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【絶賛改稿中】戦死転生  作者: 小宮山 写勒
第二章 新生活
33/122

2-15

 エリスがようやく落ち着いた頃、それを見計らったかのようにユミルが帰ってきた。

 肩に牡鹿を一匹担いでいる。


 ユミルは鹿をテーブルの上に置くと、黙々とそれをさばき、角と皮、骨、肉と臓器を別々にする。

 肉を一口大に切り分けていき、エリスの家から拝借した鉄串でそれを一つ一つ刺してまとめていく。


 計六本程肉の串をこしらえると、それを暖炉の側に座って一本ずつ火で炙っていく。

 最初に焼き上がったものの上に、拝借した塩をまぶして完成。

 それをユミルからジャックへ、ジャックからエリスへ渡していく。


 無言のままそれを受け取り、小さく一口かじる。

 それを見た後、手渡される串焼きにジャックも口をつける。

 獣臭さが残っていた。が、我慢できないほどではない。

 柔らかな肉で噛み切る事も容易かった。


 食事を終えるとエリスはすっと立ち上がり、自分の部屋へと戻っていく。

 さすがに勝手知った家だけあって、迷いはない。


 ユミルはテーブルの脇に集めた鹿の内蔵を手に、外へと向かう。

 戻ってきた彼女の手には何もない。捨ててきたのか。


「人でなしではないわよ」


 ユミルは言った。何の事かはすぐに思い当たる。 


「聞いていたのか」


「ええ。聞くつもりはなかったのだけど、聞こえてきちゃってね。入るに入れなかったから、結局最後まで聞いちゃった」


 エリスはジャックの横に腰掛ける。


「貴方がこれまでにどんな事をして、何を見てきたか私は知らない。きっと、聞いても貴方は教えてくれないと思うけど。でも、私には人でなしには見えなかった」


 ジャックの顔に笑みが浮かぶ。

 嬉しさから来るものではなく、苦笑の笑みだ。


「私は、本来ならあいつに説教できるような人間ではない。お前の目に映る私はどれほどの人間かは知らないが、実際の私はもっとどうしようもない男だ」


 椅子に腰掛けたまま、薪木を暖炉に放り投げる。

 派手に上がった火の粉が、暖炉の中で舞い落ちる。


「私の事が知りたそうな口ぶりだったが、聞く気はあるか」


「あら、話してくれるの」


「お前、歳はいくつだ」


「何よ、女性に年齢を聞くのは失礼よ」


「確か、八十四だったか」


「もう。……そうよ。それがなんだって言うの」


「では、数百年ほど前にあった、エルフと帝国の戦争を知っているか」


「ええ。話だけなら」


「あれに、私は参戦していた」


 ジャックがその言葉を口にした瞬間、空気が凍り付いた。


「……えっと、それって冗談よね。そんな事、エルフじゃあるまいしある訳ないじゃない」


 ユミルの戸惑いをよそに、ジャックは話を続ける。


「帝国の皇帝、貴族、将軍達が臨むままに私たちは戦った。何の理解もせずに、何の疑問も持たずにだ。あの頃の兵士は皆そうだった」


 今も記憶に新しいその光景は、ついさっきまでそうしていたような気分を味合わせる。


「質を量で補完し、エルフ一人に四人の兵士が襲いかかる。勿論、私も何人ものエルフをこの手にかけてきた。時にはエルフの村を襲い、女子供など関係なく殺した事もあった。憐憫や情などは一切湧かなかった。私にすがりついてくる子どもを、その首を斬った時も、何にも残らなかった」


 自分の手に目を落とす。肌色の両手には、目には見えない血の匂いが染み付いている。


「最後は戦場で死んだ。だが、どういう訳か気づけばこの世界にいた。逢うはずのない人間に出会い、敵であったエルフとこうして言葉をかわしている。もはや夢幻の中にでもいるかのようだ」


 全てのものを言葉に代えて外に出し、ユミルの方を向く。


「……そう」


「驚かないのか」


「驚く、というよりすぐに信じて驚く方が無理な話よ。急にそんな骨董無形な話を聞かせて、アタシにどうしろって言うのよ」


「どうと言われても、私は自分のことをそのまま言っただけだ」


「じゃあ、何でそれをアタシに話そうと思ったのよ」


「それは……、なぜだろうな」


「はぁ?」


「ただの気まぐれ、としか言いようがない。話したいと思った訳でも、話さなければならないと思った訳でもない。いつの間にか私の口が動いていた。……自分でもよくわからない」


「何よ、それ」


 ため息をつき、ユミルはすっと立ち上がる。


「まあ、いいわ。とりあえずその話を事実だと仮定しましょう。で、これからやるのはその仮定に則ってのことだから」


 そう言うが否や、ユミルの手が素早く動き、ジャックの頬を打ち抜いた。

 平手ではなく、拳で。

 衝撃は彼の首を横に向かせ、頬に赤い痕を残す。


「貴方が殺した、私の親の代と爺様達の代のエルフの分。今はこれで十分よ」


 血の混じった唾液を吐き出し、ジャックはユミルの顔を見る。


「殺しても、文句は言わんぞ」


「貴方は言わないでしょうけど、きっとエリスちゃんはもの凄く怒るわよ。貴方の事を気に入っているんだから。ああ、勿論恋愛対象としてではないと思うわよ。さすがに、歳が離れすぎているもの」


 年齢だけを見れば、たった1つしか違わない。だがエルフはどうして成長するのが遅い。

 人間が老人になる頃に、ようやく大人びた姿になる。

 エルフの言う歳が離れているとは、多くは見た目の事を言っている。


「貴方が何処でどう生きていたか。過去に何人ものエルフが貴方の手にかかったのかは知らない。知らないけれど、それでも私はいいと思ってる。私には今の貴方を知っていられるだけで充分、満足しているもの」


 ユミルは椅子に再度腰掛けて、ジャックを見る。


「……もしかすれば、私がお前の親を殺しているのかもしれないのだぞ」


「残念ながら、アタシの親は無事に二人でお墓の中に入っているわ。まあ、父は兵士として参戦していたみたいだけど、ちゃんと村に戻ってきてくれた」


「では、魔物に」


「それもはずれ。父が五年前に流行り病で亡くなって、その翌年に母さんが後を追って天国に行ったわ。私は、依頼に出ずっぱりだったから、それを知ったのは二人が亡くなってからだいぶ時間がたった後だった」


「帰ってやらなかったのか」


「二度とこんな村に帰ってくるもんか、って啖呵をきって出てきたからね。意地になって帰らなかったのよ」


 今に思えば、下らない意地だったと思ってる。ユミルは小さな声で呟いた。


「きっと、貴方は私にこういう人間だって教えてくれたんだと思うけど、じゃあ、今の貴方はどうなの」


「どう、とは」


「アタシやエリスちゃんを殺そうと思った事はある?」


「それは……」


「その頃の貴方は自分を持たない操り人形だったかもしれない。でも、今の貴方は私にはそうは見えない。仏頂面で、無口で、すぐ睨むし、からかえば拗ねる。生意気な人間ではあるけれど、でも、一個の意思を持った、歴とした人間よ」


「……そうか」


 ユミルの言葉に返したのは、いつもの如く、たった三文字の単語一つ。

 だが、その短い言葉の中に含まれているものは、数多の感情が凝縮している。

 数えて全てを言葉に現してもみるが、生憎その正体が何なのか、ジャック自身も判然としなかった。


「まあ、過去の遺恨を許してもらいたいなら、しばらくの間、アタシのお願いを聞いてもらおうかしら」


「なぜそうなる」


「あら、貴方の話を聞いていると、まるで過去の行いを許してもらいたいみたいに聞こえたから。え、もしかして違った」


「違う。私はただ……、その……、何だ。お前が思っているような人間ではない、ということを伝えたかっただけだ」


 ジャックはいかにもな理由を取り繕い、なんとか言葉にしてユミルに伝える。

 だが、彼らしくもない歯切れの悪さが、不格好さを際立たせてしまう。


「……まあ、そうね。自分がこうだと思った人ほど、案外その真逆の性格をしている事の方が多いものね」


 笑いをこらえながら、ユミルは言う。

 珍しく戸惑っているジャックを見れた分、何だか今日は得した気分だ。


「それじゃ、私はもう寝るわ。貴方はどうする」


「朝までここにいる。また魔物がこないとも限らんしな」


「そう。じゃ、おやすみ」


 手をひらひらとふりながら、ユミルはエリスのいる部屋へと向かっていった。


 一人きりとなったジャックは、先ほどと同じように薪を暖炉にくべていく。


 許してもらいたい。

 私が、誰に。

 エルフに。まさか、そんな事があるはずはない。

 許してもらいたいなどと、私が思うはずがない。

 許してもらうなど、どあってはならない。


 だが、なぜだ。

 ユミルにそれを言われた時に、彼の心が揺れ動いた。

 何もなかったはずの空っぽの彼の心の中に何かが湧いては満ち足りていく。


 喜びなのか。

 感謝なのか。

 憎しみなのか。

 悲嘆なのか。


 そのどれもが当てはまるようで、そのどれもが的外れ。

 心にふつふつと湧いて出る奇妙なそれに名を与えようと、語彙を探してたぐり寄せる。


「……許して、もらいたいのか。私は」

 

 ゆらゆらと揺れながら、火の粉を吐いて燃え上がる。

 炎を見つめているジャックの目は、いつにも増してがらんどうの鏡のように炎を映していた。

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