1-14
「これは一体どういう事だ!?」
ある日の昼下がり。穏やかな一時を切り裂くように、怒号が響き渡った。
帝国の首都。元老院に設けられたとある一室がある。部屋の左右には書棚が所狭しに並べられている。その中にしまわれているのは元老院で行われてきた会議を記録した議事録だ。何十、何百もの回数行われてきた会議は、ここの資料を見ればいつでも紐解く事が出来る。
資料室といっても過言ではない一室であるが、ここを仕事場としている男がいる。その男は部屋の最奥にある席に座り、机の上に広げられた書類を目に通して怒号を上げていた。
ロイ・アダム・コンラット。
帝国議会の議員の一人であり、議会書記官と議会議長代理を兼任して勤めている男だ。歳は五十を跨ぎ、年相応に刻まれたシワ、金髪の髪を邪魔にならないよう後頭部で縛り、愛用の片眼鏡をかけている。普段ならば理知的な光を宿している金色の瞳は、目の前に立つ男を鋭く睨みつけている。
「どういう事も何も。全部そこに書いてある通りだ。何度も言っているだろう」
アーサー・エイデン・コンラット。
ロイの従兄弟であり、ロイと同じく帝国内での職務に従事している。歳はロイよりも少し若く48ほど。白髪の短い髪に黒の目つき。顎には切りそろえた白い髭を生やしている。
アーサーはロイのような文官ではなく武官。本来なら議会になど姿を現すはずのない人間なのだが、彼がここにいる理由はロイの机に広がる書類にあった。
それは山と積まれた料金納入の催促状だ。宛名はロイ・アダム・コンラット。勿論、それだけならばロイがアーサーを怒鳴ったりなどするはずがない。
「どうして貴様に対しての催促状が私のもとに届くのかを聞いているんだ。しかも、どれもこれも花街の店ばかりではないか!」
『誘惑の都』。『女神城』。『淫火』……。
娼館、酒屋などなど。帝都でも名のある店からの催促状だった。しかも、その料金がどれも馬鹿にならないものばかり。全部を足せば軽く屋敷を一つ二つは建てられる。
「だから、そこに書いてあるのがアンタの名前だからだろ。そんなに通ってるとは、随分お盛んな事で」
「貴様がそう書いたんだろうが!」
ロイの顔はすっかり真っ赤になっている。気恥ずかしさからなのかアーサーの挑発による物なのか。おそらくは、その両方だ。
「何をそんなに恥じる事がある。男なら誰しも人肌が恋しくなる事がなるのは仕方がないし、俺だって理解できるさ。それを、ただメンツがたたねぇってだけで人のせいにするなよ」
なおも態度を変えないアーサーを見て、ロイの怒りがさらに燃え上がる。が、腹を立てるだけでは一向に話しが進まない。深呼吸を一つはさみ、一旦気分を落ち着かせてからロイは口を開く。
「お前が花街に行く時には随分羽振りがよくなる事も、支払いは私の名を使ってツケていることも、もうとっくに調べが付いているんだ。それに、これで何回目だと思っている。5回目だぞ、5回目。いい加減貴様自身で払え」
さすがにばつが悪いのか。アーサーは肩をすくめながら、ひらひらと手を振ふる。
「……はあ、分かったよ。降参だ」
「全く、いつまでも私が甘やかすと思ったら大間違いだ」
「いいじゃないか。俺よりお前の方が給料はいくらかいいんだ。ちょっとくらいお恵みをくれたって」
「ふざけるのもいい加減にしろ。だいたいな、その態度を直せと何度言えば分かる。お前は昔からそうだ。私がいつも口を酸っぱく言っているようにだな……」
「公私混同はせず自らを律し職務に当たれ、だろ。別に今はいいじゃないか。ここには俺とお前しかいないんだし」
「だから、その態度を直せと言っているんだ」
ロイがなおも言葉を続けようとすると、それを見計らったように入り口の扉からノックが聞こえた。ロイの代わりにアーサーが入るよう促す。
「失礼します」
その声の後、扉はゆっくりと開かれ一人の兵士が入室してきた。
「どうした」
「はっ。先ほどドレーク騎士団が帰還いたしました。これからエドワード・ブラウン団長が報告にあがると思います。ですので、お話の途中申し訳ありませんが、大佐には一度本部へお戻りいただこうと思いまして」
「おお。そうだな、そのほうがいい。さて、ではコンラット書記官殿。不肖このアーサー、これより己の勤めを全うしたく、勝手ながらここでおいとまさせていただきます」
仰々しくかかとを鳴らして揃え、ロイに向けてアーサーは敬礼をする。そして、そそくさと踵を返して兵士の横を通り抜ける。
「ああ、そうだ。書記官殿、どうかご安心を。貴方様の趣味を口外しようなどとは一つも思っていませんので。ですが、たまっていらっしゃるのなら、どうかご結婚を考えてみてはいかがかと」
「アーサー!!」
とうとうロイの怒りは沸点を超え、先ほどとは比べるもない怒号が部屋を揺らした。




