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【絶賛改稿中】戦死転生  作者: 小宮山 写勒
第一章 少女と兵士
17/122

1-17

 ドアの正面には廊下が伸びていて、両側には二階につながる階段がある。


「少しここで待っていてくれ。今家内を呼んでくる」


 その場にジャックとエリスを残して、エドワードは階段を上っていく。そして二階の廊下を進み、曲がり角に消えていった。


 数分後、エドワードは女を連れて戻ってきた。


 鮮やかな深緑のドレスを身につけて、肩に赤毛の髪を流している。鼻筋のすっと通った顔立ちで、透き通った青い目が理知的な印象を与えてくる。


「家内のシャーリーだ」


「初めまして、ローウェンさん」


 シャーリーが手を差し出してくる。ジャックはその手を握る。柔らかい腕だ。タコも豆もない。剣も弓もまるで扱ったことがなさそうな、荒事を知らない手だった。


「君が、エリスちゃんね」


 そういうと、エリスに目線を合わせるように、シャーリーは膝を折る。

 だが人見知りの気があるエリスは、さっとジャックの背後に隠れて、彼女と視線を合わそうとはしない。


「ふん。まだ距離を詰めるには、ちょっとかかりそうね」


「お前じゃないんだ。すぐに人と仲良くなれるとは限らないさ」


「それもそうね。……あまり緊張しないでね。ここにいる間は、貴女の好きなように過ごしてくれればいいからね」


「……わかった」


 エリスは言った。それはエルフの言葉ではなく、人間の言葉だった。


「この子、私たちの言葉が話せるの」


「ああ。兵士たちが熱心に教えた結果でな。だが、まだまだ発展途上なんだ。話すときは、ゆっくり、はっきりしゃべってやってくれ」


 長い旅路はエリスが言葉を学ぶのに、大変有効な時間だった。難解な言葉でなければきちんと理解して、返事を返すことができる。演説家や講演家のような饒舌さはないが、それでも日常的なコミュニケーションであれば、充分にできるようになっている。


「へえ、すごいわね」


 シャーリーはおもむろにエリスの頭に手を伸ばす。瞬間、エリスの体は硬直した。けれどシャーリーは優しくエリスの頭を撫でただけで、エリスの身構える必要は何一つなかった。


 その時だ。背後のドアが突然開いた。

 目を向けると、そこには一人の子供が立っていた。赤毛の髪。そばかすのできた顔はあどけなさがある。背格好で言えば、エリスと同等か、少しだけ高いように見える。


「おかえり。アリッサ」


 アリッサ。その娘の名前のようだ。


「ああ、父さん。帰ってたんだ」


「なんだ。久しぶりの再会なのに、ずいぶんそっけないじゃないか」


「父さんが家を空けるなんて、今に始まったことじゃないでしょ。父さんは大げさすぎるのよ」


「久しぶりに娘とあったんだ。これが嬉しくない父親がいるものか」


「そういうのが大げさって言っているのよ。ほんと、キライ」


 反抗的な娘の態度に、エドワードは肩をすくめる。ご覧の通り、生意気な娘だ。そう目で訴えかけてくるが、ジャックにはどうでもいいことだった。


「誰、この人」


「父さんの友人で、ジャック・ローウェンさんよ。ほら、アリッサも挨拶なさい」


 シャーリーに促され、「どうも」とそっけない挨拶をする。ジャックの顔から視線を滑らせて、エリスを見つけた途端、アリッサの体が硬直した。


「……エルフが、なんでここにいるの?」


「ああ、そうだ」


 エドワードが言い終える前に、アリッサーはエリスに歩み寄り、じっと彼女の顔を見つめる。


「すごい……本物だ。本物のエルフだ!」


 途端歓喜の笑みを浮かべると、エリスの体をひしと抱き寄せて、ぴょんぴょんと小さく飛び跳ねた。

 あまりに突然のことに理解が追いつかず、エリスは途方に暮れてジャックに視線を投げる。だが投げられたとて、どうすることもできない。ひとまずは、アリッサのなすがままを見守る他になかった。


「アリッサ。エリスちゃんが驚いているでしょう」


 シャーリーにたしなめられ、はっと我に帰ったアリサは、腕を解いてエリスを解放する。


「あ、ごめん。驚かせちゃったわね」


「大丈夫、平気」


「嘘、人間の言葉がわかるの?」


「うん、ちょっと、だけ」


「すごい、すごいじゃない! 貴女!」


 再びの歓喜。アリッサはまた エリスに抱きつこうとするが、それをシャーリーが踏みとどめた。


「はい、そこまで。アリッサ、ちょうどいい時に帰ってきたわね。今から夕飯の支度をするから、手伝ってちょうだい」


「はーい」


「それと、エリスちゃん」


「は、はい」


「貴女もよかったら手伝ってくれるかしら。手が増えると料理もはかどるから」


 どう? 笑顔を浮かべながら、シャーリーはエリスに問いかける。エリスはうつむいた後、ジャックの顔を見上げる。判断を仰いでいるようだった。


「好きにするといい」


 その言葉がエリスに効いたのかは分からない。だが、エリスはシャーリーに頷いてみせた。


「そう。ありがとう。じゃあ、ついてきて」


 シャーリーはエリスの手を取り、歩き始める。


「ああ、待ってよ」


「貴女はさっさと荷物を置いてきなさい」


「わかった。わかったから、ちょっと待ってて」


 アリッサは一目散に階段を駆け上がり、右奥の扉を勢いよく開けて中に入った。


「俺たちは書斎にいるから、用意ができたら呼んでくれ」


「ええ。ローウェンさん、どうぞ、我が家と思ってくつろいでいてくださいね」


 ぺこりと頭を下げ、シャーリーはエリスを連れて奥の部屋へ消えていった。

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