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異界への招きは突然に

茹だる様な暑い夏の夜。


安アパートの2階で窓を全開にして過ごす。


エアコンも無い木造のボロアパートだ。


親の転勤について行かず、地元に残ったのだが…


家族で住んでいた貸しマンションに1人で住む訳にも行かず、高校に近いこのボロアパートへと引っ越す羽目に。


本来は親父達と一緒に行く予定だったんだが…


彼方の高校への編入試験に落ちたんだよっ!


悪いかっ!


なので、取り敢えずは此方の高校へな。


そんで今は夏休み。


一応はテレビはある。


そしてゲーム機もな。


そして昨日。


一昔前のゲームを攻略本込みで買って来たんだが…


昨日は色々と用事があって出来なかったんだよ。


なので、今から始める所さ。


このゲームのオープニング。


これが発売当初は話題を呼んだんだ。


オープニングに様々な魔法陣がな。


それが美しいグラフィックで描かれ重なり合い回る。


幻想的なんだが…


本物の魔法陣を使用していて事故が起きる。


そんな都市伝説も生まれた程だ。


電源を入れゲームを起動。


っうわぁ~


本当にスゲェ~よっ、これ。


っか、魔法陣に凝り過ぎだろ?


ゲーム内のグラフィックも凄いらしいが…


思わず見入って…



んっ?


テレビ画面からパリパリと放電?


これもグラフィックス?


へっ?


なんだか…


空間が歪んでいる様な…


ヤベッ!


グラフィック酔いか?


ズッズズッ…


んっ?


「なんだ?」


思わず声が…


身体が引き摺られている様な…


バカな!


有り得ない。


気のせい…


そう思っていたら、意識が途絶えた。


この[一文字(イチモンジ) 颯斗(ハヤト)]少年が買ったゲーム。


[ラカン ド ラグナス]


そのオープニングにて描かれた魔法陣。


本来は害の無い物なのだが…


颯斗少年がゲームを起動したタイミングが悪かった。


実は別次元にて行われた聖戦。


そう。


ハーディアンが発生したタイミングであったのだ。


莫大なエネルギーは空間を歪め、他の時空にも干渉。


とは言え、通常は影響を受けるモノでは無い。


無いのだが…


そのタイミングで展開された魔法陣が反応。


少年を別空間へと引き摺り込む事に…


暑いからと下着姿だった少年は、胡座を掻いた膝上に乗せていた攻略本と共に次元を渡る。


現れい出た場所は、ゴルゴラと神力が渦巻く空間。


本来は即死する場なのだが…


少年と本には無数の魔法陣が纏わり付いている。


それを媒体に渦巻き暴れるエネルギーが少年と本へと。


肉体が分解されつつ創り変えられて行く。


最早、人の姿をした別の存在。


あの恐るべしエネルギーを内包した少年は、同じく創り替えられた本と共に宙を飛ぶ。


いや、星に向けて落下と言った方がよいだろうか?


そう、あのマフィラナ神が気付いたゼノン星系の惑星ゼノンへ落下した物体。


それが、颯斗少年だったモノである。


その夜。


惑星ゼノンの大海に浮かぶ神の島ゼウ。


その神山の山裾に設けられた神殿にて従事するシスター・アリエラ。


彼女へ、突如信託が…


《今宵、宇宙(ソラ)より至るモノあり。


 カのモノを守護せよ》


その様な内容だった。


いや、そう理解した。


何故か神々からの神託は何時も曲解しかねない言い回しである。


その内容を正しく読み取る。


その理解力がシスターや神遣師(シンケンシ)には必要とされる。


その前に神託を受けれるかが問題だが…


しかも、何が下されるのかは分からない。


実に下らない内容が神託にて告げられる場合も。


神々の考えは下々(シモジモ)には分からないモノである。


神託を受けたアリエラは、慌てた様に祓魔師の下へと。


執務室にて執務中であった祓魔師。


この神々の島にて神山へと至る道の管理。


神山への入り口と言って良い場所にある村と地域一帯の管理を任されていた。


所謂、領主と同じ地位にあると言って良いであろう。


この仕事が終わると侍祭へと登る事が確定している実力者である。


[神遣師]の【叙階】は以下の様になっている。



[司教]

 [神遣師]の長である。



[上級三段]

 司祭、助祭、副助祭。


 [神遣師]の幹部であり、高級官僚や大臣クラスと考えて良いだろう。



[中級四段]

 侍祭、祓魔師、読師、守門。


 [神遣師]のエリート官僚。


 [上級三段]候補[神遣師]達である。



[下級五段]

 神父、僧侶、侍僧、習僧、門徒。


この様な階級から考えて、此処の教会を律する[神遣師]の[祓魔師]が如何に位が高いか分かるであろう。


その執務を妨げて執務室を訪れる者は少ない。


ドアがノックされた時は、[祓魔師]たるホルミシスの眉がピクリと上がる。


それ程に、彼の執務を妨げる者は通常存在しないのだが…


「誰かね?」


少し不機嫌そうに。


その問いにドア向こうの者が応える。


「アリエラで御座います」


ますます、ホルミシスの眉が跳ね上がる。


それは怒りや苛立ちからでは無く、興味からであった。


シスター・アリエラ。


彼女は控えめながら、良く神事に従事する優れた人材である。


ホルミシスが執務中の来訪を(イト)う事を、良く心得ている。


そんな彼女が執務中に訪れる。


ただ事ではあるまい。


そう考え、彼は告げる。


「良いでしょう。


 入りなさい」


そう告げると…


「失礼致します」


そう告げ、静かに入室するアリエラ。


そして執務机に着いた侭のホルミシスの前に。


ホルミシスは腕を組み、その上に顎を乗せてアリエラを見る。


アリエラにとっては憧れの人物であるホルミシス。


見詰められ、少しだけ陶然となりかけたが…


意を決して告げる。


「先程ご神託が下りましたので報告を」


そう前振りを行い神託内容を告げるアリエラ。


ホルミシスは驚き、アリエラを見る。


宇宙(ソラ)からかね?」


頷くアリエラ。


それが何処へ現れるのか。


それが何なのか不明。


だが神託である。


探し出してでも保護せねばならないであろう。


それが長き旅への旅立ちとなろうと…


それに気付いたホルミシスが困った様な顔でアリエラを見る。


正直、彼女程に優秀なスタッフに抜けられるのは痛い。


だが神託なのだ。


引き留める訳にもいかない。


それに彼女1人にて旅立たせる訳にもいかないであろう。


その為にも、早急な準備が…


そうホルミシスが思案している時!


外が眩く輝く!


何事!


慌てて外を見る2人。


すると窓の外、西側に存在する岩石荒野が、眩いばかりに発光し…


チュィィゥッドヴォォゥッ!!!!!!


凄まじい轟音の後に振動がっ!


突風が吹き荒れ、辺りを砂塵が襲う!!


村には結界が施されている。


なのでガラスを破壊する程の勢いは無い。


無いが…


村の外は被害甚大であろう。


嵐の様な荒れ狂う風が収まる。


村は蜂の巣を突っいた様な騒ぎに。


農夫達が村外へと駆け出して行く。


結果は、村の西側に存在した畑は被害甚大であった。


とは言え、麦の半分は収穫を終えている。


残り半分が薙ぎ倒された形だが、急いで収穫すれば麦は大丈夫であろう。


ただ…


果実などは木から落下し痛みが激しい。


直ぐに腐るだろう。


それは全て回収して果汁を絞る事に。


村人総出で事に当たる。


僧院からも人を送り出して対処を急ぐ。


アリエラも村の一大事に奔走。


神託に従う暇も無い。


明け方…


何とか騒動も収まり始める頃、アリエラは疲れ果てた重い身を引き摺る様に僧院へと戻る。


彼女が僧院へと戻ると、ホルミシスが編成した調査隊が出発の準備を行っている所だった。


ホルミシスは村の被害状態を調べてを打つと同時に、西の岩石荒野の状態と落下物の調査に乗り出す事に。


とは言え、彼がこの地を離れる訳にはいかない。


なので、守門のラルトを隊長とした調査隊を送る事に。


落ち着いて来た現在、出発準備を急がせていた。


そこへ帰って来たアリエラが慌てた様に現れる。


「ホルミシス様!


 西の岩石荒野への調査なのですが、(ワタクシ)も調査員の端に加えて頂けませんか!?」


ノックも無しで飛び込んで来る。


その様な不作法を彼女が行うのは初めて。


驚き彼女を見るホルミシス。


「いったい、何事かね?」


落ち着かす様な声色で告げる。


だが…


「例の御神託ですわっ!」


そう、彼女が受けた神託…


《今宵、宇宙より至るモノあり。


 カのモノを守護せよ》


である。


「西の岩石荒野へ何かが落下した事は間違いありません。


 何が落ちたか分かりませんが…


 御神託に従い守護せねばならないでしょう!!」


堰を切った様に主張する、アリエラであった。


考え込む様なホルミシス。


彼女の主張は正しいとは思われる。


だが、何が発生しているか不明な地。


そんな場所へ彼女を送り込んで良いものか…


だが…


「私が承った御神託で御座います。


 調査隊に参加出来ませんでしたら、歩いてでも向かいますので」


その様な事を。


ホルミシスも自分が神託を承った場合を考える。


彼も同様の事を行うとの結論に。


それが聖職者と言う[神遣師]の性であろう。


「良いでしょう。


 貴女も同行なさい。


 ただし、貴女は馬車で移動する事。


 その疲れ果てた体では乗馬しての移動には耐えられないでしょうから」


そう告げ、呼び鈴にて御付きの神父を呼ぶ。


彼にアリエラの乗る馬車の手配を頼む。


彼は承知すると直ぐ様、部屋から出で手配に向かうのだった。


アリエラも直ぐに身仕度を整える。


馬や馬車での移動でも、今日中に辿り着くのは不可能。


岩石荒野は小高い山を越えた向こう側である。


途中にある沼や沼沢地を避け、森や草原を経てから小さな丘を数個越えた先。


そこに岩石荒野と隔てる山が存在する。


そちらへ至る道は整備されているので、3日もあれば山越え迄行けるであろう。


岩石荒野には水場は存在しない。


故に彼方を探索する際には、十分な水と食料の準備も必要であろう。


そこら辺の準備は僧侶や侍僧、習僧が行うであろう。


アリエラは自分の衣服と神術の媒体、薬草や薬を用意する。


他にはマントと毛布も。


恐らくは馬車で寝泊まりする事となる。


故にクッション迄抱きかかえて部屋を出たのはご愛嬌であろう。


アリエラが外へ出ると、粗方準備は整っていた。


彼女が乗る箱馬車も既にスタンバイ状態。


僧院所属の僧兵や聖騎士も護衛として同行する様だ。


結構、物々しい。


アリエラは直ぐに箱馬車へ。


馬車内へは、これでもかっと言う程のクッションが運び込まれていた。


(流石に、これは遣り過ぎでしょう)


呆れるが…


サスペンションも無い馬車である。


振動は直接馬車へと伝わる。


村中でも振動を感じるが…


これからは村を出て外の道を。


村中より酷い悪路となる。


更に岩石荒野へと立ち入れば、その振動は洒落にならないレベルになろう。

そこ迄を考慮した処置だったのだが…


アリエラには理解出来なかった様だ。


彼女が馬車へと乗り込むと…


誰かが馬車へと。


「まぁ、リルア!?


 何故、貴女がっ!?」


驚いて告げるアリエラ。


リルアと呼ばれた少女が呆れた様に。


「無論、アリエラ様の御世話をする為です。


 アリエラ様はラウフロント国を発って此処へ着任して以来の外出の筈ですわよね?」


リルアが静かに告げる。


「そうですわね。


 それがどうかなさって?」


告げると、溜め息を。


「酷いですわ」


拗ねるアリエラ。


「お嬢様。


 身仕度するのに水は使えませぬわ。


 どうなさるおつもりで?」


「お水は持って来たわよ?」


革袋を見せる。


だが…


「その程度は直ぐに無くなります。


 お嬢様は癒やし系の神術しか使えません。


 私は逆に癒やしの神術はダメですが、地水火風を操る神術は得意で御座います。


 それにてお嬢様をサポートするのが私の務め。


 同行するのは、当然ですわ」


当たり前の様に言い切るのであった。


そんな事を話している間に、馬車を含む一行は僧院を発っている。


村は災害の対応に追われている状態。


そんな中、一同の隊列が規則正しく進む。


完全に浮いている感じだが…


災害の原因を探るべく送り出す事は、既に先触れが知らせていた。


それを知る村人達は、一行が通ると作業を中断して一行を見送るのだった。


村の整地された道を行く間は良かったが…


村を出て暫く行くと、道が荒れ始める。


アリエラは、その揺れを逆に感じる事で睡魔に襲われ眠りへと。


仕方あるまい。


徹夜で駆け回っていたのだから。


特に村へ辿り着くのが遅れ、街道を村へと進んでいた行商人達の一行。


彼らに対する被害が酷かった。


果樹園や畑に被害は有ったが、それでも途中の森や丘で突風は弱まっていた様なのだ。


行商人達が通り掛かった場所。


丘や森の切れ目を縫う様に風が通り抜ける場。


風道街道と言われる一角であった。


普段でも強い風が吹き抜ける一角ではある。


しかしだ。


この時の突風は恐ろしかった。


一番風が強い場所を通過していた馬車は吹き飛ばされている。


そう。


荷を満載した重い馬車が宙を舞ったのである。


馬車を牽引していた馬は首を骨折して死亡。


行商人も即死であった。


他にもばしゃが横転したり大怪我を負った者も。


アリエラは、そんな彼らの治癒を一晩中行っていたのである。


それよりも行わねばならぬ事。


死した行商人と馬の魂を鎮める事である。


放っておくと悪しき波動に捕らわれ、悪しき存在と成り果てる恐れが。


それは更なる被害を齎すであろう。


そうならない為にも、早めの対処が必要なのである。


そして、それが行えるのは高位の[神遣師]は少ない。


そんな少ない[神遣師]の1人がアリエラなのだ。


(昨夜はズッと駆け回っておられたとか…


 疲れておいでなのですわね)


そんな事を思うリルア。


彼女はラウフロント国からアリエラに付き添って来た使用人。


一応アリエラは、ラウフロント国の中流貴族。


しかも5代続いた商家でもある。


5代前の当主が所領の産物を王都にて売り始めたのが始まりだとか。


その為、中流貴族の割には羽振りが良い一族であった。


故に雇う使用人の人数も多く質も高かった。


本来、才能があろうと[神の島]と呼ばれるゼウ島神殿の僧院へ上がるのは難しい。


ましてやラウフロント国などと言う田舎国の中流貴族などでは。


それを成したのが、アリエラの家が持つ財力である。


無論、アリエラがシスターになる事での旨味もある。


[神の島]にて神に従事できる程の者を輩出した家。


名の通りも良くなり、何より神殿からの庇護斡旋が受けられるのがデカい。


とは言え田舎国。


神殿にとっては瑣末に過ぎぬが…


そしてリルア。


彼女はアリエラの家に神力を持つ者として召し抱えられた者である。


僧院で従事できるのは神力を持つ者のみ。


それが例え[神遣師]に仕える使用人であってもだ。

[神遣師]になる者の大半は高貴な出の者が多い。


その様な関係から、従者を一名のみ伴う事が赦されているのだ。


リルアは、そんな従者の1人。


アリエラの従者なのである。


(本当に、この方は…)


お嬢なアリエラ。


自分で何でもできると考えているが…


トンでもない事だ。


炊事、洗濯、清掃。


身の回りの事は全てリルアが行っている。


僧院では食材の供給はあるが調理は自分達で行わねばならない。


本来は自室の清掃や自分が身に纏う衣服の洗濯もだ。


従者を連れる事が赦された一部の者だけが、従者が世話をする。


アリエラなどは、1人で買い物へ行った事も無かったりする。


そんな世間知らずの彼女だが、神殿の神事には果敢に挑む。


掃除をした事も無いのに清掃にまで…


アリエラが従事する仕事で無い、位が低い者達の仕事にまで手を出す始末。


結局はリルアが手助けする事になるのだが…


着任時より、着実に様々な事が行える様になっていた。


この度、村を飛び出し被害を受けた行商人達のキャラバン。


彼らの事を聞き、一番に飛び出したのがアリエラ。


リルアは…


既に業務は終わったと就寝しており、事態を知ったのは起きてからだった。


無理もない。


リルア達従者には灯りの支給は無い。


故に暗くなる前に夕食を終え、その日の業務を終えるのが常。


しかも個室では無く4人部屋。


従者の1人が結界に長けた者がおり、少々の音や振動なら遮断する結界を勝手に部屋へ。


いや…


あの騒ぎを悟らせないのだから、結構な結界だと…


お陰でリルアは起きてから事態を知る事に。


アリエラのフォローが行えない痛恨時の発生と言う訳である。


馬車は悪路を進む。


少々の振動では無い。


リルアなら、とてもでは無いが寝ていられないであろう。


しかしアリエラは、余程疲れていたのだろう。


起きる気配は無い。


(余程疲れたのですね)


優しい目で見る。


正直、館ではアリエラとの接点は無かったリルア。


他にも従者候補がおり、有力視されていた者達が御付きとして館で従事していた。


なのに何故リルアが選ばれたのか…


リルアには、未だに分からない事だ。


正直リルアは、お高く止まったお嬢様とアリエラの事を思っていた。


だが、それは違った様だ。


何も知らない、お嬢だが…


何事にも果敢に挑戦する女性で、ちょっとドジでお茶目。


しかも明るく元気な女性である。


気は弱い方で、少し引っ込み思案だが…


一度決めたら最期まで遣り通す。


そんな意志の強い所も。


ただ…


壊滅的な料理センスの持ち主。


食材を無駄にしない為、何度泣き泣きアリエラが作った料理を食べた事か…


流石に何度も諦めて頂きたいと懇願したのだが…


本人も同じ料理を食べながら…


「負けないもん!」


いや…


そう言う問題では無い。


結局遣り通し、食べれるレベルへと。


間違えてはならない!


美味いでは無い。


食べれるレベルである。


間違っても、他人に振る舞えるレベルでは無い。


そんなドジで料理センス0な(アルジ)であるが…


何故か憎めない愛嬌がある。


得な性格と言えよう。


リルアが、そんな他愛も無い事を考えている間も馬車は進む。


昼時。


馬車は街道に設けられている休憩用広場へと。


流石に各自が炊事を行っていては効率が悪い。


料理番の侍僧か習僧を従え炊事に取り掛かる。


その造られる料理の香りに誘われてか、漸くアリエラが目を覚ます。


「あふぅ。


 私、眠ってましたのね…」


眠たそうに目を擦りながら、大欠伸。


男性には見せられない姿である。


(これでマドンナ扱いですものねぇ)


呆れてアリエラを見るリルア。


横目で見ながら、盥へと神術にて水を張る。


「さぁ。


 コレで顔を洗って下さい」


そう促す。


頷いたアリエラは、リルアが用意した盥にて顔を洗う。


その後、リルアが渡したタオルにて顔を拭う。


このタオルはラウフロント国より持ち込んだ品だ。


実はラウフロント国は綿花の産地であり、蚕産業も発達した絹や布の産地である。


故に布地は他国より安価に手には入る。


それを知っていたリルアが大量に持ち込んでいたりする。


今使用しているタオルも大変質が良い品。


下手に知られると奪い合いが始まる程の物である。


故に普段から、表には出さない様にしている。


アリエラにもリルアが手渡しし、必ず回収。


神術にて乾燥させ、直ぐに仕舞っていた。


盥に出した水も神術にて消し、アリエラの髪を()かす。


この際に神術にてミストを発生させ、髪を潤わせて梳かす念の入りようである。


衣服を整えさせ、アリエラの身形をチェックしたリルア。


「うん。

 これなら良いでしょう」


まるで母親である。


その後で馬車から出る。


ちょうどアリエラに食事が出来た事を伝えに来ていた習僧。


近付いている間に馬車のドアが開く。


「あっ。


 食事の用意が…」


言い掛けて絶句。


長い髪を巧みに結い上げたアリエラ。


生まれの良さから品の良い動作と雰囲気。


そして美貌。


一見怜悧と言える程の美貌。


本来は冷たい感じにも成りかねないのだが…


アリエラの柔和な微笑みが、綺麗系から可愛い系へと印象を変える。


思わず溜め息がでる程に愛らしい、アリエラである。


本人は出来るキャリアウーマンを意識しているが…


周りとの認識のズレは著しいといえる。


アリエラが望んでいる印象。


それはリルアの印象そのものだったりする。


アリエラがニッコリ微笑むと…


習僧は顔を真っ赤に。


「食事の用意が出来たのですね?」


そんな習僧へリルアが、斬り付ける様に告げる。


アリエラが麗しの姫ならば…


リルアは鞭を振るう女王様。


一部の習僧には、リルアに罵られて癖になった者まで。


本人達は気付いて無いが、男性[神遣師]には絶大たる人気を博していたりする。


リルアに告げられ…


「は、はいぃぃぃっ!!


 ご用意が整いまして、ご、御座いますぅ~」


土下座せんばかりである。


リルアは訝しく思いながら、習僧へと告げる。


「では、案内して下さらないかしら?」


そうリルアに告げられ、壊れた人形の様に首をカクカクと上下に動かす習僧。


彼の案内にて、食事が用意されたテントへと。


テントには隊長である[守門]ラルトが控えていた。


アリエラの[神遣師]【叙階】は[読師]である。


ラルトの【叙階】より位は高い。


更にリルアの【叙階】も[守門]。


ラルトと同格。


意外と2人共に位が高かったりする。


しかも2人ともが、この島に来て【叙階】が上がっている。


【叙階】は人の審査で上がるケースと、そうで無いケースとがある。


そうで無いケース。


それは大変特殊なケース。


そう。


神託により授けられる【叙階】である。


神から賜る【叙階】は通常の【叙階】より上とされる。


故にリルアと同じ【叙階】であるラルト。


同じ[守門]であるが、実際はリルアの方が格上とされる。


つまり隊長であるラルトより格上の[神遣師]が2人も同行。


しかもアリエラは神託を受けての参加。


遣り難い事、甚だしかったりする。


食事が用意された天幕へと入り、給仕に案内された席へと座るアリエラ。


リルアは、その後ろへと控えるが…


「いや…


 リルア様のお食事も御用意して御座いますので…」


給仕が、その様に。


「いえ。


 私はアリエラ様の従者ですので…」


リルアが困った様に告げる。


するとラルトが…


「いや。


 そうして頂けねば、私が食せませぬ。


 一応、私が隊を率いております故、私の立場がですなぁ」


困った様に。


なら、アリエラが隊を率いればと思うが…


アリエラに、その様な事が出来よう筈もない。


彼女はお嬢。


超が付く程のお嬢様。


そんな超お嬢なアリエラが隊の指揮。


無事に現地へ到着する騒ぎでは無くなるであろう。


ではリルアは?


リルアは使用人。


メイドとしてのスキルは高い。


そして神術の行使も。


だが、隊の指揮など経験は皆無、遣り方など知る筈も無かった。


故にラルトが隊を率いているのだ。


そんなラルトにも面子と言うモノがある。


そしてそれは、隊を率いるのにも影響が…


その事を説明すると、キョトンとする2人。


住む世界が違い過ぎて理解出来ない様だ。


リルアは自分が常識人だと自負している。


だが、意外と世間知らずの所があるのだった。


結局ラルトに諭され同席となったリルア。


3人にて食卓を囲む事に。


先ずは食前酒からである。


食欲を増す香草や薬草が漬けられた薬酒。


それを少量頂く。


喉から熱いアルコールの酒精が。


胃を燃やす様に。


カッと熱くなる胃。


それにて活性化した胃の腑。


食欲が活性化させられる。


ニコニコ顔を絶やさないアリエラだが…


(冗談では無いわっ!)


内心悲鳴を上げる。


昨夜に食してから何も食べていないのである。


元々胃は空である。


空きっ腹への食前酒。


空腹へ更に追い討ちを掛ける様に食欲増進。


(勘弁して下さいまし)


腹が空き過ぎ、内心悲鳴。


だが中流とは言え貴族の出。


[読師]と言う【叙階】でもある。


故に毅然と振る舞わないとならない。


辛い所である。


そこへ前菜が。


供されたのは3種。


鴨肉セセリの塩漬け香草炒め。


沢蟹の魚醤煮〆。


根菜類のシロップ漬け。


以上3種である。


それを白ワインにて頂く。


鴨肉の塩漬けは保存食。


その首の肉がセセリである。


この部分は脂がノリ旨い。


しかも塩漬けにされた為に脂が塊、炒めると適度に脂が抜ける。


なので、くどく無く美味しく頂ける訳だ。


沢蟹の魚醤煮〆は佃煮の様な物と考えて良いであろう。


魚醤と砂糖、香草にて煮〆た保存食である。


この神の島ゼウの特産品の1つがサトウキビである。


故に砂糖は豊富に存在する。


また、島である故に塩田を設けている。


故に塩も豊富なのだ。


そして、そんな豊富な砂糖にて作ったシロップにて根菜類を漬け込んだ品だが…


此方も保存食。


砂糖漬けは意外と長期保存が可能なのである。


それらの品は保存に優れているだけでは無く、大変美味である。


しかし貴重な品。


故に前菜に少量供された訳だが…


少量の美味なる品をワインにて頂く。


すると、更に腹が…


一見優雅に食すアリエラ。


強烈なる空腹にて、頬が引き攣っている。


次に出て来たのがスープ。


身を剥いだ鴨肉の骨から出汁を取った物である。


スープの実はジャガイモや人参など。


それを食べ終えると、鴨の内蔵を煮込んだ物が。


最後に鴨肉のグリルへ、鴨の肝臓と脳を裏漉しして造られたソースが掛けられた品が出る。


一応は塩抜きした鴨肉ではあるが、大分塩辛い品。


それに裏漉しした肝臓と脳に香草を加えた濃厚ソースが。


それが実に旨い。


とは言え、明らかに塩分の取り過ぎではあるが…


食事を終えラルトへ謝辞を入れた後、天幕を辞す。


そして馬車へと。


「塩味が効き過ぎですわっ!」


馬車へ着くとアリエラが、その様な事を。


「保存食ですので」


リルアが苦笑。


「冗談ではありませんわよ。


 塩分の取り過ぎは病の元なのですからね」


そう告げるとアリエラは神術を。


「?


 何をなされたのです?」


リルアが不思議そうに。


「体内から余分な塩分や老廃物を浄化除去する術です。


 此方に来てから組み立てた新神術ですわ」


シレッと告げる、アリエラ。


新たなる術の開発。


それは高度な技として、成した者は賢者の称号を得る程なのだが…


本人は分かっているのか、分かって無いのか…


当たり前の様に、既に寛いでいた。


さて、調査隊は既に出発している。


そちらは夜営地へ先行して、今晩の夜営準備を行う者達だ。


残りは天幕などの後片付けである。


それが終わり夜営地へ向けて移動。


実にノンビリとしたものだ。


矢張り【叙階】の高い者達を連れての行軍。


礼を失しない様にとの気遣いが…


いや…


調査隊の調査行なのだが…


それでも馬を急がし夕方には夜営地へと。


夜営地へは新たな天幕が設置されており、天幕の中では夕食の支度が行われていた。


アリエラとリルアは、再び天幕へと招かれる。


天幕には既にラルトが来ており、アリエラ達を待っていた。


「お疲れではありませんか?」


その様な事を。


「いえ。


 それ程でも無いですわ。


 それより1日の旅程にしては移動距離が短くは無いですか?」


つい、諫言じみた事を。


「いえ。


 [読師]の方が一緒に行動されておられる訳です。


 故に、この対応となる訳でして…」


手揉みせんばかりである。


それを聞き呆れるアリエラ。


「まさか、私達の為とは…


 今日は用意された様ですので仕方ありませんが…


 我々は西の岩石荒野の状態を調べるのが任務の筈。


 しかも私は、その地に向かう様に御神託を賜った身。


 一刻も早く現地へ向かわねばなりません。


 私達の為に天幕を建て、専用の料理を用意する事は不要。


 明日からは天幕などを張らずに、足を進めて下さいませ」


その様な事を。


これにはラルトは参ってしまう。


折角アリエラが同行すると聞き、礼を失しない様に手配したのだが…


まさか、それが逆効果になるとは。


ラルト自信も相伴にあやかる旨味を画策していた所もあり、非常に残念そうだ。


「仕方ありませんな。


 では明日からは、皆と同じ食事と致します。


 宜しいのですな?」


念押しを。


此処で撤回してくれれば、ラルトにも旨味があると言うものだが…


「ええ、そうして下さいませ。


 一刻も早く御神託を果たさねばなりません故」


その様に言われたら、承知せざるを得ないではないか。


「では、その様に。


 ただ明日の朝食は、此方の天幕となります。


 料理は皆と同じ物を。


 それで宜しいですな?」


そう念押しを。


いや。


未練タラタラである。


「そうですわね。


 アリエラ様と私の朝食は、私が作りますわ」


リルアが、その様な事を。


「なら、私も…」


そう言い掛けるが、リルアが慌てて…


「それは、ご勘弁願います!!」


悲鳴を上げる様に。


屋外の調理は屋内の調理とは、また違う物である。


調理音痴のアリエラ。


屋内の安定した調理環境にて、何とか食べられる品を作れる様に。


そう。


吐き気を我慢して涙目になりながら嚥下しなくて済む品が作れる様になったばかり。


間違えてはならない。


美味い料理では無い。


食べられる料理をである。


美味いか不味いかと訊かれたら、間違い無く不味い料理であろう。


そんな彼女が、不慣れな屋外にて調理。


間違い無く、とんでもない料理が出来るであろう。


それだけは、なんとか阻止したいリルアであった。


露骨に拒否されて拗ねるアリエラ。


リルアは溜め息を吐いて告げる。


「下拵えの手伝いだけですわよ」


そう許可。


パァァァッと、明るい笑顔になるアリエラだった。


こうなると困るのがラルト。


上位2人が雑務である調理を。


そうなるとだ。


2人の下位に当たるラルトが行わない訳にも。


正直上流貴族出のラルト。


己で調理などした事もない。


そんな彼が自分の食事を自分で調理!?


出来る筈も無い。


軽く冷や汗を流すラルトである。


そんな事はお構いなしの2人。


朝食を早々に摂り、侍僧達や習僧達が炊事を行っている場所へ。


その様子を確認していた。


昼は彼らと混じり炊事を行うつもりのリルア。


その事を知り皆が大慌てするのは、後の話しである。


炊事場の確認を終えたリルアは、アリエラと共に馬車へ。


そして再び馬車に揺られる道中へと。


馬車の中で2人は神力を練る鍛練を。


普段も時間が開いたら行っている事である。


だが…


「くっ。


 揺れる馬車での鍛練が、こんなに難しいとは思いませんでしたわ」


そうアリエラ。


「確かに集中し難いですわね。


 ですが…


 この様な場所でも集中出来る様にする鍛練にはありますわ」


そう諭すリルアであった。


そんな道中が終わり昼休みとして立ち寄った広場。


天幕は張られ無い。


その分、炊事の時間が早まった様だ。


リルアは侍僧や習僧が自炊している場所へと。


食材を受け取る。


受け取ったのは、習僧達が食べるのと同じ品。


本来、[守門]のリルアや[読師]のアリエラへ渡す品では無い。


だが調理などを行うのは侍僧や習僧と決まっている。


僧侶や神父でさえ、侍僧と習僧が作った料理で腹を満たすものだ。


だから[守門]のリルアや[読師]のアリエラが食材を受け取りに来るとは、思っても見なかったのである。


リルアは受け取った塩漬け肉と小麦粉。


それと葉野菜の漬け物である。


この葉野菜の漬け物は、塩と少量の砂糖、ワインビネガーに島で取れる香草と香辛料と共に漬け込んだ品だ。


リルアは、それだけ受け取ると調理器具を馬車から持ち出す。


自前の品だ。


後、馬車の窓から見えていた木に生っていた果物を、移動中の馬車の窓から神力で操った水の鞭で取った物。


途中の倒木に生えていた茸を、同じ様に採取していた。


食用である事は知識で知っている茸だが、アリエラの鑑定神術にても確認済みの品である。

まずは塩漬け肉より塩抜きを。


神術で創り出した水球で塩漬け肉を包む。


塩漬け肉を内包した水球が宙に浮かぶ。


なかなかにシュールである。


リルアは神術の水を操り、浸透した塩を抜き去る。


その祭に灰汁となる様な不純物も抜き去る。


不純物は纏めて森へと破棄。


しおを抜き出した塩水。


それからは水分を抜き去り塩へと。


その際に鴨の旨味を含んだ状態の塩へと。


その塩を用意しておいた壷へと。


塩抜きをした鴨肉を2つへと分ける。


1つは沸かしたお湯へ。


茹で上げながら水の神術にて鴨肉から旨味をお湯へ。


それを終えたら微塵切りにし、同じく微塵切りにしちキノコと葉野菜の漬け物と合わせる。


その際に小麦粉を繋ぎとして混ぜ、一口大の団子を。


それを鴨肉より取った出汁の中へ。


次は持参した乾燥ハーブと香辛料、先程の鴨肉より取り出した塩を鴨肉へ。


下味を付けた鴨肉を軽くソテー。


その際に、薄切りにしたキノコも同様に。


その後、アリエラに作って貰っていた生地をチェック。


軽く持参した油を混ぜてから捏ね直す。


それが不満なアリエラだが…


「うん。


 以前より上手く出来てますね」


リルアが、その様な事を。


「えへへへへっ。


 本当に?」


途端に機嫌が良くなる、アリエラ。


単純か?


そのアリエラが捏ねた小麦粉の生地で、下処理したキノコと鴨肉を包む。


それを油を熱したフライパンにて両面を濃げ色になるまで焼く。


その後、スープを1掬いフライパンへ。


直ぐに蓋を。


残った生地を切り、鍋へ。


最後に薄切りにした果物を別のフライパンにて焼き、それを皿にて重ねる。


焼いたフライパンに水と砂糖を煮詰めて作った持参シロップを入れて、1煮立ち。


そのソースをソテーした果物へ。


出来た頃には、鴨肉とキノコの生地包み蒸し焼きも完成。


それを皿へ。


此方には、肉とキノコをソテーした時にフライパンへ付いた旨味を、水で溶きとった物を煮詰めたソースを。


そしてスープ。


これが今日の2人の昼食である。


結構掛かった様に思えるかもしれない。


だがリルアは水と火の神術を駆使して調理。


その為、習僧達が作るよりも早く仕上げていたりするのだった。


昼の休憩地へ、凄く美味そうな香りが漂う。


アリエラとリルアは、出来た料理と葉野菜の漬け物で食事を。


「うん。


 流石はリルアね」


アリエラは満足そうに告げる。


「このスープも、鴨肉の旨味に団子から出た旨味が相まって、深い味になってるわ!


 この包み蒸し焼きも最高ね。


 最後に、もう一度焼いたのが良かったのね。


 生地の外がパリっとしているのに、生地の中はふっくらモチモチしてるし…


 スープに入れた生地はスープを吸って…


 もぅ、最高ねっ!」


そんな事を。


見る見る内に食い尽くす。


そしてデザート。


実に美味そうだ。


彼女達と同じ食材を追加したければ、森に少し分け入れば手には入るだろう。


だが、同じ物を短時間にて作れるかは別だ。


何せ神の御力を借りて術を施す神術。


扱える神術は個人差がある。


修行次第では、有りとあらゆる神術を行使可能となるであろう。


また神に祝福された神子は幼い頃から修行せずとも、あらゆる神術を行使したと言う。


永い年月の間に一度だけ現れたと言うが…


最早、神話レベルの話しである。


そんな規格外は別として…


通常は1種類の神術が使えるレベル。


しかも使えても、肉体の一部を強化する術が大半だ。


腕力が強くなる者。


脚力が強くなる者。


視力や聴力、嗅覚などなど。


その強化も微妙。


胃の力が強化され大量に食しても素早く消化される様になったとして、なんの役に?


片腕なら良いが、片足が強化されても…


中には指1本が強化される者も。


だが…


与えられた術を極めている間に他の術が身に宿る。


そうしたモノなのだ。


そして地水火風を操る術など、神の奇跡に近い術。


習僧や侍僧どころか、僧侶や神父でさえ不可能な神の御業。


癒やしの技などは、[中級四段]侍祭、祓魔師、読師、守門でも身に付けている者は珍しい。


いや…


[上級三段]司祭、助祭、副助祭の中にも扱え無い者は多い。


四大元素である地水火風を元に自然を操る術。


この術にて地水火風の全てを扱える者も稀だ。


扱えても、灯火レベルの火を扱えるレベルだったりする。


リルアの様に調理で神術を使用する者など今迄は現れ無かった。


リルアの調理を見て調査隊の面々は唖然。


しかも、造られた料理は極上。


ラルトの食事は彼女達の料理に比べたら貧相と言えよう。


ラルトの料理を作った僧侶の顔は真っ青である。


まぁラルトもリルアとアリエラが規格外と知っている。


故に、兎や角言う事は無かった。


昼食を終え、後片付けを。


それもリルアは素早く行う。


神術の水にて汚れを洗い流す。


そして皿は熱風にて乾かす。


フライパンや鍋などの調理器具は業火が。


水分が飛び滅菌される。


それを蒸気が包み込む。


蒸気に熱が移り、素早く冷えていく調理器具。


徐々に乾いた風に替え、水分を飛ばしながら冷やす。


そうして後片付けを終えると、調理器具を馬車へと。


調査隊一行の中には、まだ調理中の者も。


そんな中、食事を終えたリルアはラルトへと告げる。


「少し散歩して参りますので」っと。


「畏まりました」


ラルトは苦笑して告げる。


「あら、散歩ですの?


 なら私も付き合いますわ」


そうアリエラが。


「構いません。


 では、行きましょうか」


そう告げ、女2人で森へと。


リルアは森に入ると風を放つ。


索敵の神術である。


風を通じて情報を得た、リルア。


その情報を元に歩みを進める。


野菜に根菜、山菜に果実を採り、持参した袋へと。


そして…


雉と兎を1羽づつ狩り血抜きを。


これも神術にて体液を操り除去。


内臓の内容物も口腔から水を流し込み、体内に水を流水させ無理やり排泄させる。


その様に下処理した雉と兎。


雉の羽と兎の皮は得ておく。


その収穫を終えて帰る2人。


アリエラは…


「今日は雉と兎ですのねっ!


 豪勢な食事になりますわっ!」


実に嬉しそう。


雉や兎が可哀想…


そんな軟弱な者は、この世界には居ない。


糧を得るには命を奪う。


当然の事。


無論、命を頂く。


その事に対する思いはある。


だが己が生きる源となり血肉となる事を受け止めてもいるのであった。


彼女達が散歩と言う採取と狩りを終えて帰って来ると、食後の後片付けを行っている所だった。


採って来た食材が入った袋を持って馬車へ。


一旦、荷物を馬車へと置いたリルアは、アリエラと一緒にラルトの元へと。


「戻りましたので」


そうラルトへと告げる。


「おや。


 早かったですな」


そんな事を。


ラルトはまだ、優雅にお茶を。


「まだ出ませんの」


リルアが困った様に。


正直遅れたかと思い戻って来たのだが…


余りにもノンビリと構えているラルトに呆れる。


そんなリルアへ、ラルトはキョトンとして告げる。


「そうですな。


 空からの落下物に対して調査へ行く訳です。


 この際ですが、物が落下した地点は熱を発している可能性がありましてな。


 特に昨日規模の落下衝撃。


 その規模となりますと現地では、まだ調べられる状態にはなっておらぬでしょうなぁ」


そんな事を。


「えっ!?


 では何故、出発を?」


思わず確認。


するとラルトが困った様に。


「我々の目的は現地での調査です。


 そうなると、彼方に着いてからの滞在が長期化する場合も御座います。


 故に疲れを残さぬ様、ゆるりとした移動としておるのです」


そう説明。


「そうなのですか…」


リルアは納得した様だが…


「つまり、態とゆっくり移動していると?」


アリエラが、眉を吊り上げ確認。


「はぁ…


 そうなりますな。


 過去の記録によりますと、空より落下物が落ちた場合は暫く高熱を発する場所がある場合がですね。


 ですので現地には落下が発生後、少なくとも3日位は間を空けた方が良いでしょうな」


それを聞いたアリエラ。


ラルトへ…


「ですが私は御神託で、空より来る者を保護する様にですねぇ」


そう告げると…


唖然とした顔で見られてしまう。


「いやいやいや。


 それは生き物では無く、何かの品では?


 流石に、あの落下衝撃ですぞ。


 生物が耐えられるとは思えないのですがねぇ」


困った様に。


その様に告げられたら、流石のアリエラも不安に。


彼女の解釈では人を保護となる。


だが神託の読解は難解。


故に、絶対間違いだとは言い切れなかったりする。


「くっ。


 確かに一理ありますわね。


 それに現地へ近付け無いのであれば、仕方ありません。


 良いでしょう。


 ラルトさんの判断に従いますわ」


渋々と納得。


そしてアリエラ達2人は馬車へと。


2人が乗り込むと、程なく調査隊は出立。


今夜の宿営地へと。


その晩…


アリエラとリルアは、昼に採取した食材にて豪勢な食事を。


余りに己達の食事と質が違い、羨ましそうにする調査隊メンバー達であった。


数日が過ぎ去り、調査隊は岩石荒野へと辿り着いた。


いや…


元岩石荒野っと言った方が良いだろうか?


岩石広野と隔てる様に存在する山。


その山頂部からは岩石荒野が見渡せたのだが…


その異様な光景に人々は息を呑んだ。


大地が大きく、椀の様に抉れていたのだ。


岩石荒野へと至る道も傷んでおり、岩石荒野へと至るのは困難を極めた。


リルアが地の神術にて助力せねば、隊の1部を食料補給の為に送り返さねばならなかったであろう。


巨大クレーター。


越えて来た山が2つ入る深さはあるであろう。


無論、道などは存在しない。


クレーターの外輪から下を覗くと、その深さに足が竦む思いだ。


傾斜は、ある程度は 穏やかと言える。


馬やロバなどなら降りれるであろう。


だが馬車は無理。


馬などに騎乗して下るのも止めた方が良いであろう。


「これは…


 下へと降りるべきか…」


戸惑うラルト。


外輪から下を覗く限り、底には何も無い様に見える。


だが…


「私は行きますわよ」


その様にアリエラが宣言。


調査隊の隊長は確かにラルトである。


しかしアリエラとリルアは調査隊メンバーと言うより賓客扱い。


その2人に意見する権限はラルトには無い。


そして2人に何かあった場合、責任を問われるのはラルトである。


(放置も出来ませんしねぇ)


食料は調査隊が1ヶ月半は活動可能な量を持って来た。


なので食料の量的には問題は無いだろう。


しかしだ。


問題は、どの様に食料を持ち運ぶか…


先程も告げた様に馬車は使えない。


つまり荷馬車に積んである物資を、その侭で運び入れる事は出来ないのである。


荷車を外した馬やロバに積んでの移動では、運べる量に限りがある。


そう考えるとだ…


「分かりました。


 調査致しましょう。


 その際なのですが、途中、途中にベースキャンプを設営したいのです。


 そこへ物資を搬入しながら進む。


 その様にですな」


だが…


外輪から見下ろす限り、荷を集積し休める様な場所は見当たらない。


「その考えには賛同致しますが…


 皆が休める様な場所が見当たりませんが?」


リルアは不思議そうに。


「それなのですが…


 リルア殿に、ご助力頂けないかと」


その様な事を。


「えっ?」


一瞬不思議そうにラルトを見る、リルア。


そして、外輪からクレーターを覗き込み…


「もしかして…


 私に地神術にて広場を?」


恐る恐る。


頷くラルト。


青くなるリルア。


皆が休める空間を作り出す。


それは神術を用いても大変な作業。


それを何カ所もである。


「全員が休める規模の空間の確保は、勘弁して頂きたいのですが…」


神術を使うと当然疲労は蓄積される。


なので神術の行使にも限界があるのである。


「それはそうですな。


 ただ滑落する危険がある為、外周を螺旋状に下る必要があります。


 故に、下へ降りるには時間が掛かるでしょうな」


そうラルトが告げる。


アリエラも仕方ないと言った感じで頷く。


リルアも仕方ないと諦める。


ただ…


「他にも地の神術が扱える[神遣師]が居る筈ですわよね。


 流石に1人では辛過ぎるんですけれど…」


困った様に。


「あら?


 神術が使えるなら私が神術を他の方から得て、その力でサポートしますわよ」


アリエラが、その様な事を。


「その様な事が出来るのですか!?」


ラルトが驚いて告げる。


「ええ、可能ですわよ」


ニッコリと。


「しかし…


 その様な事が出来る術があるとは…」


驚いていると…


「あら?


 今迄はありませんわよ」


そんな事を。


「はぁ?」


意味が分からずに、アリエラをマジマジと見てしまう。


「だって、この間作ったばかりですもの」


シレッと。


「ふぅんわっ!?


 ひぃひゃ…


 つゅくりゃれ…」


パシン。


余りの事に口がモツレるラルト。


自分の頬を張る。


少し呼吸を整えてから告げる。


「い、今…


 神術を創ったと…


 申されました?」


恐る恐る。


「ええ。


 あいにく、属性神術は創れませんの。


 いえねぇ。


 術の構成は解りますのよ。


 ですが構築しても発動致しませんのよ」


そんな事を。


術を構築出来る。


それは賢者と呼ばれる存在。


歴史的に見ても、現在まで殆ど現れていない稀有な存在。


それが賢者。


そんな賢者でも、生涯に構築できた術は1つか2つ。


なのでアリエラも漸く1つの術を構築できた。


その様に思っていたが…


「また、新しい術を創ったんですかぁっ!?


 この間創られたばかりじゃないですかっ!」


リルアが驚いた様に告げる。


「ホワァ!?


 この間、創られたばかりですとぉっ?


 どゆ事!?」


ラルト、絶賛パニック中。


「だってぇ~


 馬車の中って暇なんですもの」


拗ねた様に。


トンでもない才能だが…


本人に自覚が無いのが困ったものである。


「ふぅ。


 もう良いですわ。


 それで、その術はどの様な術ですなんです?」


「術のサポートよ」


「いえ。


 ですから、どの様なサポートをする術なんでしょうか?」


リルアが困った様に。


「えっ?


 術の効果を上げて、術者の負担を軽減して、神力の消費を和らげる術よ。


 ほらヤッパリ、サポートの術じゃない」


リルア、唖然。


ラルトに至っては、石化状態である。


1つの術で複数の効果を…


今迄に聞いた事も無い術であった。


「そうですか。


 助かりますわ」


リルア、にっこり。


既に動揺もしない。


呆れはしたが…


まぁ…


初めに知った時は驚いたモノだが…


最早、慣れたモノである。


「ところで…」


「何かしら?」


「先程、属性神術を構築されたと聞きましたけれど、初耳なんですけど?」


その様に。


「あら、そうだったかしら?


 私の神術では発動しなかったから、告げなかったのね。


 それが、どうかしたのかしら?」


アリエラが不思議そうにリルアへ尋ねる。


「いえ。


 その構築された陣を宙に展開して頂き、私が神力を注いだら術が発動するのか気になりまして」


その様な事を。


「それは面白そうですわね。


 試してみましょうか?」


気楽に告げる。


いやリルアは、楽しそうだから告げたのでは無い。


もし可能ならば、アリエラが術の陣を展開して貰い術を行使。


それを考えている。


リルアは神術を行使出来るのは1つ。


だが、神力を放つ位なら可能だ。


術の陣を複数展開して放つのは、意外と難しいのである。


だがアリエラが陣を宙に展開してくれれば話は別だ。


その際は、楽に2つの術を行使出来るであろう。


そしてアリエラは神術の天才。


術の複数行使など、当たり前に行ってしまったりする。


そんなアリエラが無邪気に告げる。


「それじゃぁ、展開するわよぉ」


そう告げ、クレーター側へ術を展開。


展開された術は水の神術陣である。


リルアは水の属性神術を陣へと注ぐ。


すると、陣から霧雨がクレーターへと降り注いだ。


「リルアちゃんなら発動出来るんだぁ~


 なんだか狡いわねぇ」


その様な事を。


「いえいえ。


 陣を構築したのはアリエラ様ですから。


 私は水属性の神力を注いだだけですので」


困った様に告げると…


アリエラが何か考え始めた。


「あの~


 アリエラ様?」


そんな彼女に戸惑った様に声を掛けるリルア。


すると唐突に…


「リルアちゃん!!」


強い声で。


「な、なんでしょう?」


いきなりの事に戸惑うリルア。


「この属性神術陣には同属性の神力を注いだのね?」


その様に確認。


それは属性神術を使う場合の基本的な事に対する確認である。


「それは、そうですわ。


 水の属性神術陣へ火属性の神力を注いでも、術は発動しませんから」


リルアにとっては常識的な事である。


だが癒し系の神術しか使えないアリエラにとっては、初めて知る事実である。


考え込んでいたアリエラが、徐に術を展開し始めた。


それは2重神術陣。


外側は先程と同じ神術陣である。


それと異なり、内側。


外側の陣とアリエラの間に違う陣が。


リルアも見た事が無い陣である。


徐にアリエラが神力を陣へと注ぐ。


すると!?


第1陣を通過した神力が水属性の神力へ。


それが外側の陣へ達して、水属性の神術が陣から展開されたのだった。


「なっ!?


 いったい、何をされたのですか!?」


リルアが驚く。


ラルトは既について行けず、目が虚ろ状態である。


「ふふふふふっ。


 凄いでしょっ」


腰に手を遣り胸を張るアリエラ。


豊満過ぎる胸が強調される。


一見、胸が凄いと自慢しているが如し。


男性陣の視線が釘付け。


一瞬、殺意が沸くリルア。


いやリルアもCカップはある。


だが、上には上が居ると言う事である。


「それで…


 何をされたんです?」


感情を抑える様な声で。


「リ、リルアちゃん…


 なんだか…怖いよ?」


一瞬、ブチっといき掛けるが…


「それで…


 何をされたのでしょう?」


ニゴォ~っと引き攣った笑いで。


「ひっ!


 た、単純な事なのよっ!


 私の神力属性を、他の属性へ変化させたの。


 それが内側の神術陣って訳ね」


「つまり…


 神力の属性を神術陣にて変化させたとっ!?」


「そうよ。


 凄いでしょ」


エッヘンっと言ったところか…


いや、確かに凄い。


っと言うか凄過ぎるのだが…


アリエラは単純に凄いとしか思っていない。


今迄の歴史で常識であった事を覆した瞬間であった。


神力の属性は変える事が出来ない。


それが一般常識である。


いや…


属性が変えれると言う発想自体が無かったと言える。


それを神術陣を通す事で遣ってのけたのだ。


その神術陣も、思い付いたから創った。


そんな気安い感じでである。


自分の主が神術陣を開発する非常識とでも言う才能に慣れた気でいたリルア。


その認識が、まだまだ甘いと知らしめられた思いだ。


「分かりましたわ。


 それでは、その神術にてアリエラ様も手伝って下さいませ」


観念した様に告げる。


するとだ…


「その神術陣が展開出来れば、属性神力を持たない者でも属性神術を展開できるのですなっ?」


食い付く様に告げて来るラルト。


その顔は期待に胸躍らせている感じである。


「それは無理だと思いますよ」


リルアが告げる。


「何故?」


ラルトは不思議そう。


そんなラルトへリルアは告げる。


「神術陣を展開するには、ある程度の力量が必要です。


 それが2つ。


 しかも片方は術を行使する際は常時起動状態。


 つまり2つの神術陣を操るだけの神力も必要となります。


 こんな無茶、アリエラ様以外に出来るとは思えないのでせが?」


リルアが告げると理解した様で、ガッカリと肩を落とすラルトであった。

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