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私は生きながらに死んでいた。
自我という自我もなく、ただ飯を食いくそをする人形だった。
人形に与えられたのは、剣と、人殺しの才覚だった。
帝国の戦に駆り出された私は、エルフとの戦に明け暮れていた。
兵士は剣で。エルフは魔法で。互いに命を奪い合い。殺し、殺され、踏みにじる。
そうしてできた死体の山に新たな死体が積みさなっていく。
死体になったエルフを蹴飛ばして、後方に控えていたエルフに斬りかかる。
杖を頭上に掲げ一撃を防いで見せたが、そのせいで足元はがら空きだ。
足を払うと簡単にエルフの態勢は崩れ、右肩から地面へ倒れ伏せる。
そして剣を高く掲げ、一息に切っ先を心臓めがけて突き落す。
エルフの口から血があふれ、涙と共に大地を濡らしていった。
剣を引き抜くと、呼吸の乱れを整えて前を見据える。
疲労とは裏腹に、エルフの攻撃は激しさを一層強めていた。
エルフ族の歩兵が戦列を並べ、魔法による一斉射撃を敢行する。
雷がほとばしり、火炎が肉を焼き、旋風が命を刈り取り、寒風吹きすさぶ荒野を血が彩っていく。
魔法の衝撃で作られたくぼみに身を隠し、第一波の攻撃をやり過ごす。
土ほこりに紛れて立ち上がり、西へ走る。
他の兵士に注意が向いている間に、横合いから奇襲を試みた。
だが、そう簡単にはいかなかった。
三人のエルフが岩陰から姿を現し、私に杖を向けてくる。
私は剣を投擲して一人を殺すと、残り二人に突貫した。
炎が左手を襲い、風が右太ももを切る。
猛烈な痛みだが、構わずにエルフに組みかかった。
エルフを地面に押し倒し、もう一人を蹴り飛ばす。
たたらを踏んで転んだ隙に、押し倒した方のエルフに馬乗りになり、短刀の切っ先をエルフの心臓めがけて振り下ろす。
仰向けになったエルフは両手でそれを抑え抵抗をする。
体重をかけ、火傷を負った腕でなんどもエルフの顔を殴る。
鼻が砕け、頬骨が折れ、エルフの力が抜ける。
その瞬間短刀がエルフの胸を貫き、口から血液が溢れ出す。
勝利の余韻に浸る余裕はない。
蹴り飛ばしたエルフから魔法が放たれる。
鋭利な氷柱が私の元へ一目散にやってきた。
エルフの体を盾にしてやり過ごし、投擲に使った剣を取り、エルフに駆ける。
旋風が放たれ、私を両断しようと迫る。
私はそれを避けず、火傷で使い物にならなくなった腕を犠牲にした。
痛みが肩を駆け抜け、焦点が合わなくなる。
だが立ち止まらない。
自殺行為とも取れる私の突撃は、エルフに一瞬の動揺を与えた。
その隙を私は見逃さなかった。
剣を横なぎに振るう。
剣はエルフの胴を捉え、深々と横腹にめり込んだ。
耳長の顔には苦悶が浮かび、口元からは赤黒い血が溢れる。
だがまだ立っている。
まだ私を殺そうと杖を握りしめている。
殺さなくてはならない。
動くのならば、動かなくなるまで剣を突き刺さなくてはならない。
抵抗するものは、叩いて潰さなくてはならない。
私はエルフにとどめを刺すべく、すぐに剣を引き抜こうとした。
だが、それを妨げる二つの手が私の目の前から伸びてきた。
私が斬りつけたエルフの手だ。
杖を捨て、私の手を握りしめる。
死に際の馬鹿力とでも言うのだろう。
振りほどこうとがむしゃらに腕をしならせるが、いくらしならせてもエルフの手は決して私の腕から離れはしない。
振りほどけないなら、殺す他に手段はない。
エルフの体に刺さったままの剣を、横に無理やり切り裂いていく。
肉の裂け目から血が滴りおち、臓物がこぼれ落ちていく。
激痛のはずだった。だがエルフの顔からは笑みが消えることはなかった。
あれほどあたりに響いていたエルフたちの声が、ピタリと止まった。
静寂が吐息をより大きく聞こえさせる。
それが何を意味しているのか、学の一つない私でも理解できた。
視線をエルフ達へと向ける。
杖先には魔力が宿り、たまりにたまった怨嗟と激情を今にも放とうとしている。
死がやってきた。
火が、雷が、氷の礫が、私の肌を焼き、肉を貫き、片目を抉る。
頭から、胸から、脇腹から、太腿から、目玉を失った眼窩から。
私の身体にとっぷりと流れる血液が、体温ともに溢れ出していく。
執拗に襲い掛かる光によって、私の身体は赤に染まっていった。