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【絶賛改稿中】戦死転生  作者: 小宮山 写勒
第一章 少女と兵士
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1-2

 2365番。それが私の名前だった。

 髪紐で結い上げた黒髪。無骨な顔。鋭い目つきが人を寄せ付けず、私は常に孤独だった。

 そして三十余年の間、2365番として生き続けてきた。

 その最後は、俺の思い描いたものではなかったかもしれないが。


 くるぶしまで伸びた草の葉が風に吹かれて緩やかに揺れ、風の影が草原を駆け抜けて行く。


「ここは……」


 驚きはしなかった。

 だが理解もできなかった。

 荒涼とした大地も、エルフや兵士たちの死体もない。

 その全てが幻だったかのように、消え失せている。


 私の身に着けていた鎧もなくなっていた。

 薄汚れた麻のズボンと黒い下着を着ているだけだ。


 何が起きたのか理解できないうちに、背後から悲鳴が聞こえてきた。


 振り返って見ると、一人の少女が草原を横切っていく姿が見えた。

 必死の形相で、時折背後を見遣っている。

 彼女の視線をたどっていくと、三人の男が走っていた。


 どうやら追い回されているらしい。

 少女は石につまずいて、腹ばいになって倒れた。

 男は少女の頭を鷲掴み、無理矢理に引っ張り上げた。


 少女はジタバタと手足を動かして抵抗した。

 だが、男に殴打されてからピクリとも動かなくなった。


 少女に残された選択は、おおよそ以下の三つに絞られた。


 殺されるか。

 奴隷として売られるか、

 男達の慰み者にされるか。


 女という生き物の価値は、男の金と欲望によってきまる。

 善人も悪人も、女に対する軽薄は扱いという点は、そう大差はないのだ。


 正直に言ってしまえば、別にあの少女がどうなろうと知ったことではなかった。

 てひどい連中に捕まったのだ。運命と思って諦める他ないだろう。


 だが、その愚行を目の前でやられるとなると、話は変わってくる。

 好き好んで見たい訳ではない。

 そんな光景を見せられるより、いっそのこと少女を救ってやった方がいい。

 あの少女のためよりも、私の精神衛生上もっともいい手段だ。


 私は駆け出した。

 走り際に小石を拾い上げ、少女の手を掴んでいる男に投げつける。

 石の(つぶて)は、男のこめかみへと命中した。


 男は痛みにうろたえ、たたらを踏んで数歩後ろへ退く。

 その隙に男の手から少女が解き放たれ、私は少女と男達との間に割って入る。


「何だ、テメェは」


 先ほど(つぶて)を食らわせてやったあの男だ。

 青あざがついた頭部を手で押さえ、怒りに染まった顔は、まるで熟れた林檎のように真っ赤になっている。


 私はその男へと突貫する。

 男は一瞬ひるんだ様子を見せたが、すぐに気を持ち直し、私に斬り掛かってくる。


 右肩を引いて体をひねり、半身になって男の剣を避ける。

 左足を軸に捻りを止めることなく踏み込む。

 裏拳で男の顎を打ち抜く。

 私を射抜いていた男の双眸が白眼をむいて、力なく膝をつき地面へ倒れた。


「この野郎……!」


 怒りに燃える男の仲間が、慢心の力を込めて剣を横薙ぎに振るう。

 地面に落ちている剣を拾い上げ、切っ先を下に向けるように構えて剣を受け止める。


 そして男のうなじに手を回し男の懐へと潜り込む。

 体を引き寄せながら、体重を乗せた膝で男の股間を蹴り抜く。


 柔らかなナニが膝にあたった

 うめき声か、それとも嗚咽か、

 男は声にならない音を唾液とともに吐き出した。


 剣を持ち替え、うめく男の腹へ突き刺す。

 男は懸命に剣を構え、斬りかかろうと腕をあげる。

 しかしその動きはひどく緩慢で弱々しい。


 私は男の腹に刺した剣を少し引き抜き、穴を広げるようにひねりを加える。

 穿たれた穴が広がったところで、再び男の腹に突き刺す。


「あ……かぁ……」


 言葉にもならない声を吐き出し、男の命は潰えた。

 剣を引き抜き、倒れゆく男を横目にしながら、残る男に目を向ける。


 だが、その男に戦意は残っていなかった。

 膝が震え、剣の切っ先も小刻みに揺れている。


「ひ、ひぃぃぃ……!」


 情けない声を上げると、剣を放り捨て踵を返して逃げ去ってしまった。


「逃げたか」


 少女の方を振り返る。

 その姿を見た途端、言葉をのんだ。


 艶のある白く長い髪。

 少し黄みがかった白い肌。

 特徴的な長い耳ときれいに整った相貌。


 そこにいたのはまぎれもない、エルフ族の娘だった。

 ゲホゲホと咳き込みながら、娘は私の顔を見つめていた。


 エルフだ。殺してしまおう。


 私はゆっくりと娘に歩み寄る。

 剣を構え首に狙いを定めた。

 だが、私は剣を振れなかった。

 エルフの娘が突然、私の腕に手を伸ばしてきたからだ。


 腕には先程の戦闘でついた切り傷があった。

 彼女はその傷を心配そうに見つめていた。


 「……離れろ」


 私の言葉は通じていないのか、少女は首をかしげるだけで何の言葉も返ってこない。


 スカートのポケットから布を取り出すと、私の傷口に充てがい止血を施し始めた。

 その行動に私は困惑してしまう。

 そして、その困惑は病的な殺意を鈍らせ、薄くさせていく。


 腕にあてている布を押さえ、髪紐で布を縛り付ける。


 振り払おうともしたが、少女はきっと私をにらんでくる。

 そしてエルフの言葉で何かを言ってきた。

「動くな」とでも言っているのだろう。

 聞く義理などなかったが、どれほど拒んでも彼女が治療の手を止めることはない。


 いかにして少女の行動を止めようか。

 そう考えていた時、背後から風切り音が聞こえてきた。


 そして何かが肩に当たった。

 正確には突き刺さったのだ。

 見るとそれは一本の矢だった。


 その途端、私の体に痛みが走り出る。

 じわりと肩から血が滲み、みるみると赤く染まっていく。


 ぐるりと背後を見渡すと、射手を見つけた。

 私のいる所から遠くはなれた木陰の下、一人のエルフが私に狙いを定め、矢をつがえている。


 少女はエルフに気がつくと、私の前に立ちはだかり両手を広げてみせた。


 エルフが少女に向かって何か叫んでいる。


「邪魔だ、そこをどけ」とでも言っているのだろう。


 少女は首を振り、かたくな拒んでみせる。そして、叫び返す。


 何度かのやり取りのあと、エルフが弓をおろした。

 どうやら少女の訴えが通じたようだ。

 彼女は私の顔を見て、にかっとはにかんでくる。


「これで大丈夫」、そう言いたげだった。


 少女は私の手を引き、私を射ったエルフのもとへと歩いていく。


 生き残った悪漢をどうするか。

 判断を迷っているうちに、少女に手を引かれていってしまう。

 

 私は少女につれられるまま、一歩足を踏み出す。

 それだけのことなのだが、その一歩が妙に重く感じた。

 気のせいだと思いもう一歩踏み出すが、今度はさらに重くなった。

 息が苦しくなり、脂汗がにじみ出てくる。

 少女も私の様子に気がつき心配そうな目で見ている。


 平気な顔を取り繕う余裕もなく、私はとうとう膝をつき地面へ倒れふせてしまう。

 そうか、あのエルフめ。矢に毒を塗っていたか。

 卑怯で忌々しいエルフの常套手段だ。

 この戦法によって多くの同僚を失い、いっとき私もその毒に当てられた。


 幸いその時は解毒剤を用意していたが、残念なことに今は手元にはない。


 体がしびれて思うように動かない。

 少女は金切り声のような、耳障りな叫び声をあげている。

 かのエルフを呼び寄せているようだ。


 やかましいと言ってやりたいが、それも伝わることはないだろう。

 プツリと途切れる意識の中で、少女の声が、耳の底に張り付いていた。

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