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運搬

 保管庫があるのは大学の一階部分。それも学長室のある東側の校舎ではなく、西側の校舎にある。渡り廊下を進み、一階へと降りれば校舎の突き当たりの部屋にまでやってくる。そこは両開きの扉で、手前には閂と錠前によってとざされている。


 ロドリックはレイモンドより預かった鍵で錠前を解き、閂を引き抜き壁に立てかける。そして両扉のノブに手をかけて、奥へと押し開いていく。耳障りな開閉音を聞きながら開かれた扉の先を覗くと、数多の書物が収められた背の高い書架が二人を迎え入れた。


 保管庫の中に入ってみると、予想以上に広々とした空間であることが改めておもいしらされる。大人50人ほどが両手を広げて立ったとしても余裕ある。四方を囲むかのように設置してある書架は天井まで隙間なく到達しており、しかし書架にはびっしりと書物の背中が並べられている。


 「この全てが魔道書だ」


 さも当然の事を言うように、ロドリックが言う。


 「これを運び出すのはなかなか骨が折れるが、後から村の連中を呼んでくれば運び出せないこともないだろう。それにこれから使うとすれば攻撃や防御、治癒に使うものだけだろうし、それなら数も絞られる」


 ジャックの肩を叩きながらロドリックは言う。そして、彼の先に階段を降りていく。階段といっても段数があるわけではない。5、6段の段差があるだけだ。降りていくと大人が少し見上げるほどの高さのある棚が5列に三つずつ並んでいる。棚の中には丸められた羊皮紙や見慣れない機材。魔法陣の書かれたタペストリーなど、怪しげな物品が収められている。


 ロドリックはそれらに目を止めることなく、棚と棚の間を通って奥へと向かっていく。ジャックは興味を引かれつつもロドリックの後をおって部屋の奥へと向かう。

 書架を目の前に臨み、その前には手すりのついた通路とそこへ登るための階段がある。この階段は書架の配置に沿うように配置されており、部屋の中有王に立ち前後左右に視線をやれば確認することができる。


 しかし、ジャックやロドリックの興味が部屋の構造には向いてはいない。彼らの視線の先には横に長い箱が置かれている。ロドリックが箱を開けると、なかには細長い小箱がびっしりと詰められていた。

 ロドリックは一つ取り出すと上蓋を外して、ジャックへとその中身を見せる。

 小箱の中には綿毛が詰められていて、綿毛に包まれるかのように黒く光沢のある杖が収められていた。


 「これが、全部か」


 「ああ。これ全部が保管してある杖のすべてだ。そっちを持ってくれ」


 ロドリックはそう言うと小箱を箱の中に戻し、自分は箱の左端を持つ。ジャックはロドリックの言葉に従って、箱の右端を持つ。

 せぇの、と声を合わせて二人は箱を持ち上げる。手のひらの上に重きがのしかかる。しかし中身が中身なだけ持ち運ぶのには苦労はない。入口付近の階段を登り部屋を出る。箱を隅にぶつけないように注意を払いながら、やっとの思いでロドリックの部屋の前にまで戻ってくる。


 扉を開けるために一度箱を下ろし、ロドリックは懐からプレートをとりだす。彼の額にはじっとりと汗が滲んでいる。教授という職であるからの運動不足だろうか。一方ジャックも体は火照ってはいたが、それでも汗が出るほどではなかった。


 扉をあけて村への道を開いた時、ため息にも似た息がロドリックの口から漏れる。疲労から出たのであろうが、あと少しでこれを運び終えられると思えば、もう一踏ん張りできるだろう。


 「早い所運んでしまおう」


 「……ああ、そうだな」


 ジャックの顔を見たロドリックは、頬を歪めてこたえるが、その笑みには疲労が浮かんでいる。しかし運ばないわけにもいかない。再びふたりは箱を持ち上げて村へと続く廊下を進む。


 そして村に着いたところで、エルフ族の民たちに杖を渡していく。エルフの男たちは杖を手に取った瞬間に事前に教え込まれていた魔法を早速唱えていく。ただ教え込まれただけだというのに、エルフたちが握る杖から魔法が現れる。初めての魔法に目を見開いて驚きをうかべるエルフ族には、ジャックはどことなく違和感を覚えてしまう。


 杖をとられ、魔道書もとられてから年月もたってしまっているのだから世代を経るに連れて魔法というものに売れたことのない世代がでてしまう。それは当然のことで仕様がないことであるのだが、それでも彼の記憶の中にあるエルフと目の前でどぎまぎしながら魔法を唱えているエルフの印象の乖離は、少なからずジャックを混乱させていた。


 魔道書を取りに何人かのエルフを連れて、大学を行ったり来たりとしていると、村の中には本の山が一つ出来上がって行く。村長をはじめエルフたちは本を読み、続々と魔法を我がものとしていく。そして疑問などを浮かべればロドリックに尋ねていく。まるで村が一つの学校になったように思えた。


 ユミルにも渡しておくべきかと彼女の元へ杖を持っていくエルフもいたが、弓矢の方がいいとユミルは拒んでいた。ジャックはユミルの弓の腕を疑っているわけではない。ないが、瞬時に傷を癒すことのできるという、魔法の利便性を捨てることはできない。


 せっかくエルフに生まれたのだから、治癒の魔法を覚えておいても損はない。その内心をジャックはユミルに明かしたところ、彼女は渋々杖を受け取り、またロドリックに師事を仰いでいった。さすがエルフなだけあって、治癒魔法を覚えるまでに時間はあまりかからなかった。

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