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3-1

 エリスと共に暮らすようになってから、三年の月日が流れた。


 それぞれが月日の分だけ歳を繰ったが、エルフはその見た目にあまり変化が見られない。

 さすがエルフ。長命の種族だと改めてジャックは思う。


 厨房でディグが料理を作り、それを給仕のエリスが客のもとへと運んでいく。

 最初こそおぼつかなく危なげなく運んでいたものの、今ではすいすい客の間を縫って料理を運んでいく。

 

 板についてきたとはいえ、まだまだディグの方が運ぶのははやい。

 越えるべき壁は高く分厚いようだ。


 ジャック、それにユミルは相変わらずギルドでの依頼を受ける日々を送っていた。

 お互いに命を救い合った関係から、ほとんどの依頼を二人で受けていた。


 依頼を受けるごとに二人から三人、三人から四人と同行する仲間も増え、難易度の高い任務も受けられるようになる。

 そうしていくつもの依頼をこなしているうちに、ギルドの中でも二人は一目置かれる存在となった。

 

 そんなある日。

 いつものようにジャックはベッドから起きて身支度を整えていると、エリスがこんな事を言ってきた。


「学校へ行きたい」


 突然の申し出だった。

 だが、驚きはなかった。


 というのも、今年の春頃。エドワードの娘、アリッサが魔法大学への進学を決めた。

 合格の折に、エドワードは彼女を連れて、ジャックに挨拶をしてきた。

 その時、エリスはアリッサとともに喜ぶとともに、彼女を羨望の眼差しで見つめていることに気がついていたのだ。


「アリッサの言ったあの大学か」


「うん」


「いくら必要なんだ」


「大丈夫。給金でなんとかなる」


「用意周到だな。だが、私が駄目だと言ったら、どうする」


「その時は、ジャックさんの財布と私の給金を持って勝手に行く」


「そう簡単にいくはずが……」 


 言いながら、ジャックは懐に手を入れる。

 しかし、そこにあるはずの物がいつまでたっても探り当てられない。

 胸や腰、尻に手をまわして探ってみるが、財布がどこにもない。


 まさか。

 ジャックはエリスを見る。

 彼女の手には見慣れた皮袋。ジャックの財布が握られていた。


「昨日の夜に盗ったのか」


「ええ。で、どうするの。私のお願いを聞き入れてくれるか。それとも私がこのまま財布とともに貴方の前からいなくなるか。どっちにする?」


「……随分、生意気になったものだ」


 肩で息をつき、めんどうくさそうにジャックはガシガシと頭をかきむしる。


「わかった。認めよう」


「そう言ってくれると思ってた」


 勝ち誇った笑みを浮かべながら、エリスはジャックに財布を渡す。


「学ぶからには得るものを得てこい。老人になってまでお前の世話は焼きたくはないからな」


「うん。大丈夫」


「詳しい話は今夜にでも聞かせてくれ」


「行ってらっしゃい」


 エリスは手をふりながら、ジャックを見送る。

 その背中が見えなくなると、小さく息をつくきながら、ふっと拳を握る。

 そして、枕に顔を埋める。

 足をぱたぱたと動かしながら、言葉にならない喜びを枕の中へ叫んでいた。


「へえ。エリスちゃんがそんな事をねえ」


 ユミルにもこの件のことを話してみるが、彼女もまたあまり驚いた様子を見せなかった。


「いいじゃない。折角のエリスちゃんからのお願いだもの。行かせてあげれば」


「そうするさ。だが、詳しい話を聞いておかなければならないだろう」


「それは当然よ。愛娘を送り出すんだから、聞くべき事はちゃんと聞いておかないと駄目よ」


「愛娘?誰が」


「エリスちゃんがよ。三年も一緒にいるんだから、もう娘同然でしょ」


「そんなことはない。私とエリスは血もつながっていないし、種族も違う。親子ではない」


「まだそんな事言ってるんだ。いい加減用心棒づらするのをやめて、父親らしく振る舞うようにしたら。その方が貴方もエリスちゃんも楽でいいわよ」


「余計なお世話だ。……これにするぞ」


 ジャックは依頼書を掲示板から引きはがし、ユミルに押し付ける。

 そして、ジャックはすぐにその場を離れた。


「はいはい」


 肩をすくませるものの、どこか微笑ましく思ってユミルはジャックを見つめていた。

 しかし、いつまでも見ているわけにはいかない。ユミルはすぐにジャックの背中を追いかけた。

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