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従兄

 湿った空気に乗ってカビ臭さが鼻をつく。

 アーサーの両手を氷の礫によって壁に打ち付けられ。両足は鉄の鎖によって繋がれている。陽の光から見放された地下牢にはただ篝火の明かりだけ鉄格子の前を照らしている。


 水の滴る音だけが響く空間の中で、扉の開閉音は嫌でも響いてしまう。

 篝火の明かりを伴って、アーサーの牢の前に一人の男が立った。


 「久しいな、アーサー」


 ロイは不敵に笑みを浮かべながら、アーサーに声をかける。


 「……一体、何の用だ」


 「そう邪険にするな。せっかく会いにきてやったのだから」


 「人を鎖に繋いでおいて言う台詞じゃねぇな。邪険にしてほしくなかったら、ここから出してくれ。そしたら丁重にもてなしてやろうじゃないか」


 「減らず口を叩くくらいには、元気があるようだ」


 ふっと笑みをこぼすロイだが、その後の言葉を出すには多少の時間を要した。その空白の時間を埋めるように、アーサーが口を開く。


 「お前がべったりの皇帝陛下はどうした。一緒じゃないのか」


 「先にお休みになられている」


 「そうかい。健全な生娘らしいじゃねぇか」


 「ようやくあのエルフの小娘の体に慣れてきたと陛下はおっしゃっていたが、それでも未だ不慣れなところがあるのだろう。体力を余計に使っておられるのだ。仕方あるまい」


 「それで、どうしてわざわざお前がここにくる。優秀な執政官様がくるような場所じゃないだろうに」


 「そうやっかんでくれるな」


 「やっかんじゃいないさ。ただ事実を言っているだけだ」


 力なく笑うアーサーを、ロイは悲しげに見つめている。


 「……今からでも遅くはない。私とともに陛下を支えないか。お前の統率力があれば、帝国軍はより強化された軍団になる。そうなればもはや亜人共はもはや敵ではない」


 「お前もいい加減くどいぞ。あの野郎の下につく気はないと何度言ったら分かる。それにこうも言ったはずだ。もし俺を引き込みたいのなら、ドミティウスの首と交換だと」


 「そんなことが出来る筈ないだろう」


 「だろう。だから、お前の話には乗らない。お前が動かない限りいつまでも平行線のままだ。動くつもりもないのなら、平行線すらない。議題は机上にも登りもしない。それだけの価値しかないのだ。お前の提案は」


 諭すように、されどどこか小馬鹿にするような口調でアーサーは言う。

 アーサーの言葉をロイは耳を傾ける。苛立ちもせず、関心もせず。ただどこか納得しているような顔をアーサーに向けている。


 「……頑固だな。相変わらず」


 「お前が言うことか、それは。俺に負けず劣らず頑固だろう、お前は」


 「そうだったか。……いや、そうであったか」


 ロイはふっと頬を緩めるが、すぐに表情を引き締め、アーサーを見る。


 「お前がウンと言うまではここを生きては出られまい。すぐにでも私に応じれば、ここを出してやると言うのに。阿呆だな」


 「どちらが阿呆かはすぐに分かるさ。なぁに、もうすぐな」


 「……お前のその自信がどこからくるのか。いつも分からんな」


 「自信なんかじゃない。ただの勘だ。だが、俺の勘はよく当たるって評判でな、歳をとってからの方が調子いいんだ」 


 「馬鹿なことを」


 「信じようが信じまいがテメェの勝手さ。誰も信じてくれなんざ頼んだ覚えはねぇよ」


 あざ笑うかのように頬を歪め、口内に溜まっていた唾を牢の床へ吐き出す。

 何かの染みによって黒ずんだ床に、泡立った唾液がプカリと浮かんでいる。


 「用はすんだろ。さっさといけよ。お上の方がこんなとこにいたんじゃ、配給の飯が余計まずくなっちまう」


 「……また明日もくる」


 そう言うとロイは牢に背を向けて、牢獄の入口へと向かう。


 「いい加減諦めろ。何度きたところで同じだ」


 ロイの背後からアーサーの声がおってくる。


 「私は諦めが悪いのだ。それはお前も知っている通りだろう」


 もはや視界からアーサーの姿を見ることはできない。しかし、ロイは確かにアーサーに向けて言葉をかける。それに対する返答は、アーサーからはなかった。

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