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翌日はエリスも連れて出かけることになった。
この日の目的は、新居探しだ。下宿か戸建ての物件か。ジャックの収入を加味して、無理なく払い続けられるところがいい。それに加えて、エルフに対して妙な目を向けないような大家がいると、なお良しとした。
エドワードの知人に不動産屋の人間がいたため、その人間に案内を任せる。エドワードといえば、今日は仕事があるために、ジャックとエリス二人だけである。
エリスは改めて見る街並みに、期待半分不安半分といった様子で、キョロキョロと辺りを見渡しては、ジャックの陰に隠れるようにしている。
一軒めの物件は築年数の長いアパートだ。木造の二階建て。横に長く、そこに八つほどの部屋が入っている。一階の空き部屋に入ってみたが、久しく借りられていないようで、天井には蜘蛛の巣が張り巡らされ、床には雨漏りのせいか、大きなシミが付いている。
雨風をしのげるのであれば、どんなところであろうと構わないジャックに対して、エリスはこの部屋に対してひどい嫌悪感を感じているようだった。彼女の反応を見た不動産屋は、すぐに次の物件へ案内した。
二軒めは流石に先ほどのアパートよりも、築の浅いアパートだ。一階には商店らしき店子が入り、二階三階部分が住居となっている。二階の角部屋に入ってみると、なるほど綺麗な印象を受けた。フローリングはきちんと磨かれ、天井の四隅にもホコリひとつない。
いい物件には違いなく、エリスの反応も良好だった。ここに決めても良かったのだが、一つ問題があった。
ここの大家というのが、一種の差別主義者であり、ことエルフに対してはひどく冷遇の態度を貫いていたのだ。不動産屋がいた手前、目に見えての批判や差別をする訳ではなかったが、エリスに向ける大家の視線は、まるで汚物でもみるかのように、嘲りの感情がありありと見て取れた。
エリスのことを考えて、不動産屋はすぐにそこを引き払った。
それから三軒、四軒といくつかの建物を回ったが、そのどれもが先ほどと似た理由から、借りることは叶わず。ようやくその物件に出会えたのは、昼食を食べて向かった、午後最初の物件だった。
そこは帝都の大通りから枝のように伸びた、細い通りの先にあった。
一階は煉瓦造り、二回は木造という珍しい造りの建物だった。
外階段を上がって、二階へと上がる。それから階段近くの部屋へと案内された。
決して広くない室内には、ベッドとトイレ、簡易的なキッチンが付いている。二軒めのあの建物ほど綺麗さはないが、掃除は行き届いているようだった。
南向きの窓は日当たりが良く、今も陽光を取り入れて部屋が明るく照らし出されている。
家賃も相場のそれよりも安い。大家も不動産屋の話では多種族への偏見は何一つ持っていないようだ。
断る理由はなかった。早速大家に掛け合うために、一階へと降りる。
一階は住居はなく、壁を破って一個の店子が入っていた。居酒屋という態で、カウンターとフロア全体にテーブルと椅子が並べられている。貸し与えているわけではなく、どうやら大家本人が、ここの店を営んでいるらしい。
「大家さん、いらっしゃいますか」
クローズと書かれた玄関を開けて、不動産屋が声をかけた。すると、奥の方から誰かがひょこりと顔を出した。
それは人間ではなかった。リザードマン。蜥蜴人間と称される種族だった。
のそのそと玄関へとやっていて、ジャックとエリスの顔を順々に見つめる。
「入居者か?」
乾いた低い声だった。
「ええ。そうです」
「一月当たり金貨三枚、銀貨十五枚だ。値引きはしない。いやならとっとと帰れ」
咥え葉巻をふかしながら、リザードマンはドアに寄りかかってジャックを見下ろしてくる。
「支払いはいつだ」
「月終わりまでに払ってくれさえすればいい。ツケはなしだ。一日でも遅れれば、すぐにでも追い出す。わかったか」
「覚えておく」
「よろしい。なら好きにしてくれ」
そういうと、踵を返して再びカウンター奥の部屋に入っていった。
のちにディグという名前を知ることになるのだが、この時はただ不愛想なリザードマンという印象しか、覚えなかった。




