9.お、お見合い?
9.お、お見合い?
小野寺は綾と別れた後、会社に戻った。せっかく綾と一緒に居られるのなら、洒落たバーでゆっくり喋っていたいというところが本音だった。けれど、日中“ロマンス”を手伝っている分、たまった仕事は山ほどあった。それが滞るようでは自分の動きが制限されてしまう。勝手気ままに動いている裏には、こういう努力を怠らないという背景があるのだ。
『すまん。今日も帰れそうにない』
そんなメールを送信した相手は一人娘の恭子だった。恭子は小野寺の唯一の身内でもあった。
『了解!無理しちゃダメだよ』
すぐに返信が入った。
既に日付が変わろうとする時間だった。電話は明日してみると言い、強引に母を振り切って、綾は自分の部屋へ退散した。ベッドに潜り込むと、今までのことを頭の中で整理しようと思った。けれど、電気を期した瞬間、綾は静かに寝息を立てていた。
小野寺はロッカーから洗面用具を一式取り出すと、化粧室で身だしなみを整えた。
会社に泊まるのは今回が初めてではない。2~3日分の着替えとシャンプーや歯ブラシなどの一通りの物はロッカーに入っている。この日も始業時間前に頭を洗ってひげをそり、歯を磨いてからワイシャツとネクタイを着替えた。
朝礼が終わると、行先表示板には“外回り”とだけ書いてオフィスを出た。
綾が小野寺の名刺を眺めていると、また柿崎に声を掛けられた。
「その人とはどういう関係なのかね?」
綾は椅子から腰が浮き上がるほど驚いた。
「特に関係はありませんけど」
「本当?それを聞いて安心した。実は君にお見合いの話が来てるんだよ」
「お、お見合い?」
綾にしてみれば、正に青天の霹靂。
「常務からの話だから、僕も断れなくて」
「どうして私なんですか?総務には私より若くて綺麗な子がたくさんいるのに」
「そんなことは直接聞いてくれ。とにかく、来週の日曜日は予定を空けておいてくれ」
綾は手帳を開いてみたけれど、来週どころか予定表は真っ白のままだった。来週の日曜日の欄に丸を付けて“お見合い”と書き込んだ。
本来なら今日の夕方までに提出すればいい資料を小野寺は徹夜ついでに昨夜のうちに作り上げ、上司の机の上においていた。出社した上司がそれを見てから小野寺に合図した。どうやらOKらしい。
会社を出た小野寺はファーストフード店に入った。朝食を取るためなのだけれど、綾と再会した店までわざわざ電車に乗ってやって来た。また綾に会えるかもしれない。そんなあやふやな期待感からではなく、綾に会うためにここへ来たのだ。とくに根拠はないけれど、今日はここで綾に会えると確信していた。
綾は気持ちを落ち着けるために外出した。銀行へ向かう途中で目に付いた店に入った。ホットコーヒーとアップルパイを注文して空いている席を探した。
「あっ!」
彼はまた運命なのだと言うのだろうか…。