1.どういうつもりかしら…
1.どういうつもりかしら…
この人はどういうつもりであんなことを言ったのだろう…。新手のナンパかしら。それにしても、どう見ても40歳代の後半から50歳くらいの感じがする。当然、家庭があって当たり前なのだと思うのだけれど。
綾が初めて彼と出会ったのは綾が社用で銀行を訪れる途中のことだった。交差点ですれ違いざまに声を掛けられたのだ。
「あの…」
「はあ?」
「僕は今まで生きてきてあなたのような素敵な人と初めて出会いました。もしかしたら、これは運命なのかもしれません。この出会いをこの時だけで終わらせたくはないんです」
そう言って彼は綾に名刺を渡した。
歩行者用信号の緑色のランプが点滅し始めた。
「是非、連絡ください。待ってますから」
「ちょ、ちょっと…」
呼び止めた綾を振り返りもせずに彼は綾が向かうのとは反対の方へ交差点を渡って行った。
会社に戻った綾は席に着くと先ほどの男性からもらった名刺を眺めながら考えていた。この人はどういうつもりであんなことを言ったのだろうと。
『株式会社三星ハウス 営業部長 小野寺徹』と、いうのが彼の肩書らしい。携帯電話の番号とメールアドレスが書き込まれている。
「ほー、石井君、家でも建てるのかね?」
背後から聞こえてきた声の主は綾の上司、柿崎直哉だった。柿崎がそう言ったのはこの名刺のせいだろう。三星ハウスと言えばテレビCMでもよく見かけるハウスメーカーだ。
「あっ、部長。別にそういう訳ではないんですけど。ちょっとした知り合いなんです」
「そう…」
柿崎はそっけなく言うと、その場を離れて行った。まあ、確かに“ちょっとした”知り合いには違いない。綾は小野寺の名刺を定期入れにしまうとパソコンに向かった。
綾が勤めているのは小さな商社だった。綾は経理を任されている。その経理を含む管理部門の統括をしているのが統括部長の柿崎だった。
綾は週に何度か銀行に通っている。小野寺とはあれっきり会うことはなかった。もちろん、綾から連絡をしたりなどはしていない。そんなある日、綾が銀行の用事を済ませたところで正午を回った。綾は昼食をとるためにファーストフードの店に入った。昼時で店内は混み合っていた。ハンバーガーのセットが乗せられたトレーを持って店内を見ていると、一つだけ空いている席が見つかった。その席にも向かい側にはサラリーマン風の男性が座っていた。
「ここ、大丈夫ですか?」
綾が声を掛けるとスマートフォンをいじっていた男性が顔を上げた。
「あっ!」
二人同時に声をあげた。サラリーマン風の男性は小野寺徹だった。