切実なので聞いてください
ご覧いただきありがとうございます。
この場を借りて、私の最高に幸せで不幸な日々について語ろうと思います。
どれだけの方が見てくださるか分かりませんが、とりあえずよろしくお願いします。
とはいえ、何から始めればいいのか。
うーん。
私の趣味は、覗きです。
運営に通報するのはやめてください。きちんと説明しますから。
以下、名称はすべて仮名でお送りします。
私の通っている青藍高校は、田舎の私立高にしては珍しく偏差値が高めで、さらに設備も整っているということもあり、なかなかの人気校です。
生徒の個性を尊重し、才能ある人材を育てるというのが校訓だそうで、色々な生徒が通っています。例えば、中学時代周りが引くほどガリガリ勉強してたとか、勉強はそこそこだけど、すでにプロのスポーツの世界で活躍することが約束されているとか、そういう人たちです。普通科の他にいくつかの科が存在します。首都圏ですらない田舎県の高校としては結構懐広いなと思うのです。同じ才能を持っていても、やはり田舎というのは環境的にハンデがありますからね。将来ノーベル賞を取りたいと勉学に勤しむ子も、コンクールを目指して一日中楽器を弾いている子も、どーんと受け入れてくれる、本当にありがたい学校だなぁと、創立当時小学生だった私は思ったのでした。
そんなにすごい所に、なぜ私のような平凡な人間が通っているのか不思議ですよね。不相応ですみません。私が受かったばかりに、今頃才能あふれる個性的な誰かさんが公立の普通科に通っているかと思うと胸が締め付けられます。でも大丈夫です。私はちゃんと罰を受けていますから。身の丈に合わない選択してしまった報いを毎日受けています。なのでどこかの誰かサマ、お許しください。
私は自分がどう頑張っても標準以上には行けないということを分かっていました。だからでしょうか、「輝いている方々」を見つけると、追いかけて、観察し、妄想せずにはいられないのです。前述の「趣味」とはそういうことです。
私は平均的な人間ですから、大体の人が観察対象になります。町内一の美少女の某ちゃんや、サッカー少年の某くんには、小学校時代大変お世話になりました。今はどうしているのでしょうか。彼らの現在の姿を想像すると、口元がゆるみます。
中学に上がると、私の欲求はさらに高まりました。生徒数の多い学校だったので、観察対象はさらに増えます。日記代わりの手帳が毎日真っ黒になったものでした。
ずっと、こんな日々を過ごしたい。
進路を決める際に、私が思っていたことはそれだけでした。この町で「輝いている方々」を思う存分観察できる高校はどこでしょう。答えは一つしかありませんでした。一年間必死で勉強し、面接試験では嘘を並べまくり、去年の春、私は青藍生になる資格を得たのです。
入学式を控えた春休みの間、私は毎日妄想の世界に旅立っていました。中庭でお互いをモデルにしながらデッサンをする少女たちや、ギャラリーで溢れかえった体育館で、歓声の中爽やかにダンクシュートを決める選手の姿…。これだけでご飯三杯イケます。ああ、これから三年間こんなに美味しい、いえ、素敵な光景を見ることができるのか、と新年度を心待ちにしていました。あ、大事なことなので書いておきますけど、私は『彼ら』には指一本触れていませんよ。声も掛けません。間違っても、スケッチブックを覗き込んだり、試合後にタオルを差し出したりしません。妄想の世界でもリアリティが必要ですからね。私のような生徒が彼らに近づけるわけないのです。きっと私は、妄想の中でもそうであるように、青藍高校の中でも比較的おとなしめの生徒たちが集まるクラスに入ることになるでしょう。まぁ、そこには全国模試上位者とか、土日は都会に出て週末ヒロインしている子がいるかもしれませんが、善良で平凡な一クラスメイトとして、適度な距離間でお付き合いしましょう。サインが欲しくても我慢します。
私は、才能に恵まれた素晴らしい人々を遠くから、そうです、遠くから見守っていたいだけなのですから。
私は、自分のことを「その他大勢キャラ」だと思っています。「主人公の友人A」よりもさらに下の、名前を持たず、顔の中身をしっかりと描かれることもない有象無象の中のひとりです。自分を卑下しているのではありませんよ。心からこのポジションを楽しんでいますから。私にはこの位置が合っているのです、ここに居れば傷つくことも…いえ、なんでもありません。
妄想の世界に浸った春休みが終わると、私は晴れて青藍生になりました。ほぼ想定通りのクラスに振り分けけられました。キラキラしいみなさんの姿を遠くからうっとりと見つめる日々。
幸せでした。とても幸せな一年間でした。
そう、残念なことにすべては過去形なんです。今年の春、電光掲示板に映し出されたクラス替えの内容を見た時、私は地獄に突き落とされました。
どこかの誰かサマを押し退けて青藍に入学したツケが、ここで回ってきたんですよ。
そろそろ時間なので、本日はここまで。
次回もよろしくお願いしますね。