3-6
苛立ちを抑えながら、ジャックはギルドを出て宿へと向かう。
その後ろからエドワードが追いかけてくるが、意に介す事なく黙々と歩き続ける。
「本当にすまない」
エドワードからの謝罪の言葉。
それに対して、ジャックの反応は冷たかった。
「あの手紙はお前が出したのか」
エドワードの謝罪の返答としてではなく、まっさらな問いとして投げかける。
「ああ。大佐に言われてな」
「なぜ、名前を隠していた」
「俺が出したと知ればかえって怪しむだろうし、それにお前は大佐を嫌っている。もし名前を出せば、有無を言わさず手紙を破り捨てていただろう。だから、名前は控えさせてもらった」
全くその通りだ。
アーサーの手紙だと知っていたなら、ジャックはわざわざ顔をあわせようなどとは思わなかった。
「では、今日店に顔を見せたのはなぜだ」
「お前が来てくれるか確認するためだ。俺が今夜飲みに行かないかと誘ったとき、お前は用事があるから断ると言った。それで一先ずは安心した」
「それだけでは行くとは限らないだろう」
「夜は外出する事は滅多にないお前が、その日の夜に限って用事があると言った。そこで俺は、きっと手紙を読んでの事だと当たりをつけた」
「そして、私はそれにまんまと乗ってしまった。ということか」
「幸いにもな。下手な賭けだったが、思った方向に転がってくれて一先ずは安心した」
静寂に包まれた通りに、二人の足音がよく響く。
無言を引き連れて、男二人が夜の通りを進んでいく。
「……なあ、まだ怒っているか」
「怒ってなどいない。お前は兵士として当然の義務を果たしたまでだ」
「そうか。それなら、いいが」
「ただ、今度はこういうこと面と向かった教えてくれ。今回のようなことは、金輪際やめろ」
「……ああ、わかった」
ユミルのアパートの近くまで来た時、エドワードは馬の手配のためにジャックと別れた。
階段を上がり、ユミルの部屋の前に立つ。
コンコン。二回のノックの後返事を待った。
反応は、ない。
眠り込んでいるのだろうと、諦めて帰ろうとした時、玄関が開かれた。
「夜更けに悪いが、仕事だ」
「帰ってくるなりどうしたのよ」
目をこすりながらそう言うユミル。だが、ジャックはそれに取り合わない。
「説明は後でする。下で待っているから、荷物をまとめて降りてきてくれ」
「……分かった。すぐに行くから、少し待っていて」
呆れと諦め込めたため息と一緒にそう言うと、ユミルは扉を閉じて部屋に戻っていった。
アパートの外で待っていると、すぐにユミルが現れた。
背には弓と矢の入った矢筒。腰にはいつものように短剣を二本差している。
ユミルが来たことを確認して、すぐに通りを進んでいく。
その道中にこれまでのあらましを端的に説明していく。
「貴族様も暇ね。そんな真っ昼間から情事にしけこもうだなんて。しかも、外で」
ユミルは手を広げて肩をすくめる。
落胆、というよりもただ単に呆れて物も言えないだけだろう。
「ようするにそのお嬢様を助けてこいって依頼なんでしょう。なんでまたこんな回りくどいやり方をするのよ」
「あまり公にしたくはないことなんだそうだ。娘の命よりも己の家名が汚れるのを恐れているらしい」
「家思いなのはいいけど、もうちょっと家族のことを考えて上げてもいいのにね。まあ、お嬢さんはだいぶ奔放そうだけど」
話に聞く限りでは。ユミルが小言で付け足していたが、それを咎める者はここにはいない。
そうこうしている内に帝都の門の前まで来ていた。
門の上部には幾人かの兵士が焚き火を片手に警備に当たっている。
「久しぶりね、エドワードさん」
先に到着していたエドワードに向けて、ユミルが声をかける。
「ユミル、だったか」
「ええ。覚えていてくれて嬉しいわ。……それで、その砦までの地図はどこ?」
「ああ。俺の部下達が持っている」
「貴方の部下、ねぇ……」
「心配しなくても大丈夫だ。まだ兵士に成り立てではあるが見込みのある奴らだ。今回の根城を見つけたのだって、あいつらの活躍があってのことだ」
「へえ。優秀なのね。でも新兵くんを当ててくるなんて、あんまり期待していないようにも捉えられるけど?」
「優秀なことに変わりはないさ」
「ご苦労様です。ブラウン隊長」
噂をすれば、だ。
年若い兵士が二人、エドワードの前にやってきて敬礼を送る。
「ジャック、こいつらが同行する兵士だ。二人とも、自己紹介を」
「はっ。この任務に同行させていただきます。コビン・ルーであります」
「同じく、カーリア・ヴェルク。よろしく」
コビンと名乗った男。というよりも少年といった方が正しいだろうか。
耳たぶに掛かるまでに伸びた金髪。
愛嬌のあるくりくりとした緑の瞳を輝かせて二人を見つめる。
コビンに支給される鎧は一回り小さい。
彼専用に作られたものであることは一眼でわかった。
武器は腰に差しているナイフ一振り。
内側に湾曲した特異な形状をしている。
その隣に立つカーリアと名乗る女。
背はコビンよりも頭二つ高い。
長い黒髪を後頭部で髪紐を使って一纏めにしている。
コビンよりも目つきは鋭く、赤く輝く瞳でエドワードとユミルを見つめている。
腰に差した武器は剣よりも長く、漆で塗られた鞘は明かりに照らされて光沢を放っている。
東の大陸から流れてきた渡来品で、刀という名前であったことをジャックは記憶している。
武器とは名ばかりの美術品として貴族達が好み、歴とした武器として携帯する者は少ない。
そんな凸凹の二人に今日つするのは、頭から生えている獣の耳。それと腰から生えている尻尾だ。
それぞれの毛色はその髪色に付随した色になっている。
亜人種、犬族。
帝都の中ではよく見かける種族ではあるが、軍に従属している彼奴らを見るのはジャックは初めてだった。
「よろしくね。コビン君」
「は、はい……。よろしくお願いします」
頭を撫でるユミルに困惑をしながら、コビンは一先ずの挨拶をかわす。
「馬はどこだ」
「城門の外に留めています。準備がよろしければ、いつでも出立できます」
コビンが言う。
「行くぞ。早い所仕事を終わらせよう」
ジャックは三人を連れ立って、闇の中を進んでいく
「気をつけていってこい。いい報告を待っている」
闇へと消えた彼らに、エドワードは言葉を投げる。
それに応じるかのように、馬の嘶きと蹄の音が響き渡った。




