4.恋に落ちるのに十分な時間!?
4.恋に落ちるのに十分な時間!?
老婦人は早川雪乃と言った。“ロマンス”のオーナーだという事だ。従業員だと思っていた女性は雪乃の孫で小林梓というのだという。
元々、この店は亡くなった雪乃の夫、早川修太郎が開いた店だった。当時内装を請け負ったのが三星ハウスで、担当したのが入社間もない小野寺だった。店舗内装の仕事が初めてだった小野寺は修太郎と何度も意見をぶつけながらも夫妻が納得のいく内装に仕上げることが出来たのだという。早川夫妻は満足して喜んでくれたものの、三星ハウスは少々赤字を出してしまったらしい。そのことを気にかけてくれた修太郎は店の常連客に家を建て替えたりする者が居れば小野寺を紹介してきた。おかげで、小野寺は業績を伸ばし、部長に昇進したという。
3年前に修太郎が亡くなると、雪乃が店を切り盛りしていた。子供は居たが、二人とも女の子で店を継ぐことはしなかったという。それでも、長女の娘である梓が大学生になってから店を手伝うようになった。
そんな時、雪乃が持病の心臓を悪くして入院してしまったのだ。雪乃は店を閉めることを決めたのだけれど、梓が大学を辞めて後を継ぐと言い出した。当然両親は猛反対した。そこで小野寺は梓が大学を卒業するまでの半年間、店を手伝うことにしたのだという。
「それじゃあ、本来の仕事が疎かになるのではないですか?」
綾の言う事はもっともだった。小野寺は頭をかきながら答えた。
「その辺りは上手くやっていますよ。毎日朝から晩までここに居るわけではありませんし。営業職というのは一日中デスクに座ってパソコンをいじっているような仕事ではありませんから」
「それはそうでしょうけれど、このことを会社の上司の方などはご存じなんですか?」
「正式に報告はしていませんが暗黙の了解という所でしょうか。早川さんには色々とお世話になっていますから」
小野寺が話していると雪乃がコーヒーを運んできてくれた。
「あなたは小野寺さんとお付き合いをされているのですか?いい人を見つけることが出来て良かったですね」
雪乃はそう言って微笑した。
「いえ!この方とお会いするのは今日で2度目です。時間にしたら30分にも満たないと思います」
「まあ!それでも恋に落ちるのは十分なのね。素敵だわ…」
言いたいことが伝わっていない。綾はもう一度ちゃんと説明しようと思ったのだけれど、雪乃は言葉を止めなかった。
「本当なら、小野寺さんが梓と一緒になってくれたらうれしいと思っていたのだけれど、そういう事なら仕方がないわね。小野寺さんもこんなにキレイな人が居るなんて隅に置けないわね」
綾は怒るというよりも呆れた。それにしても…。綾は小野寺が独身なのだという事に気が付いた。