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謁見

 謁見の間に立ちふさがる幾多の兵士たち。雁首(がんくび)そろえて待ち構える彼らの顔には緊張と殺意が入り混じっている。兵士たちが待ち受ける相手は廊下の奥より爆音を響かせながら近づいてくる侵入者どもだ。

 やがてその音はみるみると大きくなり、ついにはすぐそこにまで来た。


 警戒は高まる一方だが、その警戒が廊下の奥より飛んできた物体によって一瞬解かれる。

 兵士たちの中へと投げ込まれたそれは、鎧を身につけた一人の兵士の死体だった。


 腹部は陥没し、四肢がひしゃげた死体はまちぶせる兵士たちの視線を一気に引きつける。無残な仲間の亡骸を見てえずく兵士も中にはいたが、ほとんどの兵士たちは仲間の死に怒りを燃やした。

 そして、彼らは死体が飛ばされてきた廊下を見る。仇敵がいるであろう場所に。しかし、彼らの目に映ったものは仇敵の姿ではなく、廊下を埋めつくさんばかりの色鮮やかにきらめく紅の光であった。


 その光がなんなのか。すぐに理解ができた。光る何かは魔力によって作られたものであり、その光達は自分達を殺すのに十分な威力を持つ魔法なのだと。


 だが、気付いた時には全て遅い。逃げ出す時間はもはやない。いくつもの光は死を伴って謁見の前で待ち構えていた兵士たちに降り注ぐ。鎧ごと体を燃やし、焦がす。痛みに叫びを挙げれば炎は口内に侵入し、食道をさらには内臓をも焼いていく。逃げ場を求めて前へと進み出れば、そこに待っているのは弓矢の嵐。動くものすべてに矢がいかけられる。


 情けも容赦もなく。ただ動くものには平等に死が与えられる。待ち伏せも意味をなさず、ただ動かぬ死体ばかりが謁見の間の扉の前に積み重なっていく。


 燃え盛る炎を風の魔法によって消し止めれば、残ったものは消し炭になった髑髏ばかり。

 死体の山をジャック達は進み、謁見の間へと続く大扉の前にきた。

 ジャックは両手を扉にあて、押しあける。重々しい音を立てながら扉は奥へと開いていく。


 扉の先には広々とした空間が広がっている。扉からまっすぐに伸びる赤い絨毯の先には玉座がある。黒々とした黒曜石で作られた玉座にふてぶてしく腰掛ける一人の少女。いや、実際は少女の皮を被った皇帝がいる。玉座の周りには皇帝の取り巻き達が立っているが、その表情は硬く緊張が張り付いている。

 周囲に注意を払いながら、ジャック達は謁見の間へと足を踏み入れる。


 謁見の間には近衛兵の姿はなく武装した人間もいない。闘争の()の字も知らなそうな肥えた人間達とドミティウスがいるばかりだった。しかし、この場においてジャックとユミルだけは警戒とは違う感慨を浮かべていた。そして、エリスの皮を被ったドミティウスはそんな二人に視線を向けていた。


 「随分と時間がかかったな。待ちくたびれてしまったぞ」


 不敵な笑みを浮かべ、ドミティウスは言う。


 「……その娘を返してもらおう」


 「まだこの娘に執心しているのか。この容れ物ごと私を殺せば簡単であろう」


 「お前の帰るべき場所に、その娘は必要ない」


 「こやつはもはや私と一心同体。一体どうして切り離すことができようか。私が生きる限りこやつも私とともにあり、私が死ねばこやつもろとも腐るだけだ。なぜそんな簡単な道理も理解しようとしない」


 玉座の肘掛けに顎をさするドミティウス。ジャックは油断なくドミティウスを睨み、そして剣を構えた。

 ジャックの周りにいた人間達は二人の会話を不審に思いつつもじっと耳を傾けていたが、ジャックが剣を構えたことで不審は驚きへと変わる。止めようと手を伸ばすものもいたが、それさえも振り払ってジャックはドミティウスへと斬りかかる。


 上段からの振り下ろし。何度も繰り返された一連の動きは、無駄の一切を省きより洗練された一撃となる。そして、ジャック一撃はドミティウスの頭上へと向かっていく。


 しかしその一撃がドミティウスに届くことはなかった。振り下ろされる間際、ジャックの体が後方へと吹き飛ばされたからだ。

 大の大人が、それも鎧を着込んでいる体が宙に浮くなど通常ではありえないことだが、現にジャックの体は宙を踊っている。


 ジャックは受け身を取るが、衝撃と勢いまでは殺すことはできない。背中を床にこすらせる。ようやく止まった時には人間とエルフの視線が彼を見下ろしていた。

 ドミティウスの手のひらにはいくつもの渦を巻いた球体が出来上がっていた。いつかドミティウスを洞窟の天井へと吹き飛ばしたものと同じ術だ。ジャックは素早く身を立て直す。


 「邪魔はするな。お前達は後続に注意を払っていろ」


 その際にジャックは周囲にいる人間達に言う。


 「その男の言うことには従っておけ。この興は私とその孤児(みなしご)との間にのみあるのだ。そこに水を差すような真似はしてくれるな。……お前達もな」


 「はっ……。陛下の仰せのままに」


 ドミティウスの視線に背後に控えていた家臣達は深々と首を垂れる。

 手のひらに浮かべた球体を握りつぶし、ドミティウスはおもむろに立ち上がると玉座の横に立て置かれた鉄杖を掴み取る。


 「あまりに一方的であればそれこそ興が削がれる。ここはお前の土俵にあがってやろうではないか」


 そう言うとドミティウスは鉄杖に魔力を宿す。青白い光が鉄杖にまとわりつき、ゆらゆらと蠢いている。いつ仕掛けてくると身構えていると、ドミティウスの足に一瞬光が宿る。次の瞬間ドミティウスの体が消え、ジャックの眼前に立っていた。


 驚愕に浸っている暇もない。ドミティウスはおもむろに振り上げた鉄杖を思い切りジャックめがけて振り下ろした。杖がジャックの肩にめり込む。苦痛にジャックの顔が歪む。


 「不意打ちにしては、上々だな」


 軽口を叩くドミティウスに向けてジャックは横薙ぎに剣を振るう。しかしジャックの剣は空を切り、ドミテゥスの体をかすめもしない。


 「先ほどの技はお前を吹き飛ばしたものを己の足から放っただけだ。出力を調整し己が吹き飛ばされないように調整して置かなければならなかったが、まあ慣れてしまえば随分と便利なものだ」


 後方へと飛び退いたドミティウスが、鉄杖で床をつきながら上機嫌に語っている。


 「……自ら手の内を明かしていくのか」


 痛む肩を回しほぐしながらジャックが言う。


 「明かしたところでお前が防げるはずもあるまい。ならば、何も問題ない。お前ほどの実力を持っていても防げないということが分かっただけでも上々であろう」


 それに。とドミティウスは言葉を続ける。


 「すぐに終わらせてしまったら、何も面白くない。お前を殺してしまったら、そこらにいる塵芥を払うばかりになってしまう。それはそれは、つまらないものだ。虐殺は私の仕事ではなく、我が兵たちの仕事なのだから」


 杖で床を二回ほど叩き、大げさに肩をすくめる。ドミティウスの言葉に反応したのは、人間達だ。一人の冒険者が物申そうと一歩前に出る。しかし、其の者の口は動くことなく、また足もそれより先に踏み出されることもなかった。


 ずるりと落ちる冒険者の首。いつきられたのか誰も分からず、本人でさえわからなかった。ただ目を見開いたままの男の首は床へと落ち、首からは血が吹き出し赤々とした花が首より咲き誇った。


 「意見を申すことを許した覚えはない。私に進言できるのは、この場をおいて私とそこにいる孤児(みなしご)だけだ」


 指先を首の落ちた冒険者に、ドミティウスの指を指している。その指先には未だ魔力の残滓が残っているようで、淡く光り輝いている。

 首を落としたものが何者であるのか。それは冒険者のすぐそばに立っていたエルフが目撃していた。冒険者が一歩前に出た途端にドミティウスの指が動き、指先より魔法の弾丸を飛ばしたのだ。そよ風のごとく弱々しくすぐに通り抜けて言ったそれは冒険者の首にあたるとパッと広がり、冒険者の首を通り抜けていく。そして、次の瞬間には血の花が咲き誇った。


 風の魔法、『風鞭(シャープ・ウィンドウ)』。単純明快な風でものを切り裂くためだけの魔法。しかし使いこなせば人の四肢など簡単に寸断でき、またやりようによっては広範囲の敵を真っ二つにすることもできる。


 下手に動けばお前達もこうなる。ドミティウスは言葉だけでなく行動においてもそう伝えている。恐怖と怒りと緊張がその場に漂い始める。


 「それにしても、エルフ供と行動をともにしているとは思っても見なかった。一体どんな手を使ってこいつらの手中に収めたのやら」


 ドミティウスは興味深そうにつぶやいていたが、その方策を応えるものはおらず、向けられたのは鋭い切っ先だけであった。

 ジャックはドミティウスの首を狙って剣を振る。横薙ぎに振るわれる剣はあと少しでドミティウスの首を落とすところだったが、ドミティウスが体をそらしたことでジャックの剣は再び空を切った。


 「問答もろくにできんとは……」


 呆れ調子にドミティウスが言った。

 態勢を立て直す時間を与えない。剣を切り返しのけぞったその胴体めがけて振る。ドミティウスは鉄条で剣を防ぎ、弾く。そして杖の先でジャックの鳩尾を狙って突きを放つ。黒檀でできた鎧は鉄杖ごときの簡単な突きぐらいではビクともしない。


 しかし、それは単なる鉄杖ならばの話だ。ドミティウスの握っている鉄杖には魔力が込められている。下手に油断して食らえばその威力の元に倒れ伏せてしまう。

 げんにジャックの鳩尾へと入ってきたドミティウスの鉄杖は鎧を突き破ろうかと言う威力持っていた。鎧は必死に抵抗を試みているが、しだいにジャックの耳にミシミシと嫌な悲鳴を聞かせている。


 ジャックは急いで杖を剣で弾き後方へと飛びのく。これまで表面に傷をつけられはしたが壊れたことのなかった鎧が、目に見える形でヒビがつけられていた。

 しかし、今度は隙を奪われたのはジャックの方であった。ドミティウスは態勢を低くしかけ迫りジャックの懐へと潜り込んでくる。そして杖の先を上向けジャックの顎めがけて突きを放つ。ジャックは顎を上向けて間一髪のところでドミティウスの攻撃をやり過ごす。が、一瞬とはいえドミティウスから視線を切ったのは仇となった。


 不意に足を掴まれる感覚がしたかと思うと、自分の体が傾いてゆくのをジャックは感じ取った。ドミティウスがジャックの体に肩を押し付け、さらに彼の足をすくい上げることで態勢を崩させたのだ。


 まんまとドミティウスに崩されたジャックは、そのまま後方へと倒れしたたかに背中を打ち付ける。鈍痛が体を駆け抜けるがそれに構っている暇はない。ドミティウスがジャックの腹にのしかかり、今まさに杖をジャックの顔めがけて振り降ろさんとしていた。


 顔を横に傾けて一撃目を避ける。杖はジャックの頬をかすめながら床に突き刺さる。しかし、すぐに杖は引き抜かれ二撃目が飛んでくる。

 狙うのは顔ではなく絶対に動かないであろう、首。ニヤリとドミティウスの頬が歪んだかと思うと躊躇なく杖を突き落とす。


 ジャックはその一撃を防ぐために、生身の手のひらを広げる。手のひらに杖が突き刺さると、手をわずかに傾かせることで軌道をずらす。杖の先は首ではなく右肩に誘われ。すんでのところでジャックの体を通り過ぎまたも床に突き刺さった。


 その隙にジャックが義手の方でドミティウスの腹に一発拳を叩き込む。

 ドミティウスは苦しげなうめき声をあげてジャックの体から離れる。腹をかかえて痛みを堪えているようだが、それを見て悲哀を感じるような神経をジャックは持ち合わせていない。

 手のひらに刺さったままの杖を引き抜き、ドミティウスに投げつける。投げやりのごとく放たれた杖はドミティウスの肩を捉え突き刺さる。


 ドミティウスは後方へとたたらを踏んで歩く。これほどまでの付け入る隙はない。ジャックは攻めに転じる剣を義手に持ち替えてドミティウスにかけ迫る。だが、そんなジャックにドミティウスが手のひらを向けてくる。その行為が差し示すものがなんであるかをわからない。前方へと向き出した足を無理矢理に横へと移動させ、ジャックは横に飛ぶ。すると先ほどまでジャックがいた場所に氷の棘が突き立った。


 その後も続々と氷の礫がジャックへと迫り来る。横に飛びながらそれを避けていく。流れ弾がジャックの周りにいる人間やエルフを襲う。いくつもの悲鳴が周りから聞こえてくるがそれに反応して足を止めては、ジャック自身の命までもが危ぶまれる。


 ドミティウスへ近づきつつあったジャックの足は、ドミティウスの攻撃によって遠ざけられていく。ようやくドミティウスの攻勢が収まったときには、ジャックと周囲にいた人間とエルフも入り口付近へと押し戻されていた。


 ドミティウスは悠々と立ち上がり、肩に刺さる杖をおもむろに抜き取る。肩に埋められていた杖の表面にはドミティウス、もといエリスの血がこびりついている。ドミティウスは抜き取った杖を床に落とす。カランと音を立てて床を数度跳ねた杖はドミティウスの足元で止まる。


 しばしジャックとのにらみ合いを演じた後、ドミティウスは肩の傷口に手を当てて魔力を手に宿す。肩のコリを揉みほぐすように手を動かした後、その手を肩から離す。すると、先ほどまで肩を穿っていたあの傷がどこへともなく消え去っていた。


 「傷というのは、いつ何時感じても不愉快極まるものだ」


 肩を回しながら、ドミティウスは床に落とした杖を拾い上げる。


 「しかし、まだ貴様は私、というよりもこのエルフの娘を殺せずにいようというのだな。まったくこの心の臓を貫けばすぐに終わったというものを」


 ドミティウスは人差し指で自分の胸を小突く。


 「甘いな、実に甘い。いつからそんな甘っちょろい腑抜けに成り下がった。女子供とは言え、敵とあれば一片の容赦なく殺せと教え込ませたはずだが」


 鉄杖を肩に回し、ドミティウスはさぞ呆れた物言いをする。

 そしてジャックの横に控えていたユミルを見つけると、あいわかったとばかりに数度頷いてみせた。


 「であれば、お前の大切にしているものを奪い取ってしまえばよいだけのことか。人間と道具の狭間に宙ぶらりんになった貴様には、いい気付になる」


 嫌な予感がジャックに走る。目でドミティウスの姿を追うが、その姿は突如として消える。顔を動かしてユミルへ視線を向けるとそこにはドミティウスの姿があった。


 ドミティウスは杖を振りかぶり、ユミルの胴に狙いを定める。あまりにも一瞬の移動に反応が遅れ弓を構えることも短剣を構えることもできない。しかし、たとえ構えたとしてもドミティウスを、エリスを傷つけることがユミルにはきっとできなかったであろう。


 しかし、ユミルの心情などドミティウスが気にすることもなかった。振りかぶられた鉄杖は今まさにユミルに向けて放たれた。

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