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撤退

 いくつもの足音が重なり、巨大な物音が城の空間を揺らす。たくさんの死を引き連れて。多くの不安と恐怖を引き連れて。魔物の軍勢が城の門を潜ってくる。もはや一刻の猶予もない。先に議員の部屋へと戻ってきたユミルは、ガブリエルの屋敷へと続く扉の前で待機をしていた。


 議員は相変わらずベッドの上で気絶している。今は放置しているが、もし目を覚ました時にはその喉に矢を突き立ててやればいいと、ある種楽観的に考えていた。


 扉の中へは冒険者と狩人、それにエルフが次々に入っていく。比較的傷が浅く、未だ戦う意欲の残る狩人はユミルとともに周囲への警戒。特に城の廊下へと続く扉から顔を覗かせて外を警戒する。魔物は未だ来ない。


 だが、足音は確かに聞こえてくる。いつ廊下からあの下卑(げび)た魔物どもが顔を出し、ユミルたちに襲いかかってくるかどうか。頭は冷えついて思考を巡らせるだけの余裕はあるが、ユミルの心臓は早鐘を打っている。


 ふといくつもの足音が廊下から聞こえてきた。二人の狩人が扉の影より外を見る。ユミルは弓を構え、廊下側へ構える。しかし、狩人たちが安心したようにそっと胸を撫でおろしたのをみて、ユミルも少し警戒を解いた。


 廊下より現れたのは兵士とエルフを連れたエドワードだった。早足で隊員たちを部屋の中に招き入れ、次々に大学への扉をくぐらせていく。


 「ロドリックは、どうしたの」


 エドワードの他の面々に目をやっていたユミルは、すぐにロドリックがいないことに気がつく。それだけではない。兵士やエルフの頭数も先ほどあった時よりも減っている。魔物たちに襲われ人員を失ったかとも取れたが、それにしても怪我をしているようにも見えない。


 「村長殿を呼びに謁見の間に向かった。何人かエルフと兵士をつけさせたが、そう時間はかからないとは思う」


 「……そう」


 なるほどそういうことか。とユミルは得心がいった。


 けれど、無駄なことをさせてしまったものだ。という後悔と呆れを混ぜた気持ちがこみ上げてくる。聞かれなかったから答えなかった。と言い訳をつくことはできるが、謁見の間を出てきたユミルたちの中に村長がいなかったことを不審に思わないはずはない。ましてや村の出身であるロドリックが気づかないわけもなかった。


 しかし、ロドリックの要望は村長に聞き入れられないだろう。と何とは無しにユミルは考えていた。彼女の目に移る村長は、頑固そのもの。自分の意見を曲げることはない。無理矢理にでも押し通すようなエルフだ。さらにそこに老獪さを付け加えてあるのだから、面倒この上ない。そんな村長がロドリックの要望をそっくりそのまま受けれることはまずないだろう。突っぱねるか。鼻から聞く耳をもたないかだ。


 エドワードは部下たちを先に大学への廊下を進ませ、本人はユミルとともに部屋の警備に当たる。


 すると、エドワードの言葉通りロドリックが城の廊下をひた走り、ユミルたちのいる部屋に入ってきた。急いできたのだろう。額には汗を滲ませている。ロドリックの他エルフや兵士たちも次々に部屋へと入ってきたが、しかし、村長の姿はなかった。ロドリックにわざわざ聞く必要もない。彼は落胆してはいるが、納得しているようでもあった。


 「……村長は来ない」


 ユミルの横を通る間際、ロドリックはぽつりと漏らした。彼はユミルの返事を待つことなくロドリックは大学への帰途についてしまう。ロドリックの背中をユミルはじっと追っていく。寂しそうに、それに少しばかり歳をとってしまったみたいに小さく丸まっている。


 その背中が暗闇の中に消えていったのを見れば、すぐに視線をきった。

 物音は一層大きくなり、地響きのような重低音が城を揺らす。最後の兵士が扉の中へと入ったのを確認すると狩人、エドワード、そしてユミルが大学へと続く廊下を進んでいく。


 扉を閉めてしまおうと、ユミルがノブに手をかける。すると、ベッドの上で寝そべっていたはずの名も知らぬ議員がやおらに体を起こしてきた。ドアの隙間からそっと様子を見ていたが、気づかれる前にユミルはそっと扉を閉めた。







 扉が勝手に閉まったと思えば、何が起きたか城の中がいつにも増して騒がしい。自分が眠っている間に何があったのか、まるで把握できない。ベッドから身を起こして見れば、随分顔が痛い。しかし、その痛みの甲斐あって、己の身に何が起きたのかは思い出すことができた。


 「……衛兵を呼ばなくては」


 あの見覚えのない悪漢に襲撃され、自分は気絶させられたのだ。部屋の中を確かめて見たが、幸い金品などには手をつけられていない。胸をなでおろすが、それもつかの間、部屋を出て衛兵の姿を探すことにした。


 悪漢たちが入ってきた扉はいつも、自分が貴族の友人か妻の待つ実家へと続いている場所だ。そこから来たということは、貴族の家か、もしくは実家の方からやって来たに違いない。妻も友人も心配だった。もしも襲われて命までもが危険にさらされていたのだとしたら、そう考えるといやに胸が騒ぐ。


 扉のノブに手をかけると、どういうわけか扉が勝手に引き開かれた。運のいいことに兵が訪ねて来たのかと思ったが、そうではないことはすぐにわかった。


 自分を押し倒す無数の何か。自分は立ち抗うことができず後方へと倒れてしまった。背中をしたたかに打ち付けるが、目の前に広がった光景に思わずいきを飲んだ。


 そこにいたのは、体を緑色の体色に染まり上がった小鬼(ゴブリン)たちだった。なぜこの場にこの魔物たちがいるのか、全くわからない。ドミティウス様が連れて来たということは聞き及んでいたが、その者達がなぜ自分を押し倒しているのか理解できない。


 「そ、そこを、どけ!?」


 理解できない恐怖が眼前に広がり、思わず声が裏返る。自分の不甲斐なさを心の中で恨むが、その余裕をも食らうように恐怖が湧き上がってくる。

 ゴブリン達は自分を嘲笑い、意味のわからない言葉を口にする。魔物達だけに通じる言葉なのだろうが、呆然とその言葉の群れを耳入れていると、同意わけか手に持った棍棒を振り上げはじめたのだ。


 「な……!?ま、まて……」


 自分の静止の声はいくつもの殴打音によって打ち消される。痛みをこらえるなど無理な話だ。全身全霊、加減を知らない魔物達の殴打の雨は止まない。腕も顔も胸も足も。体全てに棍棒が振り下ろされる。


 意識がつながっている間、痛みは自分を苦しめ続ける。もうやめてくれ。薄れゆく意識の中で、自分はそう願わないでいられなかった。


 腫れ上がる瞼をそっと開き、虚ろなまなこで魔物達を見る。自分の双眸へと振り下ろされる棍棒を最後に、自分の意識は痛みの中へと沈んでいった。

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