2-13
ジャックとユミルは牧師達と協力し、遺体を運び出す。
エリスはミノスと協力して、遺体を埋める穴をこさえていく。
役割を分担して作業に当たっているうちに、日も西に傾き、気づけば夕日が差し込んでいる。
どれもこれもが腐敗し、家屋の中は腐臭で満ちている。
ネズミやウジによって遺体は食い散らかされ、白骨化し、ハエがそこらじゅうを飛んでいた。
それでも人相がわかるものがあると、ユミルは立ち止まって遺体を見下ろしている。
おそらくはその顔は知っている顔なのだろう。
遺体を見下ろすユミルの目に、涙がたまる。
それを拭うと牧師と協力して運んでいく。
村人の中にはジャックの知る顔もあった。
クルセルと世話をしてくれたエルフの女だ。
クルセルはあの時のまま、ジャックが眠っていたあの家に横たわっていた。
腹を食い破られ、臓物が外に漏れ出ている。
顔は半分は白骨化しているが、残った皮と肉とが、どうにか彼の面影を感じさせた。
女は子供を抱いた状態で死んでいた。
おそらくあの巨大な化け物の持つ剣で、刺し貫かれたようだ。
彼女の腹には巨大な傷跡があり、それが腹に抱えた子供までも貫いている。
痛みに耐えたのか。白骨化した頭蓋の口は硬く閉じられていた。
女と子供を別々に運び出し、穴に埋めていく。
そして、ついにエリスの家にやってきた。
穴を掘っていた彼女も、自宅に向かうとなればついていった。
もうすでに彼女の目には涙が溜まっている。
見る影もなく、ボロボロになった我が家の姿は、さぞ彼女を傷つけたに違いない。
それでも泣き崩れないのは、彼女の覚悟がそうさせていたのだろう。
傾いたドアを開いて中に入る。
家屋の中は、他の家と同様に荒んでいた。
そこら中に飛ぶハエの大群。
物音と人の気配を察知して、ゴキブリやネズミが一目散に巣穴へと退散していく。
エリスの両親は、床扉の近くに倒れていた。
その姿を見つけた時、エリスの感情が爆発した。
牧師やジャックを押しのけて傍に寄り添うと、彼女は泣き出し、残った肉と骨と、薄い衣服に抱きついた。
エルフ語で何事かを言っている。
ジャックには何一つわからない。
ユミルは、目を逸らしながら涙を拭いた。
牧師とユミルに肩を持たれ、エリスはそっと横に退く。
そして運ばれていく両親を追って、自宅を後にした。
炎が夜の闇の中に、轟々と火の手をあげる。
遺体の入った穴の中から、火の手を上がっている。
火の柱は、送り火だ。
彼ら彼女らが天へと登るための、その道筋を照らしてくれている。
ミノスが弔いの言葉を読み上げている。
これが彼らのやり方。人間の葬儀のやり方。
きっとエルフにはエルフなりの、弔い方があったに違いない。
だが、ユミルとエリスは、その様子をじっと眺めていた。
エリスの手が、無意識にジャックの手を掴む。
ジャックはエリスを見下ろすが、彼女は炎を見つめるだけで彼に顔を向けない。
涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃになっている。
悲しみがぶりかえして、思い出とともに彼女の心をかき乱しているのだ。
ジャックはその手を振り払うと、エリスに肩を回して、そっと自分の方へ抱き寄せる。
今度はエリスがジャックの顔を見上げた。
彼もまた立ち上る炎を見つめるばかりで、彼女の方を見ようともしない。
エリスは、ジャックの脇腹に頭をくっつけると、少し、笑った。
ユミルは二人の様子を、微笑ましげに眺めていた。
「これで葬儀は終わりました」
鎮火した穴を土で埋め終えると、そこに十字架と教団の紋章をあしらったブローチをぶら下げる。
そして牧師達はエリスとユミルの元に歩み寄ると、悔やみの言葉とともに、優しい口調で二人を励ましていく。
「二、三聞きたいことがある」
ミノスが一人きりになったところで、ジャックがそう訊ねた。
「何でしょう」
「ここへはどうやってきた。誰かから聞かない限り、こんなところへ用はないはずだ」
「ああ、それならばお答えできます。帝国軍の方から依頼があったのですよ。村々を弔ってくれるようにとね」
「依頼? それは公式なものか」
「ええ。私どもの教会だけでなく、他の宗教団体の方にも依頼をしているようです。帝国軍としても心を痛めていたのでしょう。神のみ使いとして、死者を弔うことも使命の一つです。喜んでお引き受けいたしましたよ」
それならな、一応の説明はつく。
が、それも嘘という可能性もあるが。
「魔法は、どこで習った」
「大学です。そこで魔法学を専攻しておりました。まあ、このご時世己の身と教徒たちの安全を守るためには、武力によって訴えることも必要ですからな」
「神の御使は平和を重んじるんじゃないのか」
「確かに、しかし神の教義は時代とともに変わらなければなりません。神を信奉するあまり、非現実的なことを訴えても仕方ありませんから」
「神の御使らしからぬ言い草だな」
「妄信は神の敵です。神は常々人々とともにあり、また人々ともに変わるものです。私はそう信じておりますし、神の教えとはそういうものだと解釈しているのです」
ちらりとミノスは牧師達に視線をやった。
牧師達はユミルとエリスの元から離れると、村の外へ歩き始める。
「では、私どもはこれで失礼いたします」
「もう行くのか」
「ええ。私どもを待っている村は多くありますからね。まあ、弔いの旅のおかげで教会の方はおざなりになっていますが、これも仕方のないことでありましょう。ではまた、とこかでお会いしましょう」
頭を下げると、ミノスは闇の中へと姿を消した。
「忙しいのね。教会の人って」
いつの間にかユミルが近くに来ていた。
「仕事が立て込んでいるんだろう。それより、お前はエリスと一緒にいなくていいのか。ああしてやったほうが、村の連中も喜ぶだろ」
エリスは一人、かがり火のたかれた十字架の前に佇んでいる。
「いいの。私の役目は村の人たちを弔うこと。彼らに思いをはせるのは、エリスの仕事。まあ、ああしてやりたい気持ちはなくはないけれど、でも、私があれをやってはいけないのよ」
ため息をこぼす。
その吐息がかすかに震えていたことに、ジャックは気づいていた。
「村を省みることもせずに、肝心な時に村にいてやれなかった私が、どうしてみんなに思いを馳せられるのかしら。私が思いをはせるよりも、エリスにやってもらったほうが、みんなも嬉しいはずよ」
「そんなものか」
「そんなものよ、そう、私なんて、そんなものなの」
静かに墓を見つめるユミルの目には、怒りと憎しみとがこびりついている。
魔物達への怨嗟が、彼女の怒りを焚きつけていた。




