加勢
「ごちゃごちゃウルセェんだよ。このタコ」
その声とともにジャックの後方から雷がほとばしる。向かう先には今まさに杖を振らんとするドミティウスの腕だ。しかし、ドミティウスは再びその場から姿を消し、玉座の前に移動してしまう。そのため放たれた雷は無人の虚空を貫き、そして壁に当たって霧散した。
「……邪魔をするとは、随分と行儀の悪い耳長だ」
「そういう性分なんだ。気にするな」
微笑みながら言うドミティウスに対して、薄ら笑いを浮かべながら答える村長。しかしどちらも目は一切笑っていない。ドミティウスに至っては、色を失い、ただ殺意ばかりがその目に宿っている。
「私の言葉は聞こえていなかったのか。私と言葉を交わすことを許したのは、そこにいる孤児だけだと言ったはずだ」
「んなこと言いながら。俺と口を利いてるじゃねぇか。何を寝ぼけたことを言ってやがる。バカか、テメェ。それとも小娘ごときの脳みそではそんなことの分からねぇか」
「安い挑発だな」
「挑発なんかじゃねぇさ。ただただ素直に感想を言ってるだけだ。んなことも分らねぇとは、そのたいそうな耳はどうやら腐ってるらしいや」
村長は自分の耳を変わりながら、小馬鹿するような口調を続ける。
「それにな。俺はテメェんとこの種族の民じゃねぇし、なってやった覚えもねぇ。そもそも、テメェに従ういわれはねえんだよ。それにな、これから俺たちの種族を滅ぼそうって奴の言葉を、はいそうですかって素直に聞くと思うか?バーカ。偉そうにベラベラとのたまいやがって。うるさいったらありゃしねぇ。猿の大将でもそんな口うるさくねぇってんだ」
「どうやら今すぐ殺されたいらしいな」
「来んのか。いいぞ、ほらこいよ」
腕組みをして悠々と村長は待ち構える。
村長のその太々しい態度がドミティウスの琴線をより刺激する。
ドミティウスの姿が一瞬にして見えなくなる。
「……」
エルフ語で村長が何かをつぶやく。すると村長の周囲にいたエルフ達が一斉に杖を構え村長の前方に先端を向ける。
そしてドミティウスの姿が村長の前に現れた瞬間、幾つもの魔法がドミティウスへと殺到した。これにはドミティウスも慌てた様子で、すぐに横へと移動して数多の魔法を回避する。
しかし、ドミティウスが背後へと飛び退いたおかげで、数多の魔法は玉座近くに立っていた貴族、議員たちへと襲いかかる。エルフたちの攻撃をいち早く退避したロイは無事に難を逃れたが、他の貴族と議員たちは守る手段もなく血と肉で玉座を彩る。
脂ぎった舌は炎でよく燃え、肥えた体を風で細切れに。雷と氷が逃げる議員たちの背中を貫き、また次々と魔法によって命を散らしていく。そしてようやく収まった頃には、玉座周辺には人間だった肉塊ばかりが転がっていた。
「おしいな。あと少しだったんだが」
せせら笑いながら、村長は言う。
「あいつを殺すな。まだ用がある」
村長の後ろからジャックが苦言を呈する。あいつ、とはドミティウスを指している。
「殺しゃしねぇさ。腕の一本や足の一本もぎ取ってやるだけにしてやる。俺たちだって同族殺しはしたかねぇし、あのクソ皇帝に操られているってなれば、尚更だ」
「……気づいていたのか」
「『魂移し』だろ。そりゃ気づくさ。なんせウチの爺さんが使ってた術だからな。うちに仲間を連れてきて、よく体を取り替えっこして遊んでやがった。まったく趣味の悪い爺さんだったよ。死ぬ間際になってばぁさんと体を入れ替えて自分の葬式をながめて楽しんでたくらいだからな」
肩をすくめながら村長は言葉を続ける。
「ただ、まあ間違って頭とか体に魔法がぶち当たっちまった時は、運が悪かったと思ってくれ」
「そんなバカなことを……」
「うるせぇな。黙ってねぇとテメェから先にブチ抜くぞ」
そう言うと村長は杖をジャックの首に当てる。顎を上向かれながらも、ジャックは眼光鋭く村長を見つめている。村長はそんなジャックを鼻で笑い、杖を下ろしてドミティウスに向ける。その間にも他のエルフ達は間髪入れずに魔法をドミティウスに向けて放っている。手や足だけを狙ってならばまだしも、エルフ達の魔法は手足など構わずにドミティウスのあらゆる部位を目標に放たれていく。
だが、いずれの魔法もドミティウスには当たらない。前後左右に飛び遊び避けられる。しかし攻撃の一手に転じることができないために、その表情は苦々しく歪んでいる。エルフの攻勢一方であるという一点だけをみれば、有利この上ない。だが、ドミティウスがこのまま何もせずにただ避け続けるだけで済ますはずもない。
「耳長風情にこうもしてやられるとは……。私も随分落ちぶれたものだ」
ドミティウスはぽつりと呟く。呟くぐらいにはまだ余裕があるらしい。
「遠慮することはねぇぞ。たんと喰らってくれ」
ドミティウスのへらず口を塞ぐため、村長の指令によってエルフたちの攻撃はより激しさを増していく。謁見の間の壁にはいたるところに穴が空き、柱ももはや原型をとどめていない。ひび割れ、崩れ。破片が床に散乱していく。
またどこに逃げても当たるように、魔法は点ではなく面。広範囲にばらまくように綿密に放たれる。そして一発の氷の礫がついにドミティウスの体を捉える。ちょうど避けた場所に礫が到着していたことのだ。
礫はドミティウスの脇腹をかすめ、その柔らかな肉を貫く。ドミティウスは鎧など身につけず、黒の長衣に毛皮のついた羽織をまとっているだけだ。攻撃なぞ当たるはずもないと踏んでいたのだろうが、その油断が大きな誤算を招く結果となった。
痛みによってドミティウスの足が一瞬だけ止まる。そこへ待ったなしに魔法が襲いかかる。動かなければ死。これほど明確で分かりやすいものはない。
しかしドミティウスは動かない。ただ手のひらをエルフたちに広げる姿を最後に、魔法の嵐の中に入ってしまう。
石柱が破壊されることによって埃と一緒に破砕煙が舞い上がる。
死んだか否かなどは構わない。煙で敵の姿が見えずとも構わずに魔法を放ち続ける。みるみると煙が濃くなり、あたりを覆っていく。
村長がおもむろに手を挙げると、エルフたちは魔法による攻撃を止める。鎮まり変える空間にパラパラと落下する破片の音が響く。全く手加減をしない、容赦のない攻撃にジャックとユミルは違う理由で動悸を激しくしている。
煙が晴れた時、そこには確かにドミティウスが立っていた。身体中に傷を作っているが、そのどれもは手足につくられたものばかりで、致命傷には至っていない。ドミティウスの無事よりも、エリスの体が五体満足であることへの安堵がジャックの脳裏に浮かぶ。そしてドミティウスの手のひらには浮かび上がる得体の知れない黒い球体に、安堵と同様の緊張が走った。
「……いやはや、流石に肝を冷やしたぞ」
不敵に頬を歪めてドミティウスはいう。
「……孤児よ。安心しろ。この娘はまだ生きておるぞ」
誇るようにドミティウスはジャックに向けて言い放つ。
「おいおい……、どんな手品を使いやがった」
狩人の一人が言った。驚愕と恐れを含んだその言葉は、事情を知らぬ誰もの脳裏に浮かんでいた言葉であろう。
「……耳長ならば、この球体の意味がわかるだろう。なにせ貴様らの術なのだから」
「……!」
ドミティウスの言葉が言い終わるや否や、村長が荒げたエルフ語でエルフたちに指令を飛ばす。
エルフたちは杖を縦に構えて詠唱をする。すると、杖の目の前に薄い膜のようなものが広がっていく。しかし、それが終わるのを待たずして、ドミティウスの手のひらに浮かんでいた球体が膨張し、爆ぜた。そして、その中から放たれた色とりどりの光がジャックたちの方へと飛来してきた。




