02 幸運なのかな?
終了までの残り1ヶ月、俺はNPCめぐりをして過ごした。
このゲームの主要NPCはAIが搭載されているらしいという話もあるほど受け答えが豊富だ。
大抵のプレイヤーはクエストで数回会う程度だが、話を聞きに通う者もたまに居た。
俺もその一人で、時には思わぬ情報を得られたりして大いに助けられたので別れの挨拶をしに回ったのだ。
クリアした事を知ったプレイヤーたちに手伝えと追い掛け回されたからというのも理由の一つだが。
そういうNPCの大半は人里離れた所にいて、プレイヤーはほとんど居ない。
正直、目の色変えて追って来るプレイヤーたちよりもよほど心が休まる。
聞くところによると他のパーティーメンバーも似たような状況で首都圏から離れていたという。
まあ、中には真理の探求者のドロップアイテム〈聖魔の翼〉まで身に着けて嬉々としていた奴もいたが。
一通り挨拶回りを終え、最終日には敵味方の区別無い狂乱の宴に参加した。
身に付けたスキル、持っているアイテムの全てを駆使し、最後にはラスボスに使用した最大威力の魔術を最大範囲化して自分に当て、全てを薙ぎ払った。
そうして死に戻る途中でゲームは終わった。
少し涙が出た。
知り合いたちから『おいしいとこ持って逝きやがって』と大量の文句メールが届いたのですぐに引っ込んだが。
一通の封筒が届いたのはその次の日の事だった。
差出人はプラントネットカンパニー――『十帯物語-Zodiac Planets Tales-』の運営会社だった。
―――
「……これは当たったという事なのかな?」
喜び勇んで開けたがその内容に困惑気味の俺――白辺 陽馬15歳。
高校一年、ピッチピチの男子学生だ。
MMORPG『十帯物語-Zodiac Planets Tales-』のラストクエストクリア特典としてVRセルが抽選で当たるという話だったが、ちょっと違うようだ。
中に入っていた手紙には譲渡する条件が書いてあった。
整理するとこうなる。
1、VRセルは一年契約で無償貸与、その後譲渡。
2、VRMMO『十帯英傑伝-Zodiac Planets Heroes-』のサービスが開始したら1日に最低でも3時間、もしくは1週間で24時間以上プレイする事。
3、ソフトは発売日着で送付、月額費は契約期間中無料。
4、VR液――VRセル内部を満たす液体やメンテナンスの費用は会社持ち。ただしVR液は栄養入りでないベーシックの物を支給。
5、諸事情で2が満たせない時は相談に応じるので会社に連絡を。
6、同意するなら契約書に署名捺印を入れて同封の返信用封筒で本社まで郵送。未成年者は保護者の同意が必要。
どう考えても得しかない内容だ。
1日3時間っていっても前作では毎日それ以上やっていたし、俺には楽な条件だ。
タダより高い物は無いというけど、何か落とし穴があるんだろうか?
何度も読み返したが、それ以上の内容は無かった。
契約書も見たが同じ条件だけ書かれてあって、付け加えられたりしてるのは無かった。
「……よし、署名っと」
かりかりと契約書に名前を記入する。
「後はハンコと親の同意か……」
親父に見せたら破られかねない。
母親を探しに向かう。
夕食の準備をしているのを見つけた。
「母上、少しお時間よろしいですか?
ご相談があるのですが」
「あら陽馬さん、改まってどうしたのかしら?」
「これなんですが……」
契約書を見せると少し驚いた表情を浮かべた。
「あら……まあ……捺印と署名がいるのね」
「はい」
「うふふ……はい、どうぞ。
お父様には後で話を通しておきます。
その代わり、自分できちんと管理なさい。
あと、置き場所は自分で作るのよ」
「はい、ありがとうございます!」
契約書を握り締め自分の部屋へ向かった。
早くポストに出しに行こう。
部屋の中を片付けて、VR診断も受けないとな。
届く前にやって置く事や届いた後のあれこれを考えて、ふと立ち止まった。
「……あっ、VRスーツ!」
VRスーツ――VRセルに入る時に着れる唯一の服。
流石に裸でやっているのを万が一にでも見られるのは恥ずかしい。
だが、結構高いと聞いた覚えがある。
残っているお年玉やこづかいでは足りないかもしれない。
とりあえずいくらかかるか見に行こう。
―――
「はぁ……」
VRスーツを買った。
あまりに薄くて透けそうな気がしたので色は黒を選択した。
基板の様な細い線の模様が全身に入っている代物で、替えも必要だというので線が白のと緑のを一着ずつ買った。
一番安いやつだったが、こづかいを半年分前借りし誕生日プレゼントの分も併せて何とか買えた。
飾りが一切付いてないのでメンテナンスの費用も安いが、それでも2ヶ月に一回のメンテナンス費を考えると更に半年こづかい無しだ。
ついでに、VRセルは電気代もかかるので昼食費を削られた……まだ届いていないのに。
コッペパン二つと飲み物一つしか買えない。
惣菜パンなら一つだけ、流石にそれでは腹が持たないので質より量を選択した。
まあ、届いたところでやれはしないがな。
VRのゲームは基本的にソフトを購入しなければならないし、そうでない物も最低月額課金。
例外はβテストだが、クローズドは当選確率が低く、オープンはほとんど行われていない。
という訳で金がないとやれないが、財布を逆さに振っても小銭すら落ちない。
『十帯英傑伝-Zodiac Planets Heroes-』の開始まで後1ヶ月近く。
その時は思う存分遊ぶぞと気を取り直すが、ここ最近続くわびしい昼食にまた一つ溜息をついた。
「なんだ少年、元気が無いぞ!」
天気が良いので外のベンチで食べていると、後ろから声をかけられた。
誰だかわかっているが、一応振り返る。
立っていたのはジャージ姿の女性。
見た目通り体育教師で俺のクラスの担任だ。
田村 明30歳、独身。
顔は美人な方なのかな?
学年問わずファンが多いらしい。
ポニーテールと日に焼けた肌、大きな胸の持ち主で、通称姐御。
100m走や幅跳びなどの模範演技の際には男子の目が釘付けになる……俺も嫌いじゃない。
「ん?そんなんで足りるのか?
大きくなれないぞ」
余計なお世話だ。
四捨五入すれば平均身長と変わらない……十の位をだが。
「といっても相談されても困るが。
先生も金欠で米だけだ。
まあ、私はこれ以上成長しないし問題ないがな。
あっ、ふりかけぐらいなら融通するぞ」
「パンにふりかけはちょっと……」
「そうか?
ところでだ、あの件考えてくれたか?」
「何度も言いましたが、お断りします」
「何故だ?
何がいけないんだ?」
「理由も何度も言いました」
「くっ!
だが、私は君が欲しい!」
そうこちらを見つめ言い放ってきた。
呆れた顔で見返す。
周りがざわつくが、誰だか知っていつもの事だと収まっていく。
知った上で呪い殺しそうな視線を飛ばして来る者も多い。
続いていつものセリフが飛び出す。
「無駄の無い体、将来性を感じさせるフォーム。
君なら世界を取れる!」
「気のせいですよ」
田村先生は陸上部の顧問も受け持っていて、何を気に入ったんだかこうして俺をいつも勧誘してくる。
その所為で多数の男子と一部の女子からの嫉妬を一身に集めている。
一体どこが良いんだ?
完全に体目当てじゃないか。
というような事をぼやいたら『リア充爆発しろ』とクラスの全員から総スカンを食らった。
以来一人で細々と食事している。
正直、代われるものなら代わって欲しい。
「ごちそうさま。では」
「待て!」
そう言い残してその場を離れる俺と、追いかける田村先生。
恒例の鬼ごっこ兼かくれんぼは昼休み終了まで続いた。