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【絶賛改稿中】戦死転生  作者: 小宮山 写勒
第二章 新生活
31/122

2-13

 ジャックとユミルは牧師達と協力し、遺体を運び出す。

 エリスはミノスと協力して、遺体を埋める穴をこさえていく。

 役割を分担して作業に当たっているうちに、日も西に傾き、気づけば夕日が差し込んでいる。


 どれもこれもが腐敗し、家屋の中は腐臭で満ちている。

 ネズミやウジによって遺体は食い散らかされ、白骨化し、ハエがそこらじゅうを飛んでいた。

 それでも人相がわかるものがあると、ユミルは立ち止まって遺体を見下ろしている。

 おそらくはその顔は知っている顔なのだろう。

 遺体を見下ろすユミルの目に、涙がたまる。

 それを拭うと牧師と協力して運んでいく。


 村人の中にはジャックの知る顔もあった。

 クルセルと世話をしてくれたエルフの女だ。

 クルセルはあの時のまま、ジャックが眠っていたあの家に横たわっていた。

 腹を食い破られ、臓物が外に漏れ出ている。

 顔は半分は白骨化しているが、残った皮と肉とが、どうにか彼の面影を感じさせた。


 女は子供を抱いた状態で死んでいた。

 おそらくあの巨大な化け物の持つ剣で、刺し貫かれたようだ。

 彼女の腹には巨大な傷跡があり、それが腹に抱えた子供までも貫いている。

 痛みに耐えたのか。白骨化した頭蓋の口は硬く閉じられていた。


 女と子供を別々に運び出し、穴に埋めていく。


 そして、ついにエリスの家にやってきた。

 穴を掘っていた彼女も、自宅に向かうとなればついていった。

 もうすでに彼女の目には涙が溜まっている。

 見る影もなく、ボロボロになった我が家の姿は、さぞ彼女を傷つけたに違いない。

 それでも泣き崩れないのは、彼女の覚悟がそうさせていたのだろう。


 傾いたドアを開いて中に入る。

 家屋の中は、他の家と同様に荒んでいた。

 そこら中に飛ぶハエの大群。

 物音と人の気配を察知して、ゴキブリやネズミが一目散に巣穴へと退散していく。


 エリスの両親は、床扉の近くに倒れていた。

 その姿を見つけた時、エリスの感情が爆発した。

 牧師やジャックを押しのけて傍に寄り添うと、彼女は泣き出し、残った肉と骨と、薄い衣服に抱きついた。


 エルフ語で何事かを言っている。

 ジャックには何一つわからない。

 ユミルは、目を逸らしながら涙を拭いた。


 牧師とユミルに肩を持たれ、エリスはそっと横に退く。

 そして運ばれていく両親を追って、自宅を後にした。


 炎が夜の闇の中に、轟々と火の手をあげる。

 遺体の入った穴の中から、火の手を上がっている。

 火の柱は、送り火だ。

 彼ら彼女らが天へと登るための、その道筋を照らしてくれている。


 ミノスが弔いの言葉を読み上げている。

 これが彼らのやり方。人間の葬儀のやり方。

 きっとエルフにはエルフなりの、弔い方があったに違いない。

 だが、ユミルとエリスは、その様子をじっと眺めていた。


 エリスの手が、無意識にジャックの手を掴む。

 ジャックはエリスを見下ろすが、彼女は炎を見つめるだけで彼に顔を向けない。

 涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃになっている。

 悲しみがぶりかえして、思い出とともに彼女の心をかき乱しているのだ。


 ジャックはその手を振り払うと、エリスに肩を回して、そっと自分の方へ抱き寄せる。

 今度はエリスがジャックの顔を見上げた。

 彼もまた立ち上る炎を見つめるばかりで、彼女の方を見ようともしない。


 エリスは、ジャックの脇腹に頭をくっつけると、少し、笑った。

 ユミルは二人の様子を、微笑ましげに眺めていた。


「これで葬儀は終わりました」


 鎮火した穴を土で埋め終えると、そこに十字架と教団の紋章をあしらったブローチをぶら下げる。

 そして牧師達はエリスとユミルの元に歩み寄ると、悔やみの言葉とともに、優しい口調で二人を励ましていく。


「二、三聞きたいことがある」


 ミノスが一人きりになったところで、ジャックがそう訊ねた。


「何でしょう」


「ここへはどうやってきた。誰かから聞かない限り、こんなところへ用はないはずだ」


「ああ、それならばお答えできます。帝国軍の方から依頼があったのですよ。村々を弔ってくれるようにとね」


「依頼? それは公式なものか」


「ええ。私どもの教会だけでなく、他の宗教団体の方にも依頼をしているようです。帝国軍としても心を痛めていたのでしょう。神のみ使いとして、死者を弔うことも使命の一つです。喜んでお引き受けいたしましたよ」


 それならな、一応の説明はつく。

 が、それも嘘という可能性もあるが。


「魔法は、どこで習った」


「大学です。そこで魔法学を専攻しておりました。まあ、このご時世己の身と教徒たちの安全を守るためには、武力によって訴えることも必要ですからな」


「神の御使は平和を重んじるんじゃないのか」


「確かに、しかし神の教義は時代とともに変わらなければなりません。神を信奉するあまり、非現実的なことを訴えても仕方ありませんから」


「神の御使らしからぬ言い草だな」


「妄信は神の敵です。神は常々人々とともにあり、また人々ともに変わるものです。私はそう信じておりますし、神の教えとはそういうものだと解釈しているのです」


 ちらりとミノスは牧師達に視線をやった。

 牧師達はユミルとエリスの元から離れると、村の外へ歩き始める。


「では、私どもはこれで失礼いたします」


「もう行くのか」


「ええ。私どもを待っている村は多くありますからね。まあ、弔いの旅のおかげで教会の方はおざなりになっていますが、これも仕方のないことでありましょう。ではまた、とこかでお会いしましょう」


 頭を下げると、ミノスは闇の中へと姿を消した。


「忙しいのね。教会の人って」


 いつの間にかユミルが近くに来ていた。


「仕事が立て込んでいるんだろう。それより、お前はエリスと一緒にいなくていいのか。ああしてやったほうが、村の連中も喜ぶだろ」


 エリスは一人、かがり火のたかれた十字架の前に佇んでいる。

 

「いいの。私の役目は村の人たちを弔うこと。彼らに思いをはせるのは、エリスの仕事。まあ、ああしてやりたい気持ちはなくはないけれど、でも、私があれをやってはいけないのよ」


 ため息をこぼす。

 その吐息がかすかに震えていたことに、ジャックは気づいていた。


「村を省みることもせずに、肝心な時に村にいてやれなかった私が、どうしてみんなに思いを馳せられるのかしら。私が思いをはせるよりも、エリスにやってもらったほうが、みんなも嬉しいはずよ」


「そんなものか」


「そんなものよ、そう、私なんて、そんなものなの」


 静かに墓を見つめるユミルの目には、怒りと憎しみとがこびりついている。

 魔物達への怨嗟が、彼女の怒りを焚きつけていた。

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