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旅の間は、これからの行動を考える上で、絶好の時間を提供してくれた。金をもらった後の事。とりわけ帝都より先に伸びる己の人生について、ジャックは考えていた。住む場所。仕事。装備や雑貨、薬の調達。エドワードからもらう報酬がいかほどか。それによっても今後の方針は変わってくるだろう。
空が夕暮れから、紫色の空に移り変わる。拓けた平地を見つけて、今日の野営の準備に取り掛かる。
天幕の準備、食料の調達に兵たちは振り分けられ、任された仕事をこなしていく。天幕の設営には手慣れたもので、ものの二十分ほどで十棟の天幕が平地に並んだ。
森で捉えた鹿をさばき、支給される雑穀のパンを手にして、焚き火を囲んでの食事となる。
夕闇が訪れ、あたりは一層暗くなる。
肉とパンを持ち込み、その夜は天幕での食事会となった。参加者はジャック、エリス、それとエルフ語を扱える兵士。皆めいめいに料理を口へ運ぶ。だが、一人だけ食事に手をつけないものがいた。エリスだ。
彼女は兵士の肩をたたくと、ひそひそと耳元へ何かを喋る。兵士は少し意外そうな顔をしたが、一つ頷いてジャックに顔を向けた。
「この子が、自分のことを買って欲しいと、言っています」
手が止まった。兵士の顔を見て、エリスの顔を見る。
彼女がまた、兵士の耳に口を近付ける。
「あなたに言われた通りに、自分の身の振り方をいろいろと考えてみた。そして」
「話が見えないな。どうしてその選択にたどり着く。孤児院にいた方が、よっぽどいいだろうが」
「それも考えた。だけど、エルフが人間と暮らすのは難しいと思う。人間は十年、二十年と経てば大人になる。けど、エルフは十年、二十年たってもそこまで変わるわけじゃない。私が大人になった時に、孤児院がなくなっている可能性もある」
「そうかもしれないが」
「それに、孤児院に押し込められたんじゃ、村のみんなを弔うことも難しい。生き残ったのは私しかいない。村のみんなを弔うのは、父と母を弔うのは、もう私しかいない」
エリスは俯く。太ももに置かれた手は空気を固く握りしめる、
「だからといって、私がお前を買う必要がどこにある。孤児院がいやならば、お前が自力で稼ぐしかない」
「それもそうだ。けれど、私一人ではどうすることもできない。エルフの小娘が一人がいたら、さらわれて売られるだけ。それくらいのことは、私にもわかる」
「だから、俺に買われる方がいいと」
「身も知りもしない人に預けられるより、よっぽどマシ」
「それはどうかわからんぞ。お前を預かった次の日に、奴隷商に売り払うかもしれない」
「私を助けてくれた人が、そんなことをするはずがない」
ちらりとエリスの顔を見る。彼女はまっすぐに視線を見つめている。まるで俺のことを全て知り尽くしているように、その目は確信に満ちていて、疑念なんてものは一つもなかった。
「助けた、とは? どういうことですか」
兵士自身の言葉だ。不可解そうに眉根をひそめている。
「気にするな」
これ以上エリスの戯言を聞いてはいられない。幸い、料理という言い訳があった。
「追加の肉を持ってくる。そいつの面倒を、少しみていてくれ」
そう言って立ち上がり、ジャックは天幕を後にする。エリスの、期待と不安のないまぜになった視線が、彼の背中にずっと注がれていることも気づかずに。




