01 始まりの前の終わり
「まだか!」
「――聖にして魔なるもの幸なるかな災なるかな。まだだって!生誕させるもの死滅させるもの始原であり終末なるもの諸々の万象因果――」
雲海の上。
そこには巨大な者と、それに相対するそれより小さな者たちがいた。
巨大な者は六対の白と黒の翼を背負い、下半身は獣毛に覆われ、四本の足の先には蹄、胸に巨大な六亡星、四本の腕にはそれぞれ巨大な剣、斧、槍、杖、両肩からは山羊と鳩の頭が生え、正面の顔は捻じれた角を生やし光の輪を頭上に浮かべ、微笑を貼り付けていた。
小さき者は六名。
一人は角を生やし、長大な剣を振るう女性。
一人は顔を髭で覆いつくし、巨大な斧を振るう男性。
一人は猫の頭を持ち、矢を放ちナイフを投げる女性。
一人は狼の頭を持ち、手甲から伸びた爪を叩きつける男性。
一人は杖を持ち、障壁を張り、皆を癒す女性。
一人は長い耳を持ち、炎や氷を放つ男性。
長い戦いの末、巨人の翼はボロボロになり、持っていた武器も砕け、山羊と鳩の頭も動きを止めた。
だが小さき者たちも無事ではない。
角の女も髭の男も防具は砕け、武器も何度変えたか判らない。
猫の女は矢が尽き、ナイフも底を尽きかけているので肉弾戦に切り替えた。
狼の男は杖の女の盾となって散った。
その杖の女もそろそろ力を使い果たしそうだ。
「早く!」
巨人の拳を避け、剣を叩き込み叫ぶ角の女。
剣が折れて飛びのくと、そこを別の拳が通り抜けた。
代わりの剣を取り出していると、巨人に付けた傷がみるみる治っていく。
「――天より生まれ地に還り地にて死して天に還る。もう少しだ!巡れ巡れぐるぐると交じれ交じれぐるぐると――」
言われて言い返す耳長の男。
足を止めて集中し詠唱を続け力を溜めている。
巨人はそれを止めようと狙っているが、残りの者たちに阻まれている。
髭の男が斧を足に叩きつけ、ぐらりと巨人が揺れるが、また傷は治っていく。
巨人が全ての手を前につき出した。
猫の女が慌ててナイフを投げつける。
『《メギド》』
四本の手の中央に生じた青い火球にナイフがぶつかり大爆発を起こす。
「「《ヨタースラッシュ》!」」
角の女と髭の男が武器に光を纏わせてその爆発に斬りかかる。
幾分か相殺したが遮れきれずに呑みこまれ、次に杖の女が耳長の男の前に立ちはだかった。
「《ヨタズシェル》!」
光の膜が二人を包み、広がる炎と衝撃が全てを呑みこんだ。
炎が治まると、無事な姿の二人と、足のみの巨人だけが残っていた。
杖の女が力を使い果たして膝を突いた。
だが、まだ終わってない。
巨人が見る間に回復していく。
「――陰中に陽あり陽中に陰あり太陽は月を飲み込み月は太陽を飲み込む残るはただ静寂のみ。後は頼んだ!」
力を溜め込んだ耳長の男が言い残して巨人へ突っ込む。
あと少しの距離が遠い。
目的地――巨人のすぐ側にたどり着いた頃にはもう頭まで回復していた。
巨人の目に光が戻り、耳長の男を見据え両手を組んで振り下ろす。
「消え去れ《ヨティエクリプス》!!」
先ほどの火球とは比べ物にならないほど小さな光の玉が周りを闇に染めながら飛び、すぐに目の前の巨人にぶつかる。
耳長の男は叩き潰されて巨人の足元に倒れた。
光の玉は巨人にぶつかると解け、闇色の光の柱となって巨人とその足元の耳長を呑みこんだ。
光が晴れると光に呑まれる前と変わらない巨人だけが残っていた。
「これでダメなの?!」
杖の女は絶望を感じた。
だが巨人は座って足を組み、手を合わせた。
「?!」
何が起きるのか分からない。
杖の女は混乱した。
巨人が告げる。
『我は落ち、豊穣の時が終わる。されど何時の日かまた始まろう。我が居なくとも、世界が求める故に……』
言い終わると巨人は光になっていく。
呆然とする杖の女。
「……勝てた?」
ポーンと音が鳴った。
[〔クエスト:真理の探求者の討伐〕が達成されました]
―――
サイバーグラスという物がある。
現在の仮想現実接続装置――通称VRセルの一つ前の技術で、視界全体を覆って映像を映し出し、装着者の頭の動きと連動して視点が変わる。
昔は音源が別だったが、今では内蔵済みの物が主流だ。
かつてはこれに手の動きで入力したり触覚をある程度フィードバックするデジタルグローブと、本人の移動を感知して歩き続けられその動きを反映させられるクローラースタンドを併せ、電脳三種の神器と呼ばれた時代もあった。
VRセルの登場に伴い、今ではそこまで対応する物はあまり無い。
ただし、VRセルが庶民の家庭にまでは普及していないので、サイバーグラスはまだ現役である。
『十帯物語-Zodiac Planets Tales-』というMMORPGもサイバーグラス対応の一つだ。
CG系にしては美麗でリアルな世界と対人型のシステム、豊富なクエストなどでそれなりの人気を博した。
過去形なのは理由がある。
今から11ヶ月ほど前、運営がメインサーバーの老朽化を理由に後一年でこのMMORPGを終了し、新たにVRMMOを開始すると発表した。
プレイヤーは落胆し、特に廃人連中は呪いの声を上げた。
サイバーグラスも対応すればと思うだろうが、根本から違うので対応しようとすれば莫大な費用がかかる。
それならむしろ、サイバーグラス用とVRセル用でサーバーを分けた方が遙かに安く付く。
大手企業ではそうしている所もあるが、ここの運営はそれほど大きくは無い。
どちらか片方とする他無かったんだろう。
奇しくも仮想現実技術に関する法律――通称VR法が改正された頃の話だ。
『十帯物語-Zodiac Planets Tales-』は月額課金制、先の見えたゲームに投資する者はあまり居ない。
あっという間に人が減った。
残ったのは|古くからのこのゲームのファン《一部の廃人》を含め僅かだった。
それから半年、改正VR法が施行され新作VRMMOの内容発表とβテストが終わった頃の事、ラストイベントが開始された。
内容は人類の滅亡を防ぐというクエスト。
漠然とした内容だが続けていた皆が飛びついた。
それだけではなく、他のゲームに走った者たちも戻ってきた。
賞品が奮っていたのだ。
このクエストをクリアした者から抽選で十名にVRセルが進呈される。
今まで散りばめられていた情報を統合し、足りない部分はゲームの世界中を駆け巡り、プレイヤーは手掛かりを探した。
俺もその一人だ。
古参勢の一員で、止めなかった方でもある。
至急、続けている知人たちと連絡を取り、協力して事に当たった。
怪情報が飛び交い、他プレイヤーの足を引っ張る者も多発、一部は諦めて去ったりする中、ようやくクエストボス――ラストイベントという事とクエスト内容からラスボスと呼ばれているそいつにたどり着いたのはラストイベントが開始して2ヶ月を過ぎた頃だった。
ラスボスを見つけた事でクエスト内容はラスボス――真理の探求者の討伐に変わった。
そこで倒せば楽に終わったのだが、そうは問屋が卸さなかった。
即死級の攻撃と異常な防御力、相対できるのは1パーティ―六名のみ。
レイド級のボスでは無かった為、LPが高くなかったのが救いだ。
掻き集めたアイテムを惜しげもなく使い、ようやくLPが残り1%となった時異変が起きた。
どのような攻撃を与えても、どれだけダメージを与えてもLPが尽きず、1%まで回復するのだ。
初戦は惨敗に終わった。
トッププレイヤーに名を連ねていた六名だったが天狗になり過ぎてたのだろう。
運営の鬼畜度を甘く見ていた。
この運営は鬼畜である。
初見殺しは当たり前だ。
ただし、きちんと情報を集め準備すればクリアできる事が多い。
例えばレベルに見合わない物凄く強い敵の弱点の情報がギルドの資料室の片隅にひっそりと眠っているとか、即死の罠が多数ある迷宮の設計図がどこかに存在したりするとか。
今回の件を言えば情報が足らなかったのだ。
アイテムを補充しながら更に情報を探し集め、弱点を見つけ出し、そのスキルを獲得した。
このスキルが曲者だった。
この弱点スキル、実はラスボスと同じ属性で半端な威力だと吸収され、逆に回復させてしまうというという代物なのだ。
他にも取得できた者は居たが、最大威力を出せるのが俺だったので最後の一撃を担当することになった。
だがスキル自体の射程は短く、しかも相手に近いほど威力は高い。
射程限界での威力は雀の涙。
初戦から3ヶ月、スキルを使いこなせる様になり、ようやくラスボスの前にまた立つ事ができた。
これで駄目ならもう後は無い。
掻き集めたアイテムは残り1ヶ月では補充が難しい物ばかり。
正真正銘ラストチャンスだった。
スキルを放ち殴り倒された後、死に戻りする前の最後の瞬間に発動のエフェクトが見えた。
視点が変わる。
眼下にさっき居た場所とは別の雲海が広がっている。
この世界で最も高い山の頂上、最後にホームポイントに設定した所だ。
「おう、お前も来たか」
声に振り返ると狼の男――ハッチポッチ。
他の皆も此処に居た。
「うまくいったか?」
角の女――鈴鹿も声をかけてきた。
「わからない、エフェクト見えたし多分当たったと思うが。これで駄目なら誰もクリアできないだろう」
「はっ、ちげえねぇ」
猫の女――ティゲルが笑う。
その時、ポーンと音が鳴りメッセージが表示された。
[〔クエスト:真理の探求者の討伐〕が達成されました]
「よし!」
「やったー!」
「おおう?!」
「よっしゃあ!」
「やった!」
喜びに沸き立つ五人。
「これで抽選権が手に入った!」
「おう、皆に報せないとな」
このイベントは討伐クエストだが、討伐した者だけに抽選される権利が与えられるわけではない。
生産系プレイヤーでも参加できる様、ラスボス討伐時に使用したアイテムを作った者にも権利が与えられる。
「後は恨みっこ無しだな」
「ふふん、あたしが当たるのは決まりなのよ。残りの九台を皆で分けてなさい」
「……地が出てるよ」
「あら?……すまんのう。ついうっかりじゃ」
髭の男――ハッタイトがわざわざ頭を掻くモーションをした。
ピロンとメール着信音がなる。
相手はえるえる。
回復防御魔術に長けた奴でこのパーティの残りの一人だ。
件名はへるぷみー、内容は帰り道わからない。
とりあえず戻れと返信しておいた。
―――
「やったー、勝てたーー!!!」
喜ぶえるえる、飛び跳ねるモーションまでしている。
「それじゃあ回収回収!」
えるえるが元巨人の光に手を伸ばすと、光が腕輪に吸い込まれていく。
「ドロップアイテム何かな?
みんなー、なんだと思うー?」
そう言って辺りを見回し残っているのが自分一人だと思い出した。
「あっ、みんな居ないんだった。
……どうやって帰ろう?」
見渡す限り何も無い雲海の上。
ここに来るまで結構苦労したのだ。
「うーん……とりあえずみんなに聞いてみよう!
……………………送信っと、えい!」
メールを送ると程なくして返事が返ってきた。
『自分で考えろ』
『馬鹿』
『気をつけて戻ると良いんじゃないか?』
『死ねば?』
『とりあえず戻れ』
「鈴鹿もハッタイトもひどーい。
死に戻ったらアイテム落とすじゃない、ティゲルのは×。
んー、やっぱり戻るしかないかー」
えるえるはとりあえず来た道を戻る事にした。