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9-1

 帝都の城。その内部では、ドミティウスに尽くす家臣団と、反逆者として捕縛された貴族、議員がにらみ合っていた。謁見の間に集められた彼らは、ドミティウスの裁きにかけられるためにいる。


 「諸君らは、今も私に尽くすつもりはないのか」


 玉座に座したドミティウスは、跪いた貴族並びに議員たちに問いかける。しかし、答えは帰ってこない。彼らはただ押し黙ったままそれぞれに視線を何処かへと向けている。ドミティウスへと目を向けているのは、その中でも一人で、二人と数えるほどしかいない。


 「誰が貴様なぞに尽くすものか」


 その言葉が聞こえたのは、ドミティウスの言葉から少し経った後のことだった。まるで独り言を呟くかのような、小さな声で吐かれた言葉だが、ドミティウスの耳は聞き逃さなかった。


 「バルグワー卿。進言したいのであれば、私の前にくることを許そう」


 びくりと片眉を上げてバルグワーはドミティウスをみる。

 フィリップ・レゾナ・バルグワーは先代皇帝の宦官(かんがん)として使えていた老人だ。主に先代皇帝の礼儀作法、学習などを担当する、いわば家庭教師のような役割を担っていた。纏うものは浅黒い着布を黄土色の腰帯で止め、深い朱色の外套を纏っている。頭は白髪で頭頂部は禿げ上がっているが、その黄金色の双眸は今も爛々と輝いている。


 バルグワーは嫌みたらしくドミティウスをにらみながら、玉座の前へと歩み寄っていく。そして、頭をさげて片膝をつく。本当ならばドミティウスなんぞに頭など下げたいと思っていないのだが、バルグワーの長年染み付いた習慣は彼の意思とは叛服して礼儀に従う。


 「貴様なぞに尽くすものか、とは。随分なことを申すものだ。何か私に不備があったのならば訂正しようがあるが、残念ながら私には覚えがない。よければ私に教えてはくれないか。バルグワー卿。先代の宦官を仕えていたのならば、お安いご用であろう」


 確かにバルグワーは皇帝の宦官。礼節や教育を担当する家庭教師めいたことをしていた。しかし、礼節などでドミティウスに対する苛立ちを覚えているわけではない。


 「そうですか。では、言わせてもらいましょう。なぜ、貴女様のような愚者に使えなければならないのか。私には甚だ理解が出来ぬのです」


 ガバリと頭を上げたバルグワーは、屹然とドミティウスに相対する。


 「ほう。訳を聞こう」


 きっぱりと断言された意思に、ドミティウスはうすら笑みを浮かべながら先を促す。


 「貴方様は確かに皇帝の座に座っておられる。だが、だからと言っても貴君が皇帝であるとは思えない。なんの罪もない民たちを虐げ、それだけにとどまらず貴君らが連れて来た魔物どもの喰い物にさせておられる。それにくわえ我々がこれまで働きかけて来た亜人種族たちの交流も交易も全て台無しにされておられる」


 思いの丈を冷静に、しかし熱を帯びた言葉でドミティウスに浴びせかけていく。


 「ドミティウスだなどと古い名前と恐怖で我々や家臣団を押さえつけているようですが、それもいつまでも持ちますまい。過度な圧力は反発を招きいずれは破裂し、貴方様がたを襲うでしょう」


 「ほう。私が偽名を使っていると」


 「そうでしょう。ドミティウス・ノースは黒髪黒目の人間種。しかし貴女はエルフ族の娘だ。雰囲気や態度はそこにいるコンラット卿が仕込んだのやもしれませんが、少なくとも貴女はドミティウス・ノース閣下ではない」


 ちらりとバルグワーはドミティウスの横に控えているロイ・コンラットを見る。ドミティウスが皇帝を名乗りだしてから、皇帝付きの執政官に任命された。書記官でしかなかった男が一瞬にして文官たちをアゴで使うようになった。これまでの上官に当たった文官たちはあまりいい気がしなかったのは当然のことだった。


 「それに、たとえドミティウス閣下であったとしても、あの方の思想はあまりに現代とかけ離れている。帝国一強、亜人をしい従える時代はとうの昔に終わったのです。それもドミティウス公がこの帝国を去った時に。亜人種たちと協定を結び、交易を行い物資を交換し、ドミティウス公が統治していたときよりも財政も豊かに帝都も繁栄の極みに達しました。それを、貴女は全てぶち壊したのです!貴女にはその自覚があるのですか!」


 肩の力を抜き、深く呼吸をする。興奮しすぎた気持ちを沈め、バルグワーは再び話を続ける・


 「……ここは帝国。人間族の統治する国であることに変わりありません。それを、どこの馬の骨とも知らぬエルフの娘に任せるなどできるはずもない」


 「ふむ。それは言えているな」


 感心するようにドミティウスは何度も頷いて見せる。しかし、それは感銘を与えるものではなく、ただ人を小馬鹿にしているような行動にしか見えない。


 「それで、言いたいことはそれだけで良いのか」


 行動の次は言葉だ。ドミティウスは面白そうに頬を歪めバルグワーを見つめる。


 「貴公の言い分は十分にわかった。いや、非常に参考になった。君らが私のいない間にうまく帝国を統治してくれたことも、私のいない合間にこれほどまでに帝国を反映させてくれたことには、感謝の仕様がない」


 だが。と言葉を切り、ドミティウスはうすら笑みを浮かべたままバルグワーをみる。そして、バルグワーの首を片手で掴み、締め上げる。

 バルグワーが苦しげに顔を歪める中、ドミティウスは顔を近づける。


 「それが異種族を帝都の中に入れるなどということをしなければ、もっとよかった。奴らの力を借りずとも、我らの帝国であれば、亜人どもの力など日長としない。それはいまも昔も変わりはしない。奴らは牛や豚と同じく我ら人間に食われ、使われるためにある。交易などせずに全てを奪ってしまえば良い」


 エルフの少女でありながら、その細いうでにどれほどの力があるのか。バルグワーの体を持ち上げる。


 「一体この帝都の基礎を築き上げるために、どれほどの血が流れたと思っている。数々の亜人を屠り、この地を獲得するまでにいったいどれほどの月日がかかったと思っている。我々が懸命に駆除してきた害獣である亜人どもを、平然と帝都の巷を歩かせることを、私が許せると思うか」


 意識もうつらうつらといった様相にバルグワーはなってくる。それでもドミティウスは力を緩めることなく、執拗に締め上げる。そして、ゴキという鈍い音がバルグワーの首から聞こえたかと思うと、バルグワーの手足はだらりとぶら下がった。

 死体となった老体を未だ跪く反逆者たちの元へ放り投げる。


 「他に進言したいものはいるか。今ならば私が直々に聞いてやろう」


 機嫌よく高らかに反逆者たちへ呼びかける。しかし、彼らはドミティウスに視線を移すことない。死体となったバルグワーの体を見て、ただ彼の身に起きたことに対して、恐れおののくばかりであった。その様子を両脇から見つめていたドミティウスに従順な家臣たちがせせら笑いながら見守っている。反逆者たちは恥辱に顔を真っ赤にさせながら、己の命惜しさにことを


 「……それも無いようだな。では、今一度問おう。私に付き従おうという意思のあるものはいるか」


 水面に石を投げ入れるように放たれたドミティウスの言葉は、反逆者たちの間を漂い、そして波紋を浮かべた。

 一人が静かに立ち上がる。腕を縛られた状態での意思表示は立ち上がることが一番わかりやすい。


 「ドミティウス・ノース皇帝に、我らが帝国に栄光あれ……」


 弱々しくあったが、しかしはっきりと聞こえる声で男はいった。

 他の反逆者たちは皆信じられないような顔で男を見つめる。しかし、中には羨ましげに見つめているものもいた。対するドミティウスは満足げに一つ頷く。


 「そうか。そうか。他に賛同する者はいるか」


 その言葉の後、男に続いて一人、二人と立っては同じ文言を繰り返す。

 そうして最後まで残ったのは、たった二人きりであった。


 「この裏切り者どもが!?」


 彼らが兵士に連れられて行く最中に大声を張り上げ、怒声を響かせる。口汚い言葉を並べ立てて、唾とともに飛ばして行く。しかし、兵たちが無理くり連れ去り扉の奥に消えて行くと、その声も遠くに消え、謁見の間には再び静寂が広がっていった。


 「では、今後とも私のために働いてくれ。よろしく頼むぞ」


 ドミティウスは残された男たちの縄を解き、肩を叩いて労って行く。


 「ああ、そうだ。君らは一応は私に反目した者達だったのだ。ならば、それ相応の罰を与えてやらねばなるまい」


 これで命は助かった。そう胸をなでおろしていた男達に、ドミティウスの提案は息を飲むのに十分な威力を発揮した。


 「何、命までは奪うつもりはない。だが、何の咎めもなしにとはいかんだろう?それでは王として臣下に舐められてしまう。それは私だって避けたい。そうは思わないか」


 ドミティウスは笑みを浮かべて上機嫌に言う。見た目だけであれば可愛らしいエルフの少女であるのだが、しかしその天真爛漫な表情とは裏腹に、少女の中身は大の男すらも恐れ戦かせる悪魔が巣食っている。


 「さて、では私自ら罰を下そう。あまり動いてくれるなよ」


 そう言うと男の方に添えた手で男の方をぐっと掴み。そして、その細く汚れのない指先を一気に男の片目へと突き入れる。

 男の悲鳴がこだましたかと思えば、ドミティウスの指先は赤い粘液とともに男の眼窩から引き出される。その途端、さらに大きな悲鳴が響き、男はうずくまりドミティウスが突き入れた眼窩を手で抑える。


 「ほう。綺麗な目をしているのだな。まるで宝石のようではないか」


 ドミティウスの指に挟まれているもの。粘り気のある血をまとったその球体は、先ほどまで男のまぶたの中に収まっていた、男の眼球であった。細い血管が眼球の下方から垂れ下がり、ドミティウスの手が動くたびにひらひらと揺れ動く。


 綺麗な石を見つめるように、ドミティウスは青い瞳の眼球をしげしげと眺める。しかし、大した興味もなかったのか、眼球を床に放り捨てると、二人目の男の肩を掴む。


 「さて、では次は君だ。あまり暴れてくれるな。大丈夫だ、すぐに終わる」


 ドミティウスはニタニタと相変わらず気味の悪い笑みを浮かべながら、男達の目の中へと指を差し込んでは、眼球を引きずり出して行く。絶叫と悲鳴、うめき声。反逆者から一転して態度を変えた男達の眼球が床に無造作に転がり、男達は皆うずくまり痛みに苛まれる。


 「君らの罰はこれで果たされた。これより君らには私の忠実な臣下として働いてくれることを願う」


 血に濡れた手をハンカチでふきながら、ドミティウスが言う。言葉を受けた忠実な部下達は、目を手で抑えながら片膝立ちとなってかしづく。それをみて満足したドミティウスは頷き、彼らに下がるように命じると再び玉座に腰掛ける。


 「報告のある者は申し上げてみろ」


 「はっ!申し上げます」


 ドミティウスの言葉に威勢良く声をあげたのは、右側に並んで控えていた鎧を纏った兵士だ。兵士は兜を小脇に抱えながら玉座の前に立つ。


 「ご報告申し上げます。数日前に襲撃したエルフの村において、帝国軍の鎧をまとった者達によって襲撃が妨げられました」


 「ほう。続けろ」


 「はっ。戻ってきた兵士の報告によれば、其奴らはエドワード・ブラウン率いるドレーク騎士団の面々であったとのことです」


 「エドワード・ブラウン。……ああ、裁判所で一度合まみえたあの男か。なるほど、そうか。彼奴はやはり私に楯突くか」


 顎をさすりながら、ドミティウスは納得したように何度も頷いて見せる。


 「それと騎士団と行動を共にする狩人と冒険者も幾人かおりました。その中には、陛下のお探しになられていた人物によく似た男もいたそうです」


 「何と。あやつも一緒か。そうかそうか。私に仇なすものが、徒党を組んでいるということか。なるほど、実に素晴らしい」


 くつくつと溢れる笑い声は、次第に大きくなりドミティウスの体を揺らして行く。


 「それで、いかがいたしましょうか」


 それに水をさすように、兵士がおずおずとドミティウスに訊ね聞く。


 「いかがする、とは?」


 「もう一度エルフの村へ攻め入りましょうか。こちらは一度退けられたとはいえ、奴らの村にも多大なる打撃を与えました。今一度攻め込めば、陥落させることは容易でありましょう。それに密偵の話によりますと、今陛下のお探しになられている男は兵士や狩人を数人連れてあの村にはいないとの報告もあります。戦力も手薄になっているところを一気に叩いても良いかと」


 「ふむ。そうだな」


 ドミティウスは玉座に背を預けて腕を組み、何か考える素ぶりを見せる。そして、何かを思いついたのか。ドミティウスの顔には再び笑みが浮かんでくる。


 「いや、少し時間を与えてやろう」 


 「……と、言いますと」


 「抵抗勢力を叩き潰すのは、我らの役目。君の言う通り、すぐにでも叩いて潰してしまえば何の問題もないだろう。だが、それだけではつまらない。誠につまらぬ」


 首を小刻みに横に振り、ドミティウスはさらに言葉を続ける。


 「私に仇なす一人は、手を抜いていたとは言え一度は私の首を落として見せた男。そして、もう一人はこのエルフの娘を心底大事に思っている阿呆。しかし私が丹精育てた魅力的なおもちゃでもある。それをただ物量のまま押しつぶしてしまうのは、あまりにつまらぬ。そうは思わないか」


 「は、はぁ」


 楽しそうに話すドミティウスに対して、兵士はただ生返事を返すばかりだ。その態度にせっかくの機嫌が損なわれた気がして、ドミティウスの顔が曇る。


 「何か不満があるのか」


 「い、いえ。不満など。ただ、敵を捨ておく場合奴らが奇襲に打って出るとも限りません」


 「出るだろうさ。まさか、正面からくるわけがあるまい。何らかの策を労してくるに違いない。だが、我らが帝国の優秀たる兵士は、一朝一夕で奴らが考えついた策によって瓦解するほど脆弱なものなのか?」


 「いえ。ありえません。我らは一つの壁となり、彼奴等など跳ね返してみせましょう。私たち一兵士たちになにがあろうと、御身を護って見せます」


 「そうだ、そのいきだ。そうでなければ私の駒は務まらぬ」


 拍手と労いの言葉をドミティウスは兵士に送る。兵士はかしこまり、深々と頭を垂れる。


 「では、くるべき時のために皆準備を怠るな。せっかくのお客人が来訪するのだ、丁重にもてなさなければなるまい」


 そう言うとドミティウスは腰をあげる。そして衆目がドミティウスの方へ注がれる中、彼らの皇帝は謁見の間を後にし、扉の先へと姿を消した。

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