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【絶賛改稿中】戦死転生  作者: 小宮山 写勒
第一章 少女と兵士
3/122

1-3

 私が意識を取り戻したとき、目の前には木板の天井が並んでいた。

 どこかの家の中のようだ。ということは寝ぼけた頭でも把握ができる。


 ぱちぱちと薪木がくすぶる音が聞こえてくる。


 私が起き上がると、隣で控えていた何かがびくっと体を反応させる。

 見れば、そいつもまたエルフだった。

 短く切りそろえられた金髪から、長い耳の先が顔を出している。

 緊張と恐怖から、その耳が時折ピクリピクリと震えている。


 エルフは私を見るや否やすくと立ち上がり、慌てるように家を飛び出していった。


 一人取り残された私は、改めて周りを見る。

 丸太を隙間なく並べて作られた壁。

 右手側に暖炉。

 正面にこの建物の入り口。

 左手側には丸い窓があけられている。


 窓から見える空は夕闇に染まり、紫色の雲がわたっていく。

 どうやら気を失ってから、ずいぶんと時間が経ってしまったようだ。


「お目覚めになりましたか」


 一人の老エルフが入り口の向こう側から声をかけてきた。

 その後ろには、先ほどここを駆け出していったエルフが、ひょこりと顔を出している。


(やじり)に塗ってあった毒にあてられたようです。村のものが解毒薬を持っていてよかった。危うく村人の恩人を殺めてしまうところでしたよ」


 自分の身体を見れば、矢が刺さっていた肩口から包帯が巻かれていた。

 私が気を失っている間に治療が施されたようだった。

 老エルフは杖をつきながら家の中へと入り、私の隣へ腰を下ろす。


「私はこの村の長をまかされております、クルセルと申します。この度は村人を助けていただきありがとうございました」


 クルセルは深々と頭を下げた。


「お前、なぜ人間の言葉を使える」


「ああ、それですか。何、昔帝国内で奴隷として働いていたことがありましてな。その時に教え込まれたのです。といっても、もう数百年も前の話ですが」


「奴隷?」


「貴方の歳では話でしか聞いたことがないでしょう。かつてエルフと帝国との間で戦がありましてな。残念ながら私たちエルフの民は敗れ、敗残兵となった我々は杖を奪われ、帝国の奴隷となりました。炭坑、造船所、農園。働かされた場所は様々でした。私の場合は鍬をもって農奴として農場で働いておりました」


 そこまで話して何かを察したのか。

 「あっ」と声を挟む。


「あまりお気になさらないでくださいよ。別に今となって貴方たち人間を恨むということはいたしません。まあ、中には禍根を捨てきれずにいる者達もいますが、それもごくわずかです。今ではこの通り、奴隷となっていた者たちは解放され、自分たちの国で平和に暮らしています」


「戦……」


 魔法と剣が交錯し、血と肉で彩られる戦場。

 人間の絶叫とエルフの言葉が響く荒野。

 クルセルの言葉にふと脳裏にあの光景が浮かび上がってくる

 だがそれがクルセルの言う戦と同じものであるはずはない。


 帝国は飽きることなく近隣の国へ。

 侵攻と侵略という名目のもとに、数々の戦を繰り広げ領土を広げてきた。

 その数えきれない戦の中に、クルセルが兵として戦った戦があっただけだろう。


「その時分の皇帝は、エルフに対して大層な差別意識を持っていましてな。手荒い扱いを受けておりましたよ。確か皇帝は……ドミティウス。そうドミティウス・ノースと言いましてな。我々はあのクソ皇帝目めと、よく罵っておりましたよ」


 クルセルは快活に笑ってみせるが、思っても見なかった名前に私は言葉を無くした。


 ドミティウス・ノース。

 末端の兵士であった私でもその名は耳にこびりついている。

 何せ私が育った孤児院で何度も聞かされ、刷り込まされてきた名前だったのだから。


 訳が分からない。ク

 ルセルの言葉が真であったとするなら、ここはあの戦から数百年の時が経った世界ということだ。

 にわかどころではない。とうてい信じられるものか。


「あの。どうかなさいましたか。顔色がわるいようですが」


「……いや、何でもない」


 私の脳裏に走った動揺は、そう簡単に拭えるものではなかった。

 いぶかしげに首を傾げたクルセルは、私の代わりに言葉を続ける。


「では、私はこれで。何か御用がありましたら、そこの者にお声をかけてください。貴方の身の回りは彼女にやらせますので、何なりとお申し付けくださって結構です」


 それでは。

 クルセルは家を後にする。

 残されたエルフはぺこりと私に頭を下げた。


「お前は言葉がわかるか」


「少し、なら」


 消え入りそうな小さな声で答えた。

 その声色から女であることはわかったが、それ以上のことはわからなかった。


 エルフはこちらに背を向けて暖炉の前に立つ。

 薪木を二、三本、暖炉の中へくべていく。

 火の粉が、薪木がくべられる度にぼうっと暖炉から舞い上がった。

 チラチラと赤い光を上げては消えていく。


「ちょっと、水、汲む」


 エルフの女は玄関に置いてある桶を手に、薄暗がりの村へと出て行った。


 私は暖炉の火を呆然と見つめていた。

 火は組まれた薪木の上に乗った新たな薪木を飲み込み、息を吹き返したかのように燃え盛る。

 

 家の中を暖色と揺らめく陽炎で満たしていく。


 夢。

 そう、これは夢だ。

 死の間際に私の脳みそが生み出した一夜の夢だ。

 これで目を閉じてしまえばちゃんとあの世への旅路につながっている。


 私が戦い散った戦から数百年の時が経った世界、そんな世界にいきなり飛ばされるなど馬鹿馬鹿しいにも程がある。


 今更ながらこんな夢ごときに動揺させられる自分が恥ずかしくなってきた。

 さっさとこの奇妙な夢からあの世へと向かおう。

 私は静かに目を閉じ、亡者の列に加わるべく闇の中へと身体を預けた。

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