。


 さらに彼の目を引いたのは、刀と鞘を包む青白い光だ。それはかつてエルフが杖を剣とするためにかけていた強化魔法を想起させる。というより、それそのものだった。


 あぜんとする男達を尻目に、カーリアの足は真っすぐに男達へと向かう。こいつはただの犬ではない。そう気づいた頃には、二人の男がカーリアによって斬り伏せられていた。


 悪党達は残り6人。

 もはや嘗めることはしない。一人の女に奴らは総出でかかる。首や胸、胴などを狙い命を脅かす凶刃がカーリアに迫る。彼女は悪党たちの攻撃を刀でいなし、鞘で打ち落とし、足を使って俊敏にかわしていく。

 そして攻撃の隙を着いて男達を鞘で突き、刀で斬り裂き、時に鞘で石壁を砕き、その破片を飛礫として飛ばしていく。


 少しの間観客となって戦闘を見守っていたジャックだったが、ただ突っ立っているだけの男を放っておく彼らではない。

 カーリアから目標を変えた男二人がジャックに駆け迫る。無論、ジャックもまた男達に迫っていく。


 男達が剣を振る。ただし剣同士がぶつからないよう時間差を置いている。一つは首をねらって横薙ぎに振るわれ、もう一つは足下から斬り上げるように振るわれる。


 剣で下から迫る剣を受け止め、体勢を低くして首を狙う剣から逃れる。男達はすぐさま追撃を仕掛けようとするが、その間には僅かな隙が生まれる。


 そこをついて、ジャックは片手で男の頭をわしづかみ、もう一人の男と自分の間に立たせる。そして、剣で男の腹を突き刺しながら、一気にもう一人の男との距離をつめる。


 二人を串刺しに、とはいかないが。一人倒しもう一人を壁に押し付ける。

 生き残った男は仲間の死体を押しのけ、なおもジャックに挑みかかろうとする。だが、次の瞬間には男の首は宙を舞い、男の身体だけが取り残されていた。


 ジャックとカーリアの二人によって、次々に屠られていく悪漢達。カーリアを嘗めくさっていた時の一瞬の余裕は死に飲まれ、悪漢達はその目に恐怖と憎悪を映して剣を振るっている。


 実力差は明らか。だが逃亡をする者は一人としていない。恐怖に取り憑かれながらも彼らは剣を振るう。それは何か秘策があるという事だろうか。それとも虚勢による物か。はてはそのどちらとも違う新たな思考によってもたらされるものか。


 二人には判断が着かないが、その理由はすぐに二人の前に現れる。


 剣を振るう際にちらと扉の奥を見る。燭台の灯りより闇の密度が高い部屋。その暗がりに何かの光が迸る。その色は紫色だ。


 「伏せろ」 


 嫌な予感がしたジャックは、カーリアに叫ぶ。それを受けて彼女は身をかがめる。

 すると、カーリアの頭があった場所にその紫の光が通り過ぎていく。そしてその光が石壁に当たり、はじける。


 魔法。エルフが得意とした技術。いや、今ではその秘伝は帝国のものとなり広く世間に知れ渡っている。ただ、あの攻撃を見るのは久しかった。


 カーリアは魔法から身を護ったのはいいが、それが逆に敵に対して隙を作ってしまう。


 巨漢の足がカーリアの腹を蹴り飛ばす。

 華奢な彼女の身体は宙に浮き、石壁に背中を強かに打ち付ける。


 うっ。とくぐもったうめき声をあげる。けれど、そんなことで止まるような情を彼らは持ち合わせてはいない。巨漢は遠慮なくその小さな身体をつぶしてやろうと、両手に握る大斧を振りかぶる。


 カーリアは一瞬目を伏せる。死への恐れを覚悟に変えて、すぐに事が終わるように思いながら。だが、それはいつまでも振り降りてこない。


 恐る恐る目を開けると、そこには血しぶきを上げながら後ろに倒れていく巨漢の姿があった。


 血が流れ出ているのは巨漢の肩口。斧を握っていたはずの腕は今もそこにあるが、もはや握ることもできずにぶら下がっているだけだ。そこから伸びる血管がぷらぷらと揺れ動いている。


 ガラガラのしわがれた声が廊下に響く。床でもだえながら巨漢が転がっている。

 力を込めてめいいっぱい振り上げたのはよかった。だが、気に留めていなかった背後から迫る剣が、巨漢の腕を斬りとった。それをやってのけたのは、ジャックの他にいない。


 巨漢は二本で支えていたはずの斧を、突如片手一本で支えねばならなくなる。だが、瞬時にそれを行えるほど頭の回転は早くない。そこに痛みを伴えば、なおさらのことだ。


 斧を支えきれず、巨漢は振り上げた勢いそのままに背後へと倒れる。

 腕の断面を手で押さえ、痛みに耐えようとじたばたと転がった。


 ジャックはぎゃあぎゃあと喚く男の口に剣を差し込む。喉奥を貫くと巨漢の目がぐるりと白目を剥く。

 剣を抜き、体勢を低くしてカーリアへと近寄る。


 「さっさと立て」


 それだけを言うと、魔法が放たれた扉の奥へジャックは駆ける。

 よろよろと立ち上がるカーリアは、短く息を吐いてその後を追う。


 二人の接近に呼応するかのように、扉の奥から次々に紫電が二人へと迫り来る。


 横に飛び退き、這うように身体を屈ませ、ジャックは魔法を避ける。カーリアは魔力を纏わせた剣と鞘でそれらをたたき落としていく。


 そうしてじりじりと魔法を放ってくる敵へ距離をつめていく。


 扉の前まで来た。二人はすかさず扉の両側から身体を部屋に入れ、部屋の隅から魔術師の姿を探す。

 いた。部屋の最奥部。ローブを纏った男が一人。その手には杖を握っている。


 ジャックはナイフを男に向かって投げる。


 「旋風鎧(アーマー・オブ・ウィールウィンド)


 男は呪文を口ずさむ。すると、男の身体を風のベールが包む。ジャックの投じたナイフは男に到達する寸前。突然軌道を変えて男の身体の周囲を回り始める。


 そして、勢いを増したナイフがジャックへと飛来し、彼の頬をかすめる。一筋の赤い線が頬から血が流れ出る。


 ついさっきコビンがジャック達に駆けた風の鎧、その上位互換の旋風の鎧。風鎧が分厚い空気の層で敵の攻撃を防ぐのに対して、旋風鎧は敵の攻撃から術者を守り、撥ねかす。飛び道具の場合は今のように勢いを更に増加させて敵に返す。


 驚きはない。戦場でエルフが同じ魔法を使っているのを見た事がある。その時は彼の同僚がエルフに弓矢を放ったが、エルフに刺さる事はなく逆に同僚の頭が吹っ飛ぶ事になった。


 過去の些末な出来事を振り払い、ジャックは男へと向かう。カーリアも同様に男へと駆ける。


 「雷撃(ライトニング)


 呪文の直後、紫電がジャックの元へ迸る。

 当たれば命はないが、軌道は読みやすく、避けるのも苦はない。真っすぐにくるそれを横飛びに避ける。


 続けざまに二発。彼の元に魔法が放たれる。それらをジャックは悉く避けて見せる。彼に注視してくれているお陰で、カーリアが己の間合いに男を入れる。


 剣に魔力を纏わせ、上段から振り下ろす。苦虫をかみつぶしたような渋面を浮かべながらも、男は杖に魔力を乗せて剣を受ける。


 防がれた。けれど、これで終わりではない。カーリアの手はもう一つの武器を握っている。

 剣で杖を押し込みながら、逆手に持った鞘で男の胴を狙って横薙ぎに振るう。


 男の身を包む旋風の鎧がカーリアの鞘を防ぐ。しかし、はじけない。それどころかどんどんと彼女の鞘が風を切り、男の横腹へと迫る。


 盛大な舌打ちがローブの男から漏れ聞こえる。彼女の鞘が胴へ達する前に、カーリアを足蹴にし、距離を取る。身体は無傷のままですんだが、身を護っていた防壁がはがれてしまった。


 そこへ、すかさずジャックの剣が振り下ろされる。男は杖に魔力を込めてそれを受け止める。


 上段下段を織り交ぜ、さらに蹴りや拳を繰り出しながら男へ畳み掛ける。距離を離さず、魔術を唱える隙は与えない。杖を強化するだけに止めさせ、それ以外の攻撃の術を全て摘んでいく。


 ジャックの足払いをかわし、剣を受け続ける男。なんとかして距離を離そうと後退を繰り返す。けれど、それも長くは持たない。壁際まで追い込まれ、これ以上下がる事は出来なくなる。


 袈裟懸けに振り下ろされるジャックの剣を、男は横にずれ、止まる事なくジャックの背後へと回り込む。ジャックの足が男の鳩尾を狙い蹴る。しかし、男が背後に飛び退いたことで彼の蹴りは空を切る。


 ようやく与えられた時間。これを逃すまいと男は呪文を呟く。

 けれど、その言葉は最後まで唱えられる事はなかった。


 何かが男の背後に当たる、その衝撃で言葉が詰まる。無理矢理音を発しようとするが、言葉の変わりに出てきたのは、腹から競り上がってきた赤い血。唾液とともに口から溢れ、床へと落ちる。


 そのとき、自分の胸に目がいった。己の身体から生えている、鋼色の刀。首を動かして背後を見ると、そこにはぴったりと男に肩を付けながら刀を差し込んでいるカーリアがいた。


 刀を引き抜くと、男は力なく崩れ落ちる。貫かれた腹から血が溢れ石畳の床を濡らす。カーリアは刀に着いた血のりをふるい落とし鞘に収める。


 「……なぜ防御魔法を切り裂けた」


 戦っている最中に気になっていた事を、ジャックは口にする。


 「魔力で強化した武器であれば、ある程度の魔法を切り裂く事は出来る。でも、それには術者の唱えた魔法の魔力を上回らないといけないけど。熟練した魔術師が練り上げられた魔法は切り裂くのは結構疲れるけど、こいつはそれほどではなかったわ」


 「そうか」


 顎に手を置いて少しの間考えるそぶりを見せるが、死体をまたいで部屋を出て行く。


 「……よくやった」


 カーリアの横を通る際、彼女の肩を叩きながら呟く。彼が通り過ぎた後、カーリアはその背中を見つめる。その言葉はまぎれもなく彼女の実力を認めたということを現している。


 嬉しい、という思いはなかった。それよりも、ようやくか。といった思いの方が強い。少し頬を緩ませながら、ジャックの後を追ってカーリアは部屋を後にする。


 悪党の残骸が転がる廊下を進み、ユミル、コビン、それにエマ嬢の待つ階下へと向かう。もしや敵にやられてはいないかと一抹の不安が彼の頭をよぎるが、階段のすぐ下でジャック達を待つ三人を見て杞憂に終わる。


 どうやら増援は呼ばれてはいなかったらしい。一先ず安心した所で、女達がいるという部屋の扉を開ける。


 立て付けの悪い扉がゆっくりと開かれる。廊下の灯りが部屋に差し込み、中の様子をジャックの目に映す。


 燭台の一つもない、暗く狭い部屋。その中に身を寄せ合うようにして座っている女達。その数は全部で8人。アーサーの言っていた人数とはかけ離れているが、この女達が誘拐されていた女達で間違いはないだろう。


 扉を開けて現れたジャックを女達の目が一斉に見る。恐怖、怨念。憎悪。希望とはかけ離れた思いを目の内に浮かべ、女達はジャックを睨みつける。


 だが、つい先ほど窮地を助けた女だけは、彼らの登場に一人喜びと安堵を浮かべていた。

 ジャックは女達の視線など気にもとめず、目をコビンへと向ける。


 「私とユミル、それにカーリアで外の連中を片付ける。それが終わった後、女達を連れ出して外へ出る。お前はそれまでこいつらを見ていてくれ。もし怪我をしている女がいるなら魔法で治療してやれ」


 「分かりました」


 ジャックはユミルとカーリアを連れて外へ向かう。横目でエマの姿を捉えるが、興味も引かれずに足を緩める事はしなかった。



 外の見張りを始末するのに、そう時間はかからなかった。外からではなく、中からの攻撃に誰が反応できる。中庭にいた男達を斬り捨てると、そこからはユミルの独壇場だ。


 砦を囲む壁の上にいた男達へユミルの矢が次々と襲いかかる。抵抗という抵抗を見せられる事なく、悪党達は地に伏していく。 


 一応の警戒として、砦の周囲をぐるりと回っておく。男達の姿は見られない。コビンと女達に外へ出るよう合図を送る。それから彼はユミルとともに馬を取りに向かった。


 留め置いた場所までくる。二頭の馬の背にジャックとユミルがそれぞれ乗り、残りの二頭の手綱をそれぞれ馬に乗りながら引いていく。けれど、女達全員を乗せる事など出来ない。


 そこで、悪党達が使っていた馬車を拝借する事にした。幸い馬車は何処も痛んでいない。馬車に括られている馬達も怪我の一つもなく、長い距離を走るのには問題はなさそうだ。


 女達を馬車に乗せる。そして、最後にエマお嬢様を馬車へと乗せる。こんな汚らしい馬車に乗るのは嫌だ何だとわがままを言われるかと思ったが、思ったよりも聞き分けがよく、すんなりと乗ってくれる。


 貴族に対する偏見は一般のそれから突出してはいないが、それでも決して良いイメージではない事は確かだ。その偏見から抜け出した彼女の従順さに感心するよりも少し肩すかしをくらった気分になる。


 御者をコビンに任せて、残りの三人は各自で馬に乗り、残りの一頭はカーリアが引き連れる。馬を早足で進ませて半日。遅く言って丸一日程度といったところだろう。今は日が西へと傾いているために、帝都に着くのは明け方と考えた方が良さそうだ。


 ジャックとカーリアが先行して、続いて馬車、ユミルの順に帝都への道を辿っていく。


 役目を果たしたのはいい。だが、それによる達成感よりもいらぬ疑念が彼の心に影を落としている。

 教会が何かの加担をしている。今の所確実な話でないのは確かだ。

 だが、だからといって疑念が払拭出来る訳ではない。


 それに、教会と帝国軍は少なからず関係がある。


 例え死体の処理を任せているだけであって、それ以上の何かがある訳ではないと言われてもそれを信じることはきっと出来ないだろう。


 確かめる方法は、あのメダルを持っていた男に聞く。けれど、あのメダルを見つけた時には男は既に虫の息。何かを口に出せるような状態ではない。


 また彼の仲間も一人残らず殺めてしまったため、証言を取る事は出来ない。帝都に戻ってから当人達に直接聞くことも考えたが、しかし、そう簡単に口を割るはずはない。


 ありきたりの事情を嘘を絡めて、あたかも当然の事と言った口調で話すだけで終わってしまう。


 あまりこの手の事には首を突っ込みたくはない。関われば面倒に巻き込まれるのは目に見えている。見て見ぬ振りをするのが一番な事には違いがない。


 だが、もしも、帝国軍が絡んでいたとしたら。アーサーがそれを知っていた上でジャックに頼んでいたとしたら。ただあの男の思うように、掌で踊っていた事になる。


 そんな馬鹿げた話があってたまるものか。

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